第179話 上陸と初めての村

 ルリくんの煽りに反応するかのように、敵陣の赤い甲冑の侍達が一斉に飛び掛かって来た。


 素早く無数の黒龍の糸を仕掛けて先陣の侍達をいとも簡単に斬っていく。


 先陣の数人の身体がいくつにもばらけたのを見た侍達がその場に止まる。


 隊長と思われる侍から不思議な言葉の命令が伝わると、先陣の侍達が刀にオーラを纏わせ始めた。


 しかし、ルリくんも既に予測しており、その場から一瞬で侍達の先陣に飛び込む。


 それと同時に周囲の木々が引っ張られると同時に普段なら目に見えないはずの糸が目に見える程の数で侍達に襲い掛かる。


 剣に纏わせたオーラで斬撃を飛ばすが、どれもルリくんの黒龍の糸を斬る事ができず、次第に侍達は数を減らしていった。




 目の前の戦いに目を奪われ、ルリくんの美しい戦いが最後の一人を倒した事で決着が訪れた。


 たった一人で百人を超える敵を圧倒し、森の木々に掛けられている糸から赤い液体がひたひたと落ちる姿は、場合によっては地獄絵図かも知れないけれど、今は味方であるルリくんの所業でもあり、美しいとさえ思ってしまう程だ。


 その時、


 俺達の後方から殺気を振りかざす4人の人影が現れる。


 それぞれの手には魔法のような力が込められていて、すぐに放たれた魔法にも似たそれが俺達に襲い掛かった。


「プウ!」


 ルナちゃんと一緒に後方を守っていたラビが、予定通りと言わんばかりに上空から風を下降させて相手の魔法ごと押しつぶす。


 想像以上のラビの火力に相手は成す術なく、魔法は無効化され4人とも海に落とされた。


「ラビちゃん~! さっすが~」


 すぐにルナちゃんに撫でられてご機嫌になるラビであった。




「さて、戦いもひと決着ついた事だし、近くの村に向かおう」


 ルリくんとルナちゃんが俺の影に潜って姿を消して、ラビも背負っているリュックの中に隠れた。


 ここに着く前に上空で見えていた村を目指す事にした。


「ガーヴィン! ここまでありがとう。少し休んだら気を付けて戻ってね?」


 大きく頷いたガーヴィンは森の中にうずくまり姿を隠して休息を取り始めた。


 ガーヴィンの姿が森で認識できなくなったのを確認して、記憶をたどり森の中を進める。


 それにしても、一人旅をするのは、意外にも初めての行動だ。


 一応影の中にルリくん、ルナちゃんが入っているけど、こうして表に一人で歩くのはここ数年では全くなかった。


 それを思うと、いつも俺の隣に立ち続けてくれた妻の事を思い出す。


 少し胸が締め付けられるが、彼女を取り戻すと覚悟を決めているから、もう泣いたりはしない。


 周辺を調査しながら進めていくと、木々や生えている植物に目がいく。


 封印の大陸はどちらかというと、魔物で食料を確保していたが、中央大陸は森の中だけでも食事には困らなさそうなくらいには植物が生えている。


 キノコも色んな種類が生えており、周囲から感じる気配からは動物や鳥もいて、それらを狩るだけでも生存は難しくなさそうだ。


 色々観察しながら森を進んで抜けると、目の前の視界が一気に広がって、平原の中央に小さな村が見えていた。




 ◇




「ん? 珍しい格好ですね~」


 村に入るとすぐに可愛らしい女の子が声を掛けて来た。


 服装から封印の大陸と比べると、正直……みすぼらしいと思ってしまう。


 衣服を何度も布で直した跡が残っている。


「初めまして。旅人でして、泊まれる宿などありますか?」


「残念ながらこの村にそのようなモノはないんですが、旅人用の建物ならあそこにありますので、自由に使ってください。でも暫く使ってないので掃除しないといけないと思います」


「そうですか。ありがとうございます。ありがたく使わせて頂きます」


 そう話すと親切に旅人用の建物に案内してくれた。


 村の建物は石や木材ではなく、土を固めた壁になっていて、屋根は何かの植物を載せている感じの素朴な作りになっていた。


 中に入ると、暫く使ってなかったというのが分かる程に埃が溜まっている。


 急いで扉と窓を開いて弱い風魔法を起こして埃を吹き飛ばした。


「あ、あの!」


「はい?」


「仙人様だとは思わず、大変失礼しました!」


 そう話す彼女は、その場に膝を崩し正座をして両手を握り拝んでくる。


「えっと、仙人……ですか?」


「はい。神術をお使いになられるって事は、仙人様ですよね? お会いできてとても光栄でございます」


 深々と頭を下げられる。


 そういえば、先程俺達を襲った4人の人も不思議な魔法を使っていたのだが、あれが神術と呼ばれている能力なのだろうか。


「いえいえ、俺はまだ旅の身。そんな大層な存在ではありません」


「こ、これは大変失礼しました! まだ修行の身だったのですね。何もない村ですが心休まるまでごゆっくりなさってください。食事なども心配せず、村にお任せください」


 そう言い残した彼女は、足早に立ち去ってしまった。


 止める間もなく走り去る彼女に、どこか封印の大陸の仲間達を思い出す。


 今頃封印の大陸を攻めて来た侍達と戦いを繰り広げているはずだ。


 どうかみんな無事でいて欲しいと願い。

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