第163話 母さん

「えっ? か、母さん?」


 目の前の精霊王様の目から美しい涙が頬を伝って落ちる中、笑みを浮かべている。


「ええ。一応……初めましてだね? 私はソラがとても小さい時にしか会っていないから、久しぶりなんだけどね」


 精霊王様はすぐに俺を抱きしめてくれた。


 温かな温もりが伝わってくるけど、精霊王様の両手が少し震えているのが分かる。


 きっと…………ここでずっと待っていてくれたんだね。


「母さん? ここでずっと待っていてくれたんですね? 遅くなったけど、会えて本当に嬉しいです」


「うん……本当に…………ありがとう……ここまで…………来てくれて…………」


 暫く精霊王様は俺を抱きしめて涙を流して、フィリア達と精霊達はそんな彼女と俺を見守ってくれた。




 ◇




「本当に姉様……ですか?」


「セレナ。久しぶりね。もう姉の顔も忘れたの?」


「忘れる訳が! …………でも姉様は……」


「ふふっ。精霊眼を持った人は死んだ後、精霊界に行く事になるの。そこから新しい精霊として生まれ変わるんだけどね。私は当時の精霊王様に愛されていて、精霊眼の力はそれ程じゃなかったけど、精霊になった後も強い未練があって、気付けば精霊王になれて、こうして前世の知識も持てるの。だからソラも知っているし、セレナもちゃんと知っているよ」


「姉様…………」


 母さんがセレナさんを抱きしめると、セレナさんも大きく泣いて、泉に泣き声が広がっていった。


「ソラ。良かったね」


「うん。ただ……あまり実感は湧かないかな……?」


「ソラはずっと両親がいないつもりで生きていたんだもんね」


「そう……だね。急に両親と会えると嬉しいのもあるけど、少しだけ戸惑うのもあるかな」


「ふふっ。でも両親と会えるのが大事だと思うよ」


「そうだね。それにしてもまさか母さんが精霊王様になっているなんて、思いもしなかったよ」


「そうね! 絵でも綺麗な方だったんだけど、それ以上に綺麗だね」


 母さんがこちらを見て、恥ずかしそうに笑ってくれる。


 セレナさんも落ち着いたみたいで、そろそろ大丈夫そうだね。


「母さん。セレナさん。そろそろを何とかしないとまずいかも知れません」


「外?」


「どうやら強い人達が沢山集まっているみたいで、俺達がここに来ているのもバレているみたいです」


 泉の奥からルナちゃんが現れると、「大体50人くらいで、どの人も上級騎士ほどの力を持っているよ~」と報告を受けた。


 恐らく周りの精霊達が騒いでいたのを嗅ぎつけたのかも知れない。


 少なくともセレナさんが精霊をある程度目視できている時点で、エスピルト民の中にもそういう人がいてもおかしくはないから。


「ソラ? 私に任せてくれないかしら」


「えっ? いいんですか? 母さん」


「もちろん! 私ならみんなも納得してくれると思うの」


「分かりました。お願いします」


 ニコッと笑みを浮かべて、母さんは精霊達に何かの合図を送る。




 数分後、森の奥から殺気めいた人々が急ぎ足で泉の方にやってくると、母さんを見て大いに驚き始める。


「お久しぶりね。お兄様」


「!? イザベラ……なのか?」


「はい」


「だがその姿……そして雰囲気は……精霊王様!?」


「この世にまだ未練があって、精霊になり、遂には精霊王になった……という感じです」


「…………そうか」


 グループのリーダーと思われる男性は、俺達に目もくれず、母さんの前に跪いた。


「我らエスピルトの民。此度精霊王様と謁見出来、大変嬉しく思います。長年我々を見守ってくださりありがとうございます」


「「「「ありがとうございます」」」」


「汝らに精霊の祝福を。我精霊王イザベラの名において、精霊達に伝えましょう」


 母さんの返事で周りの精霊達が大喜びを見せる。


 きっとこの森で長年一緒に過ごしているから、精霊達も嬉しいんだと思う。


「頭をあげてください。我が精霊の民達よ」


 精霊の民という言葉が似合うほどに、彼らには一人一人に精霊が付いているのが見える。それほどまでに精霊達と距離が近く、普段から精霊を身近に感じているんだ。


「こちらを紹介しましょう。精霊眼の真開眼・・・者です」


「!?」


 男性の目が大きく開き、俺を見つめる。


「初めまして。ソラといいます。えっと、母さんの息子です」


「息子!? そうか……あの男が隠すと言っていた子供が……もうこんなに大きくなっていたんだな……」


「あの男?」


「ああ。イザベラが嫁いだ辺境伯だ」


「お父さんですね……俺も会ったのはここ最近なんですけどね」


「えっ? ソラ? あの人と最近会ったの?」


 精霊王として威厳たっぷりだった母さんが、間抜けな顔になって聞いてくる。


「う、うん。話すと長くなるんだけど……」


「全部聞かせてちょうだい!」


「えっ!? う、うん……」


「くくっ……あはははははは!」


 俺達を見ていた男性が大声で笑う。


「お兄様は笑うなんて珍しいですわね」


「いやいや、まさか甥っ子が現れたと思ったら、亡くなった妹が精霊王になっていて、なのに中身はあの頃の妹のままで…………ひとまず、立ったままでは良くないだろう。村に行くとしよう」


「うふふ。そうですわね。ソラのおかげで私もここを離れられるし、久々に村に戻りたいもの」


「あ~母さん? お父さんも呼んでいいですか?」


「呼べるの?」


「はい」


「すぐに呼んでちょうだい! 私が怒っているって言ってね!」


 少し怒りっぽい顔を見せる母さんは、精霊になっても昔のままみたいで、表情豊かで楽しい人だという印象だ。

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