第161話 母の過去

 エスピルト民。


 それが母さんとセレナさんの一族の名だ。


 大陸の西側であり帝国の西側であるリントヴルム領と、大陸の北側に広がる砂漠。


 その間には豊かな森が広がっている。


 森には強い魔物が生息しているため、普通の冒険者はまず足を踏み入れない。


 事件は20年前に遡る。


 魔物が生息しているのは、厳密にいえば『クリスタル』の周囲のフロアと呼ばれる場所だ。


 フロアには通常の魔物がいるが、場所によってはフロアボスと言われる魔物が出没する。


 フロアボスは強さも条件も様々で、俺達が戦ったレッサーナイトメアからハイオーク、ダークドラゴンまで様々だ。


 そんな中、特別なフロアボスが存在するという。


 それを『魔王』というそうだ。


 20年前、突如として生まれた『魔王』サタンは、偶然にも『クリスタル』の守りし存在『精霊』達を祀っているエスピルト民が住んでいる森、エスピルト森から生まれた。


 『精霊術』を長年守ってきた一族であったが、その力はかつてほどもなく、力の象徴でもある『精霊眼』を全解放出来る者も暫くいない時代であったそうだ。


 そんな一族が力を合わせても『魔王』に勝てるはずもなく、死人は出なかったものの、多くの戦士が大怪我をして、『魔王』がエスピルト森を離れ北上し始める。


 そこはお父さんが住んでいたリントヴルム家が守っているリントヴルム領だった。


 事態を重く見た母さんのお父さんに当たる族長は、リントヴルム家に現状を伝え、協力を申し入れた。


 奇しくも、飛竜を携えたリントヴルム家は当時大陸最強戦力であり、族長の判断はとても正しい事となった。


 ただし、その戦いでお父さんのお父さん。つまり当時のリントヴルム家の当主が戦死していなければ。




 受けた恩は必ず返すのが掟のエスピルト民は、まだ成人したばかりでリントヴルム家の当主となったお父さんに恩返しのため、当時一番の力を持った母さんを派遣したそうだ。


 まあ、これにも理由があって、戦いの最中に間一髪で母さんの危機を救ったお父さんとお互いに一目惚れしていたそうで、母さんが名乗り出たそうだ。


 そこから5年という月日が流れ、立派に当主として成長したお父さんが母さんにプロポーズして結婚した訳だ。


 当時の事はセレナさんにとっては悪夢だったらしいけど、大好きだったお姉ちゃんがリントヴルム家に派遣に出された時はまだ4歳だったという……。


 そこから俺が生まれ、暗殺されるまで2年。


 そして、俺が15歳となったのが、今年だ。




「セレナさん。母さんの事、色々教えてくださりありがとうございます」


「ううん! 私も姉様と一緒に過ごせたのはそれ程多くないわ。姉様は精霊眼の持ち主としていつも狩場に出掛けていたからね」


 精霊眼を使い、精霊達の力を携えた母さんは一族の中でも大きな力を持っていたそうだが、それでも完全な精霊眼ではなかったらしくて、歴代の中ではわりと弱い方だったそうだ。


 精霊眼は精霊を目視できるだけでなく、力を借りる事も出来れば、強い精霊眼は精霊を使役出来るそうだ。


 俺が普段使っている精霊騎士は実在する精霊を召喚するのではなく、スキルの力で自身の精霊を召喚するので、精霊眼で見える精霊とはまた違う意味を持つ。


 と、最近開眼した精霊眼だが、目も段々慣れて来て、光の環のようなモノは消えたので、元の赤い瞳に戻ってる。


 ただ力は常に解放状態らしくて、視界には精霊達が見えるのだ。


 それにしても…………ラビとルーが精霊に愛された存在だとは思わなかった。


 元々魔法が得意な二匹だけど、普通の召喚獣にしては強いなと思ったらお互いに精霊が付いていて、魔法を補助してくれているみたい。



「ソラ? これからお母さんが住んでいた村に行くの?」


 フィリアが聞いてくる。


「う~ん。そうだね。一度は訪れて挨拶はしておきたいな」


「それなら村まで私が案内するわよ? ただ、ソラくん以外は多分入れないと思うけどね」


「それなら大丈夫です! みんな影に入っちゃえばいいんですから」


「か、影?」


「あはは……職能をアサシンにすれば影に入れます。まあ、村の前で考えましょう」


「そ、そう? えっとここからだと馬車で向かっても随分と時間がかかるので、準備には少し時間がかかるわ」


「あ~それも問題ありません」


「へ?」


「旅はラビに任せてください」


「ぷぅー!」


 ラビが敬礼ポーズになる。


 最近出番がないと拗ねていたので、丁度良いのかも知れない。


 ラビ用のシュルト衣装を用意するべきだろうか……。


 まあ、もう戦争は終わったし、シュルトの出番はこれからないだろうけどね。



 既にアイテムボックスに大量に食材などは入っているので、その足でセレナさんとフィリア、アンナ、ルナちゃんと共に母さんが生まれ育った村に向かって、空の旅を始めた。


「まさか…………空飛ぶ荷馬車に乗れるなんて驚きだわ…………」


 セレナさんは驚いた。




 戦争が終結して、お父さんが帝国内で大きな権力を握る事になるだろう。


 さらにアポローン王国もアクアソル王国も『銀朱の蒼穹』の仲間となり、東のミルダン王国やエリア共和国は未だ再起不能であり、唯一元気なのはゼラリオン王国だが、いくら血気盛んとはいえ、今の帝国に戦争を吹っ掛けるとは思えない。


 大陸の最後のピースであるエスピルト民と会う為に向かう中、まもなく会う事となっている魔女王様の事を思い浮かべる。


 どういう方でどういう性格で、俺達に何を頼むのだろうか。


 魔女が世界で忌み嫌われているのを考えると少し不安だが、アンナは俺達に寄り添ってくれている。


 魔女と言っても、みんながみんな悪い人達ばかりではないと思うと、少しは安心感が持てそうだ。

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