第142話 魔女の潜入
王都アポリオンの王城内。
一匹の黒猫がひらりと入って行く。
周囲の土色の少しくすんだ色の壁を黒猫が歩いても遠目ではあまり目立たないだろう。
しかし、その黒猫は少し周囲が歪んで見えるので、目の前を歩いたとしても注意深く見なければ猫が通った事すら気づかない。
そんな黒猫ことアンナは、現在王城の中を歩き回っていた。
王城には強い気配がいくつかあるが、それを物ともしないアンナはそのまま王城を歩き回る。
スキルの力で聴力まで強くなっているアンナは、王城の至るところの話を聞き集める。
厨房、廊下、部屋、牢屋、騎士団。
色んな場所を巡り、聞いた話をリーダーであるソラに伝えながらさらに歩き回る。
その中、一つの棟だけが他の棟とは違う雰囲気をかもし出していた。
ここは周りが噂していた『研究棟』と呼ばれている場所だ。
そんな場所にアンナは迷う事なく正面の入口から入って行く。
中には本や研究用道具がずらりと並んでいて、壁を伝って階段で上に上がることが出来る作りだ。
アンナは階段を伝い、研究棟の最上部を目指す。
誰もいない研究棟を登って行くと、広い部屋に辿り着いた。
「誰だ!」
部屋の奥から、凄まじい殺気がアンナを襲うが、アンナは全く気にする素振りなく、緩い視線を送る。
「!? ま、魔女!?」
「ニャー」
「…………魔女がどうして人間界に降りたかしら?」
部屋の奥から白衣を身に纏った女性が歩いてくる。
短いスカートから伸びる魅惑の脚と、美しく伸びる緑色の長い髪、知的な雰囲気の眼鏡をした女性だ。
「ニャー」
「…………貴方が魔女な事くらい見通しているわよ。私では貴方に手も足も出ないわ。だから姿くらい見せてくれてもいいんじゃない?」
小さく微笑んだ黒猫が人の姿に変わる。
「これはまた可愛らしい魔女さんだね」
「うふふ、魔女のアンナよ~」
「初めまして。アポローン王国の研究者セレナというわ」
「セレナね~よろしく~」
「ええ。魔女さん。果実水はいるのかしら?」
「いる~」
アンナは軽い足取りでソファーに座る。
セレナは慣れた手付きで魔道具から果実水を取り出し、コップに入れてアンナに渡す。
迷う事なく飲むアンナに小さく苦笑いをするセレナ。
「それで? アンナちゃんはどうしてここに?」
「ん~調査~」
「調査? 王城を?」
「うん~」
「あらあら、魔女には敵対した覚えはないんだけどね~もしよかったら、目的を教えてちょうだい。出来るかぎり協力するわよ」
「うふふ~ボスに聞いてみる~」
「ボス…………」
「ねえ、セレナちゃん」
「あいよ」
緩い雰囲気だが、ボスという言葉を聞いたセレナに緊張が走る。
「これからボスに会って来る。でも心配しないで、うちのボスは多分敵対しないと思う」
「……………そうだと助かるわ。お願いね」
「うふふ。でも一つ言っておくよ~」
「ん?」
「ボスが本気になれば、私よりも強いからね~」
「っ!?」
魔女がボスと呼ぶ存在。
その魔女が自分よりも強いという存在にセレナは今までにない不安が押し寄せる。
「そ、それは楽しみだわ。そんな存在と敵対するつもりはないからね。そちらの言い分は極力聞くわ」
「ふぅ~ん。極力なんだ~」
「……一応こちらにも王国の面子が掛かっているのよ。だから、こちらの言い分も少しだけ理解してくれるとありがたいのよ。でも敵対はしないからね!」
「うん~分かった~」
アンナの返事にセレナは胸を撫でおろす。
「ここは何を研究しているの~」
「…………ドロップに関する研究よ」
「あら~とんでもないところに手を出しているわね」
「…………ええ」
「それ魔女でも禁忌だよ~?」
「もちろん分かっているわ。でも何故禁忌なのかも分からないで禁忌にされているから、それも明かしたいのよ」
「そう。女王陛下にバレないようにね~」
「…………ええ。忠告ありがとう」
「じゃあ、また来るからね~」
緩く手を振り研究所を後にする黒猫に、セレナは大きなため息を吐く。
何気ない会話だったけど、一歩違えば命が危なかった。
いや、それ以上にここにいる研究
セレナは現状を伝えるために王の下に向かった。
◇
【ソラく~ん】
フィリアを攫ったやつらのアジトを見張っていると、アンナが黒猫のまま帰って来た。
「おかえり、アンナ」
事前にお城での噂話や現状はある程度聞いてはいる。
【相談したい事がある~】
「相談? いいよ?」
【お城に研究所があって~そこの人に話を付けておいたよ~】
「へ?」
【禁忌を研究しているけど~中々出来る女で~】
「あ、アンナ?」
【こちらに味方するってさ~】
いや、全く話の流れが分からない。
そもそもお城を探って貰って、兵士達が狙っているのが『地底ノ暁』という集団だってことまでは分かって、7人いる守護騎士のうち4人が大怪我をしていることまでは連絡を貰っている。
急に出て来た研究所とは一体?
それに禁忌を研究しているって何?
【名前はセレナ~こちらの要求は全部飲んでくれると思う~】
アンナ……一体彼女に何をしに来たんだ……。
「えっと、交渉をしやすくしてくれたの?」
【うん~】
よく分からないけど、頑張ってくれたアンナの頭を撫でてあげる。
可愛らしい黒猫姿のアンナは、鳴き声を出して喜んでくれた。
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