第182話 巫女

「初めまして」


 カンベさんの案内で馬車から降りてきたのは、フィリアと年齢がさほど離れていなさそうな綺麗な黒上の女性だった。


 不思議な衣服に身を包んでおり、今まで出会った中央大陸の面々とは違う雰囲気を感じる。


「初めまして。俺はソラと言います」


「私は神田かんだ沙織さおりと申します」


 カンダサオリという名を聞いて、少し不思議がっていると、前方が苗字という部分で、後半のサオリという部分が名前だという。


「ソラ様はこれから真都に行かれるのでしょうか?」


 挨拶を終えると、サオリさんが質問を口にするが、俺は真都という言葉を一言も口にしていないのに、それをどうして知っているのか気になるところだ。


 それは俺だけじゃなく、ルリくんとルナちゃんも気になるようで彼女とカンベさんを警戒する。


「どうしてそれを?」


「はい。私は代々伝わる神田家の――――」


「お嬢様!」


 何かを話そうとするサオリさんをカンベさんが止める。


「カンベ。良いのです。これも占い・・通りなのですから」


「…………かしこまりました」


 諦めてくれたのか、カンベさんが一歩後ろに下がる。


「大変失礼しました。私は神田家に時折生まれる巫女・・という特殊な力を持っております。巫女というのは、神から啓示を受ける存在と言えば伝わるでしょうか」


 彼女が『神』を口にすると、真っ先にサバト様と戦っているはずの神様を思い出す。


 となると敵側になるはずなのだが……。


「本来巫女というのは、天照大神から啓示を受ける存在ではありますが、今代の巫女は二人存在します。その一人が現女王様である飛鳥あすか様であり、もう一人が私となります」


 彼女が口にする神様の名前はサバト様からも聞いているので、とてもイメージしやすい。


「私には神様を知る事はできませんが、どうやらこの世界に神様は二柱いらっしゃるそうです。そのうち一柱が飛鳥様に、もう一柱が私に啓示を与えている感じになります」


 二柱? という事は、サバト様からの啓示なのか? でもサバト様からはそういう話は全く聞いていないのだけれど…………。


「現在、光の神様である天照大神様は闇の神様との戦いに向かっております。ですが、その戦いを引き起こした原因は光の神様である天照大神様にあると啓示を受けております。そして、その戦いはやがて世界を滅ぼしてしまうと…………」


 彼女が話す言葉からは全く嘘の匂いがせず、信憑性を感じる。


「私達が崇拝している神様――――天照大神様の対になる存在、月詠つくよみ様であります。月詠様からは正義は天照大神様に非ず、世界の命運を握っている神のを持つ人がいずれここに来ると仰っておりました。そして、今日。私の前にソラ様が現れました。月詠様から聞いていた通りの存在であるソラ様にお会いできて嬉しく思っております」


 まさか、もう一柱の神様が存在して、その神様が光の神様の対になる存在であり、俺達に味方するとは思いもしなかった。


 まだ信頼し切った訳ではないけど、自分の正体を先に表した事と、彼女の言葉に信頼性が感じられるところ、そして、彼女の振舞からは敵意を全く感じない。


 何よりも、悪人には決して近づこうとしないラビが彼女に反応を見せている。


 リュックに隠れていたラビが外に出てきて、彼女に近づいていった。


「あら? 可愛いらしい兎さんですね」


「ラビっていいます。僕の召喚獣なので害はありません」


「はい。とても暖かい気配を感じます。よろしくお願いしますね。ラビ様」


「ぷう!」


 サオリさんに撫でられて喜ぶラビを見て、中央大陸に入ってからの緊張が一気に緩んでいった。


 それからカンベさんの勧めで馬車に乗り込み、彼らがやってきた場所に戻る形で道を進めた。




「先程の暗殺者達はどういう存在なんですか?」


 馬車の中に俺と隣にルリくん、向かいにサオリさんと膝の上にラビ、その隣にルナちゃんが座る。


「彼らは王家の暗殺者集団です。先日西側の不可侵の大陸を覆っていた膜が割れました。現女王様の飛鳥様はそれを予知していて、戦争を仕掛けると言い、多くの兵を引き連れて行ったのです。私達神田家はそれを阻止するべく戦争を反対したのですが、飛鳥様はそれを良しとせず、我が家を暗殺する事に決めたようですね…………」


 サオリさんの淡々とした言葉に、ようやく事の全容が見え始めた。


 ここに来るまでの村で感じた事は、国民が政には興味を持たずにいたのだが、国として絶大な女王が君臨しているからなのだろう。


 女王の意向に異を唱えるだけで暗殺者を向けられる。それを知っていても神田家としては止めたかった意思を感じる。


 だからこそ、彼女は信用に値すると感じた。


「このまま街に入って行っても大丈夫なのですか?」


「はい。いくら暗殺者と言えども、白昼堂々街の中までは攻めてきませんし、屋敷の中までは襲ってきません。もし街の中でその亡骸を残すだけで国民に示して来た良き女王の顔が覆る事になりますから」


「分かりました。ただ、街に着くまでに心配なので、こちらも手を打っても良いですか?」


「もちろんです。よろしくお願いいたします」


 数十分進んだ先でルリくんに先行して街に向かって貰った。


 ルリくんからは特に気になる事もないと連絡が届き、俺達は無事中央大陸の霊連峰を通るための大都市――――きょうにたどり着いた。

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