第134話 ソラの提案

 一通り説明が終わった後、テントの中には俺と伯爵本当の父親だけが残った。


「初めまして…………だな」


「…………はい」


 自分の本当の父親。


 想像もした事がない。


 ずっと両親がいない生活が当たり前過ぎたのもあり、父親という存在にあまり慣れない。さらにそれが実の親ではなかったと言われれば尚更だ。


「まず、最初にこれを受け取って欲しい」


 伯爵は小さなロケットを一つ取り出して、俺に渡してくれる。


 何となくだけど、手に握ったそのロケットからは優しい温もりが感じられる。


「ぜひ開けてみるといい」


 恐る恐るペンダントを開け、中身を覗く。


 どうしてだろうか。


 初めてみる女性の絵に、思わず涙が流れる。


 あまりにも自然に流れる涙に、自分自身が驚いた。


「イザベラ…………お前の母親だ」


 美しい翡翠色の髪と金色に輝いている瞳が誰もを包み込むような笑みを浮かべている本当の母親の絵に心から安心感を覚える。


「彼女はここから南にある場所に住んでいるある一族の娘だった。近くのフロアボスの討伐に向かった際に出会い…………沢山の時間を過ごして俺の妻となった。今まで生きてきた時間の中で、彼女ほど優しい人に会ったことはない。道に腹を空かした子供に手を差し伸べるのも、家事は自分でやると部屋の掃除に乗り出してメイド達を困らせていたのも、領内の孤児院に毎日のように顔を出していたのも、彼女の優しさを感じられるモノばかりだった…………」


 ゼラリオン王国もソグラリオン帝国も貴族が平民に施しなど行ったりはしない。


 それが当然の世界なのに、お母さんは貧しい者に手を差し伸べた。


 俺が生まれながら孤児を気にしないのは…………お母さんのおかげなのかも知れない。


「お母さんはどうして亡くなったのですか?」


「…………お前が生まれる前。とある戦争が起きていた。ソグラリオン帝国がまだ中央を支配する前の話だ。最後の王国のペラグラ国との戦いの真っ最中だった。俺は…………イザベラの願いでペラグラ国にずっと降伏勧告を行ってきた。しかし、それがあだとなり戦争が長引いた。その間、帝国の裏工作も進んでいた…………とある一族がリントヴルム家を陥れるために俺の家族を狙った作戦を行った。暗殺者達が俺の留守の間、屋敷を襲撃し…………生まれて間もないお前を守るため、彼女が盾になった。あの時、彼女を守れなかったと子供を抱いて逃げて来たアレスとシオンがその場で自害しようとしたが、彼らを説得して…………お前も死んだ事にして逃がす事を決めた。その後、人脈を使いお前をゼラリオン王国に隠していつか安全を守れる場所が見つかったらそこに住まわせようとしていたのだ…………」


 時々涙を流しながら悔しそうに話す伯爵。


 もし自分がフィリアを失う場面があったならと思うと、優しかったお母さんの事を思うと、俺も涙が流れる。


 自分の手が届かない場所で守れなかった悔しさが、お父さんの瞳から伝わって来る。


 それからお母さんの事を沢山教えて貰った。


 美しくて気高く優しかったお母さん。


 命がけで俺を守ってくれて……本当にありがとう…………。




 ◇




 次の日。


 俺達はもう一度テントに集まった。


 俺と伯爵――――本当のお父さんとの関係を知り、これからの話し合いのためだ。


「ソラくん。今回の交渉は全てソラくんに任せるよ」


「ミリシャさん…………」


「もしソラくんが帝国につくのなら、私達もソラくんに付いていくからね」


 他のメンバーも大きく頷く。


 ただ、アクアソル王国のメンバーであるアインハルトさんだけは厳しい表情を浮かべている。


「分かりました。ではリントヴルム伯爵様と交渉を行います。確かに俺は伯爵様の息子ではありますが、その前に、一人のクランマスターです。クラン『銀朱の蒼穹』のクランマスターとして交渉を行います」


「…………ああ、分かった」


「まず一つ目、アクアソル王国への攻撃を続けるのであれば、『銀朱の蒼穹』として、アクアソル王国の一員として伯爵様と戦い続けます」


「…………」


「そこで俺から一つ提案があります」


「いいだろう。聞かせてくれ」


「元々伯爵様はアクアソル王国を支配するのが目的でした。その目的も俺という一人の人間を匿うためでもあります。さらに現在は帝国からアクアソル王国への道は途絶えました。それを越える方法はたった一つ。飛竜しかありません」


 伯爵は小さく頷いて返してくれる。


「そこで俺としての提案です。ソグラリオン帝国内部でアクアソル王国はリントヴルム伯爵領になったと表明します。それに対する国税は『銀朱の蒼穹』が代わりに全て払います。代わりにリントヴルム家はアクアソル王国の防衛・・をお願いします」


「…………それでリントヴルム家に何の得がある?」


「得は大いにあります」


「大いに?」


「はい。我々『銀朱の蒼穹』と繋がりを持てることです」


「『銀朱の蒼穹』と繋がりを……持つ?」


「はい。俺達『銀朱の蒼穹』は既に――――――魔導士を数百人確保しております」


「魔導士を数百!?」


「その証拠が見たいというなら、いま外で待機しているメンバーを見てくださってもいいです。そして、これは勧告でもあります」


「……勧告?」


 伯爵から殺気が放たれる。


 それでも俺は自分の意思を変えるつもりはない。






「俺は…………自分の父親と剣を交えることになったとしても、ここまで支えてくれた仲間を優先します。アインハルトさんやアクアソル王国の女王様は既に俺達の仲間です。もしこの案を受けないのであれば、『銀朱の蒼穹』がリントヴルム家に全面的に戦いを挑むことになるでしょう」






 俺の話を聞いた周囲に緊張が走る。


 伯爵側だけでなく、『銀朱の蒼穹』にも緊張した表情で伯爵の返事に注目する。


 そして、
















「くっくっ……あーはははは! そうか! お前は仲間を優先するのか!」


「はい」


「ソラ。お前は紛れもなく俺の息子だ。俺も何より仲間を優先するだろう。そんな息子を持って親として誇りに思う。今回の交渉はリントヴルム家の全面降伏だ。クラン『銀朱の蒼穹』の提案を受け入れよう――――それに、元々アクアソル王国を支配したかった理由は、自分が守れなかった息子を匿うためだ…………その息子が既にアクアソル王国にいるなら、リントヴルム家がアクアソル王国を攻撃する理由は何一つない」


「お父さん…………」


「ソラ。俺はもう家族も仲間も失いたくないのだ。だからこれから家族として、仲間としてよろしく頼む」


「はい!」


 俺の返事からテント内が歓声に包まれた。


 緊張の糸が切れたように、育て親である二人が涙を流し、今までの事を謝って来た。

 

 でもその事情を知っているからこそ、謝罪は必要ない。


 彼らも、本当のお母さんと俺をずっと守って来てくれたから。


 これから育て親のアレスさんとシオンさんとも向き合える事がとても嬉しかった。

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