第9話

ネクロマンサーヘッドにより、ブーケトスは甦った。

いや、甦ったとは言えないか。

立って歩いてはいるものの、その肉体は屍であり、生命を得て甦ったとは言いがたい。



「ふふふ………怖いか?怖いだろうなぁ、かつてお前が殺した馬だからなぁ!」



グレンダはニタニタと嘲笑を浮かべている。

彼女の思い描くシナリオとしては、


かつて人間の欲望によって殺されたブーケトスが甦り、

相も変わらず動物を食い物にしているナガレに鉄槌を下す。


そんな、80~90年代には腐るほどあった「文明への警鐘」的な作品群のような展開を期待するグレンダ。

それに答えるように、ブーケトスは骨の足をカッポカッポと鳴らし、ナガレへと近づいてゆく。



「しゃ、社長!下がって………!」



危険を察し、ナガレを守ろうとする社員。

だがナガレはそれを押し退け、前に出る。



「社員!?」

「いいんだ!………いいんだ、これで………」



ナガレは、全てを受け入れたようだった。

ブーケトスに、一歩、一歩と近づいてゆく。



「………青い………」



ブーケトスを覆う青い炎。

それは、現役時代にブーケトスがしていた覆面メンコと同じ色。



「そうだよな………お前、青いメンコがよく似合ってたもんな………」



ナガレは、項垂れてその場にへたり込む。

視点を下げた事で、痛々しく折れたブーケトスの足が目に入った。

あの時、粉砕骨折で折れた足だ。



「痛かったろうな………辛かったろうな………」



今更、ナガレは許しを乞うつもりはなかった。

ブーケトスがこんな事になった原因は自分なのだから。


ブーケトスの全身が骨になったこの姿を見れば、それがいかに非道な行為だったかは一目で解る。

ブーケトスの為を想っていたつもりが、ブーケトスの苦しみに気づいてやれなかった。

その結果がこれだ。



「解るよ、ブーケ………俺のせいなんだよな………恨んでるんだよな………」



そして、ブーケトスにこんな事をしたにも関わらず、社長の座に収まり、おこがましくも馬主となった。

そんな事が許されないという事は、ナガレが一番解っていた。


だから、いつか報いを受ける時が来るのだと。

こんな日が来るのだと、ずっと思っていた。



「………俺は逃げも隠れもしないよ………さあ………」



そして、審判の日は訪れた。

ブーケトスが、愚かな自分に鉄槌を下しに現れた。


そう、ナガレは悟り、手を広げる。

噛み殺されようが、踏み殺されようが、受け入れるつもりだ。

自分は、そうされるだけの事をしてきたのだから、と。



目を見開く社員達。

嗤うグレンダとグリーンガード。

愚かな人間が、今まさに大自然の裁きを受ける………ハズだった。



………ブルルッ



ブーケトスは、噛みつく事も、踏みつける事もなかった。

ナガレの元に寄り添い、在りし日のように頬ずりをしたのだ。

骨格を覆う青い炎は、ほんのり暖かいだけで熱くない。



「ブーケ………?」



てっきり、踏み殺されるのだとばかり想っていたナガレ。

そして状況を見守っていた、グレンダを含むその場の人々は、予想外の出来事に呆然としている。



『なかないで、ながれさん』

「ブーケ………!?」



ナガレに語りかける、ブーケトス。

そこには怒りも恨みも、微塵もない。



『ぼくは、ながれさんのこと、おこってないよ』

「ブーケ………」

『しってるもの、みんな、ぼくのことをあいしてくれたって』



ナガレの中にあったわだかまり。

後悔と罪悪感。

その全てが、溶けて流れ出してゆく。

それを表すかのように、ナガレの瞳からは涙が溢れ落ちていた。



「許してくれるのか………?!あんな事を………あんな事をしたのに………!?」

『ぼくたちのあいだに、ゆるすとか、ゆるさないとか、そんなものはないよ』



それは、きっとナガレがずっと欲しかった言葉。

ブーケトスからの「許し」。

ナガレが、この先未来へと進んでいく為に、重荷を切り離す為の最後の鍵。



『ぼくは、しあわせだったんだよ』



絆は、確かにそこにあった。




………さて、そんな感動のワンシーンであるが、それに納得がいかない者達がいる。



「な、な、な、な………!?」



グリーンガード。

そして彼等の客寄せパンダである、グレンダ・タンバリンだ。


ブーケトスによってナガレが踏み殺される様を期待していた彼等にとっては、これは拍子抜け。

否、人間アンチの自然保護団体である彼等からすれば、不都合な真実に他ならない。



「ぶ、ブーケトス!お前は自分を殺した相手に復讐したいんじゃないのか?!よくもそんな………」



グレンダが、お決まりの癇癪を起こそうとした、その時。



「残念だったわね!グレンダ・タンバリン!」

「なッ?!」



赤い閃光がごとく、素早く駆ける戦騎がその場に駆け込んできた。

驚くグリーンガードの前に現れたのは、かの紅蓮の戦騎・シックザール。

目印である悪魔の翼が描かれたメンコ越しに、グレンダとグリーンガードを睨み付けている。


そしてその背には、ジョッキーの代わりに股がる影が二つ。



「所詮、貴女達のイデオロギーも妄想に過ぎないッ!都合よく、全ての動物が人間の被害者だとは思わない事ね!」

「スカーレット・ヘカテリーナぁ!!」



そこに居るのは、スカーレットとアズマのはみだしテイカーズの二人。

まるでバイクのように、二人乗りでシックザールに股がっている。

剣を構えたスカーレットの姿は、まさに戦国時代の騎馬兵のそれだ。


そしてシックザール。

いくら彼が強い馬だとしても、人二人を乗せてアスファルトの上を疾走し、それでも息一つ切らせていない。



「何故だ?!何故邪魔をする!?私は人間に利用される動物達を………」

『黙れ偽善者ッッ!!』

「ヒイッ!」



御託を並べるグレンダを、シックザールの一喝が遮る。



『勝手に俺達が可哀想だと決めつけるなよ!?少なくとも俺は走りたくて走っている!貴様の言う可哀想だというのは、自己満足の押し付けにすぎん!』

「な、な、な………!?」



シックザールの言う通りだ。

グレンダの言う「可哀想な動物を解放する」という大義名分も、よくよく考えたら人間の主観による勝手な決めつけに過ぎない。

当事者であるシックザールや、他の競走馬からしても「頼んでないのにやられている事」に過ぎない。


街で暴れている食肉から産まれたゾンビ達も、いきなりゾンビにされて混乱し、凶暴化しているだけだ。

少なくとも、グレンダ達の言うような「人間への復讐」で暴れている者は少ないだろう。



「そして………それ、オーストラリアで盗まれたマジックアイテムよね」

「な、な、な………!?」

「写真は録りましたよ、スカーレットさん」

「ご苦労!」



グレンダ達がネクロマンサーヘッドを持っている事も、確認した。

写真という証拠も残した。


これでどう足掻こうと、グリーンガードがマジックアイテムを使ってテロを起こした犯罪者である真実が、覆せない物となった。

いくら日本といえども、そんな奴等を見過ごす事はないだろう。



「じゃあ、とりあえずこの連中を死なない程度にボコしちゃって、ネクロマンサーヘッドを回収するとしますか!」



シックザールから降りたスカーレットとアズマが、それぞれの武器をグレンダやグリーンガードの構成員に突きつける。


ここにゾンビはおらず、グリーンガード構成員もテイカーと戦える程強くはない。

スカーレット達の勝利は覆されない………ハズだった。

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