第162話 精霊王様

「あそこに見える森が『エスピルト民』が住んでいる森だよ。フロアにもなっているから魔物が出現するので気を付けて」


 セレナさんが指差した場所を覗くと、広大な森が広がっていた。


 木々が埋まっていて、村と呼ぶべき場所は何一つ見えないというか、本当に人が住んでいるのだろうか? と思えるくらい、人影一つ見えない。


「ぷう! ぷうー!」


「ん? ラビ? どうしたの? え!? 森の中に人が沢山いる?」


「ぷうっ!」


 随分とやる気になったラビは、荷馬車をそのまま森の上空に走らせる。


 飛んでいく荷馬車から森を眺めていると、ある場所に異様に精霊達が多く集まっている事に気づいた。


「ラビ! あそこを目指してくれ!」


「ぷう!」


 真っすぐ精霊達が沢山集まった場所に降りてった。




 ◇




「ここは…………精霊王の泉……!」


「セレナさん。ここを知っているんですか?」


「ええ。精霊達に導かれないと決してたどり着けないとされている聖域なの。まさか生きているうちに精霊王の泉をこの目で見れるなんて…………」


 精霊王の泉というくらいだから、精霊王様が住んでいるのかな?


「えっと、貴方が精霊王様ですか?」


 泉の奥に一際大きな樹木があり、その枝に優雅に座って見下ろしている精霊がいた。


 精霊はゆっくりと頭を上下させて頷く。


「急に来てごめんなさい。精霊達が沢山いたから寄ってみただけです。敵対の意思は全くありません!」


 美しい顔の精霊王様は、少し笑みを浮かべて、こちらにこくりと頷いた。


「ソラ? 精霊王様はなんて?」


「言葉はないけど、とても優しい笑みで頷いてくれているよ」


 精霊王が木から泉に降り立つ。彼女は落ちることなく泉の上に浮かぶと、静かな泉に綺麗な波紋が広がっていく。


 神秘的な光景に目を奪われていると、彼女はゆっくりと浮かんだまま、こちらに向かって来た。


「水の波紋が動いている…………という事は、精霊王様は降り立った!?」


「精霊王様がこちらに向かってきます」


「っ!? ぎ、ぎりぎり見えるかな…………私の力ではちゃんと見通せないわ」


 セレナさんが残念そうに溜息を吐く。


「ぷ、ぷう!」


 精霊王様が近くまでくると、ラビが興奮気味に精霊王に反応する。


 あれ? ラビって精霊見えたっけ?


「ラビ? 精霊が見えるの?」


「ぷっぷうぷ! ぷう!」


「へぇー、俺の精霊眼が開眼してから見えるようになったんだ?」


「ぷうっ!」


 あはは、ラビはとても分かりやすいね。


 精霊王様が両手を前に出すと、ラビは今だと言わんばかりに飛んで行き、抱き付いた。


 まさに聖母と抱き付く兎な感じがとても可愛らしい光景が見える。


「ラビちゃんがあんなに懐くなんて、凄いわね。精霊王様って」


「うん。とても綺麗な方だよ」


「っ!? そ、ソラ?」


「う、うん?」


「駄目だからね?」


「へ?」


「相手は精霊様よ? 浮気は駄目だからね?」


「し、しないよ! そもそも俺にはフィリアがいるんだから他の人にそういう感情は抱かないよ!?」


「えへへ、分かった」「えっ!?」


 隣のルナちゃんがものすごくがっかりした表情を見せる。


 セレナさんがそんな俺達を見つめながらクスクスと笑う。


 ――――【ソラ】


「え? 精霊王様?」


 何となくだけど、精霊王様から呼ばれた気がする。


 ラビから離れた精霊王様がそのままゆっくり飛んできて――――――俺を抱きしめてくれた。


「せ、精霊王様!?」


「ソラ!? どうしたの?」


「え、えっと、精霊王様が急に抱きしめてくださって…………」


「ソラ!?」


 俺を見ていたフィリアが驚く。


 驚くのも当然なのだが、俺が気付かないうちに、俺の頬に大きな涙が流れた。


 とても温かくて何だか――――――懐かしい。


 俺はこの温もりを知っていた。


「ぷぅ……」


 俺の後方に飛んでいたラビが、精霊王様の頭をなでなでしてあげる。


 そうか…………精霊王様も――――――泣いているんだね。


 俺を抱きしめてくれている精霊王様の中から感じる温かさと光が、俺の心の中にある光と繋がる気がした。


 次の瞬間。


 自分でも分かるほどに両瞳が光り輝く。


 精霊眼が大きく反応を見せ、目の前の泉を照らす。


 光はどんどん大きくなり、周囲を照らし始める。


「ソラ! 周りの精霊様達が見え始めてるよ! 綺麗~!」


 フィリアが周囲を眺めながら、こちらを見つめている精霊達に驚く声をあげた。


 ルナちゃんも近くの精霊に手をかざして触れたり、セレナさんも周囲に驚いている。


 そして、俺を抱きしめていた精霊王様がゆっくり離れる。


 その顔は嬉しさに溢れていて、止まらない涙を流し続けている。


「精霊王様? 泣かないでください。俺はちゃんとここにいますから」


 「うん」と呟き、笑顔を絶やさない彼女の姿が、透明だったモノから少しずつ色が濃く変わっていく。


 本当に綺麗な…………でもどこかで見た事があるその姿にある人の顔が思い浮かぶ。


「っ!? ま、まさか!」


 俺は急いで自分の胸にあるペンダントを取り出して、ロケットを開いた。


 そして、そこに描かれている俺の母さんの絵を、精霊王様の隣にかざして見る。




「っ!? ね、姉様!?」




 姿を見せるようになった精霊王様を見たセレナさんの大きな声が泉に鳴り響く。


 ああ…………少し変わっているけど、母さんの姿にとても似てる。


 彼女はまた涙を流しながら口を開いた。




「ソラ…………私の愛する子供。ようやく会えたわ」

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