第173話 転職士の迷いと転職士の決意

 アクアソル王国の『王家のダンジョン』。


 1層には大勢の仲間達が出現する魔物を瞬殺し続けている。


 残り時間30日で出来る事をやろうとミリシャさんが提案したのは、俺の『転職士』のレベルを9から最後の10に上げる事。


 そのためには俺だけじゃなくて、仲間達の協力が絶対条件だった。でも悩む必要なく、みんなは俺の為に頑張ってくれた。


 その甲斐もあり、俺の経験値がどんどん貯まって行くのを感じる。


 2層のフロアボスも現れると全員が2層に集まって経験値を送ってくれる。


 転職士のレベル10には俺達が思っていたよりも遥かに多い量の経験値が必要なようで、既にレベル10を何十回も繰り返した1000人を超える仲間達がいても、俺がレベル10になる事はなかった。


 でも諦める事なく、仲間達は毎日寝る間も惜しみながら頑張ってくれた。




 ◇




 残り10日。


 20日も貯め続けられる経験値だったが、一向に俺のレベルは10にはならない。


「ソラ!」


「カール?」


「お前、また・・寝てないな?」


「俺は大丈夫だよ」


「くっ! 大丈夫な訳あるか! もうフラフラじゃねぇか!」


「そんなこと…………フィリアが待っているから…………」


「っ! ば、馬鹿野郎!」


 カールが俺の顔を殴って来る。


 いつもなら……簡単に避けられたんだけど、足が重くて避けられず吹き飛ばされてしまった。


「そんなへっぴり腰でフィリアが救えるか!」


「な、なんだと!」


 何とも言えない気持ちになってしまって、カールに殴り掛かるが、簡単に避けられて足をかけられ転んでしまった。


「く、くそ…………」


「…………なあ。ソラ」


「…………」


「焦るのは仕方ないし、愛する奥さんと会えない時間が長くなったのも分かる。もしミリシャさんがいなくなったら、俺も悲しみに耐えられないと思う。けどな。助けに行って、力が出ないんじゃ話にならないんだよ。お前はフィリアを助け出したいんじゃないのか? 以前お前が俺達に言ったよな? 無理して身体を壊したらそれが返って遠回りになっちゃうって。今のお前はまさにそんな状態だぞ?」


「そんなこと……知っている………………」


「だったらなおさら休むべきだ。仲間を信じろ。みんなお前の言葉を信じてここまで頑張って来たし、全員常に万全を期してるぞ? だからお前も自分の事を少し見直してやれ」


「………………」


 情けない……。


 自分がみんなを引っ張るべき立場にあるはずなのに、自分が一番無理をして倒れるなんて…………。


 その時、俺達の前にとある二人が現れる。




「おいおい、ざまぁねぇな? 王国転職士さんよ」




「えっ?」


 カールに手を貸して貰って起き上がると、そこには車椅子に座って右手と左足を失った男が俺を見降ろしていた。


「貴方は!?」


「久しぶりだな。王国の転職士、ソラさんでいいかな?」


「…………生きていたんですね」


「ああ。お前さんのおかげでな。俺を殺さずにくれたんだろう?」


「…………いえ、俺は確かに貴方を殺したはずです」


「ふん。それなら甘かったな。たかだか手と足を失くしたくらいで俺は死なないからな。こちらのデイジーさんにもう一度会えるんならよ」


 彼――――帝国の転職士のアースさんだ。


 彼の後ろには両手が緑色の光で形を保っている女性が、慈しみの笑みを浮かべて俺達を見つめていた。


「貴方は?」


「私はデイジー。元帝国の上級騎士です。貴方達のアサシンロードによって両手を失った者です」


「初めてこちらに攻めて来た時の?」


「そうです」


 どうしてこの二人がここに?


「どうしてもお前に会わせて欲しいと訪ねて来たんだ」


「俺に?」


「ええ。まず、私達は貴方に――――――感謝を伝えに来ました」


 あまりにも意外な理由に驚いてしまって、デイジーさんからアースさんに視線を映す。


「驚くのも無理はないだろう。だが本当に感謝を言いたくて来たんだ。王国の転職士ソラさんよ。ありがとう」


「ありがとうございます」


「ちょっと待ってください! 俺は貴方達に感謝されるような事は何も…………」


「俺達は敵同士だった。俺達の手足は確かにあんたの所から受けた傷ではある。でもそれはあくまで俺達が真剣に戦った結果で、あんたらを恨む理由にはならない。寧ろそれよりも俺達二人にを示してくれて感謝している」


「道……ですか?」


「『銀朱の蒼穹』のメンバーに『精霊騎士』がいる。その情報が俺に大きな希望を与えてくれたんだ。両腕を失ったデイジーさんがもう一度立ち上がるには、やはり両腕がどうしても必要だった。そこでそれを叶えてくれたのが――――上級職能『精霊騎士』だ。その存在を先に知らしめてくれたのがあんたなんだよ。ソラさんよ」


 確かにアースさんよりも先に上級職能を解放させた俺だ。


 帝国の情報網を使って、こちらの事情を常にチェックしていたのだろう。


「私は、彼を殺さずにいてくれて感謝しています」


「でも俺は殺さなかったのではなくて…………」


「それが甘いって事だよ。まあ、普通・・なら死んでもおかしくないだろう。あの失血量ならな。でも俺は違う。あんたと同じ転職士だ。『精霊騎士』は既に習得していたからよ。だから…………彼女に会いたい一心で生き延びた。今では片目は見えないし、片耳も聞こえないが、俺はこうして彼女と一緒に過ごす事が出来る。だからよ。お前さんには感謝してもしきれない」


 その言葉に、俺は何も言えず、ただただ大きな涙を流した。


 だってそうじゃないか。彼らを不幸にしたのは間違いなく俺達だ。


 なのに……そんな彼らから感謝されるなんて……。


「戦争は人を傷つけます。私は戦争は当たり前だと思ってました。ですが精霊さんと共にいることで、それが違うと知りました。人は、人を守るために存在していて、お互いを支えるために存在します。それに気付かず戦いに明け暮れていたあの頃にはもう戻りたくありません。それを気付かせてくれたのも貴方のおかげです」


「そうだぜ。失うモノが大きかったからこそ、気付けたモノが沢山あるんだよ。それに、あんたは次から次へと平和を作ってくれた。おかげで俺達がこうして生きているし、これからも生きて行く。もう戦う必要なんてないからよ。ただ、天空の亀裂は戦いの前触れなんだろう? 俺にはもう戦う力は残ってない。だから……せめて、この気持ちをお前さんに伝えに来た。王国の転職士、ソラさんよ。どうかこの世界を、俺達が平和に生きれるこの世界を守って欲しい。それにいつも隣にいた別嬪さんを迎えにいくのだろう?」


「…………はい。フィリアは……絶対に迎えに行きます」


「くっくっ。安心したぜ。この世の終わりみたいな表情だったのに、あの時の強者の表情に変わったな。本当にありがとうよ。これで俺達も心安らかに住んでいけるぜ」


「彼女にもよろしく頼みます」


 二人が深々と頭を下げる。


 俺も止まらない涙を流しながら彼らに頭を下げた。


 貴方達に会えて本当に良かった。


 ありがとう。


 もう俺は迷わない。


 みんなを守って、フィリアを助ける。


 もう一度、そう誓った。

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