第160話 姉様

「えっと……多分、俺のお父さんだと思います」


「っ…………リントヴルムめ。ずっと探していたわ。今すぐ父さんに会わせなさい!」


 会わせたら大変な事になりそうだが……。


「あれ? 拉致されたと言っていましたよね?」


「そうよ」


「それはお父さんが悪いですね。俺も一緒に怒ってあげます」


「あら? お父さんと仲悪いの?」


「仲悪いというか…………お父さんがお父さんだと知ったのが最近でしたから」


「へぇー?」


「ずっと違う二人が両親だと思ってて、でもその両親も普段からはあまり会う事もなくて」


「じゃあ、ずっと一人で?」


「そうですね。母さんは俺を産んだ後に襲撃されて亡くなったと聞いてます」


「それは大変だったね……」


「でもおかげでというのは変ですけど、それがなければフィリア達とも会えませんでしたから」


「うふふ。可愛い彼女さんだものね」


「はい。自慢の彼女です」


 聞き耳を立てていたフィリアから、嬉しいオーラが送られてくる。


 そういえば、戦争も終わったところだし、そろそろ結婚式の話をしておかないとな……。


「ん~それにしても、似てるわね」


「似てる?」


「……あの男の……息子でしょう?」


 目を細めて俺をじろじろ見始めるセレナさん。


「ん~、精霊眼を持った男の子。あの男の息子…………でも精霊眼を持った男の子? というのもよくよく考えたらおかしいわね」


「??」


「貴方、亡くなった母親の名前は……知っているの…………かしら?」


 急に言葉が詰まるセレナさんの目が不安に染まっていく。


「あ~見せる見せるといいながらフィリアにも見せてなかったですね。フィリアおいで~」


「あ~い」


 小走りでフィリアとルナちゃんがやってくる。


 俺は胸元から首に掛けていたロケット作りのペンダントを前に出す。


 そして、ロケットを開いて母さんの肖像画を見せる。


「僕の母さん。イザベラ母さんだよ。まだ肖像画を見せていなかったなと思っ――――セレナさん? どうしたんですか?」


 セレナさんの表情が驚きを通り越して固まっている。


 そういえば、母さんとセレナさんって同じ髪色の目の色も一緒だね…………ん?


 セレナさんのお姉さんがお父さんに拉致され………………まさか。


 と俺の予想が当たったのか、目の前のセレナさんが泣き崩れた。


 フィリアがすぐに駆けつけて、セレナさんが泣き止むまでずっと隣で宥めてあげたのだが、余程ショックだったのか、そのまま泣き崩れて倒れ、すぐに熱を出し、三日は寝込む事となった。




 ◇




「彼女がどうしてここに……」


 眠っているセレナさんを見たお父さんが溜息を吐く。


「お父さん……セレナさんがお姉さんを拉致されたと言っていたんですけど……」


「拉致か…………あの頃の彼女ならそう思えたのかも知れないな」


「あの頃?」


「…………イザベラと彼女は歳の離れた姉妹でね。それに彼女達の一族は決して他の一族を受け入れないと有名な一族だったからね」


「そうなんですね…………セレナさん。凄くショックだったみたいで」


「だろうな。姉が本当に好きな妹だったからな。あの一族から外に出られたのはイザベラだけだ。大人達の反対を押し切って俺の妻となってくれたくらいだ。その後、連絡を取る事もままならなかったからな…………死んでいる事さえ、知らなかったのだろう」


「…………」


「ソラ。すまないが、暫くの間、彼女の傍にいてくれないか?」


「はい。俺もセレナさんが心配ですから」


「俺は毛嫌いされているが、ソラなら姉の息子として面影もあるから少しは気が晴れるだろう」


 お父さんは帝国との話し合いやリントヴルム家の用事があり、その日に王都アポリオンを離れた。




 ◇




「出て行って!」


 俺が入るや否や手に持っていた飲み物を俺に投げつけるセレナさん。


「セレナさん……」


「貴方なんて会いたくなかった! 姉様を……姉様を返して!」


 このやり取りも既に3回目となっている。


 気を取り戻したセレナさんは、俺の事を母さんの命を奪った者だと罵ってくるようになった。


 でもそれが本心でないのは凄く分かる。


 だって、あの母さんの妹なのだから。




 それから2回程同じ事があった。


 6回目。


 その日は俺を見ても何の反応も見せないセレナさん。


「貴方…………姉様に会った事がないと言っていたわね…………」


「ええ。母さんが命を懸けて俺を守ってくれましたから」


「父親とも離れてずっと一人で…………」


「ええ。だからお父さんともまだギクシャクしているというか、少し距離はありますね」


「…………」


 セレナさんは力無くベッドから降りてきた。


 そして、俺を――――――抱きしめてくれる。




「ソラくん…………ごめんね……私なんかより…………貴方の方が……ずっと…………辛かったはずなのに……姉様に…………会いたいはずなのに…………」




 セレナさんは大きな涙を流しながら、そう話してくれる。


 ううん。


 俺は母さんとは会った事がないから、現実味がないというか。


 まあ、本当の事を言うなら会いたいけれど…………。


 母さんに会った事があり、母さんの優しさに触れたお父さんやセレナさんの方がずっと会いたいと思う。


 何度もごめんなさいと泣き声で謝るセレナさんの悲しい声が、どこか母さんの命を奪った俺自身が許される気がして、気づけば俺の瞳にも止まる事なく涙が流れた。

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