第8話

スカーレットは、憶測を含めてシックザールに全てを説明した。


あのゾンビは、マジックアイテム・ネクロマンサーヘッドによって産み出された存在である事。

オーストラリアに保管されていたそれが、どこかへと消えた事。

そして、今街を騒がせている過激な自然保護団体・グリーンガードがそれを持ち出し、悪用している………かもしれない事を。


グリーンガードがそのネクロマンサーヘッドを持っている様を知らないスカーレット達ではあるが、その推測は当たっていた。

というか、これだけ状況が揃っていれば、想像はつく。



『ようはこれから始まる勝烈賞を潰したいって訳か………ふざけやがって』



シックザールは吐き捨てた。

グリーンガードは競走馬の解放を唄っているが、シックザールを初めとして、競走馬達はそんな事を頼んだ覚えはない。


前にも述べた通り、競走馬達は走るからこそ生かされているような物だ。

それを取り上げた所で、現実的に考えて馬肉にされるか、もて余した果てに脱走・害獣化の未来しか残っていない。



「とにかくグリーンガードを見つけて、そのネクロマンサーヘッド?っていうのを回収しないと!」

「でも、どうやって………」



騒動の元凶であるグリーンガードを潰そうにも、そのネクロマンサーヘッドを持ったグリーンガードが何処にいるかが解らない。


おまけに、ゾンビも今ここで倒した個体だけではないだろう。

それと戦いながら、ネクロマンサーヘッドの捜索をしなければならない。


手がかり無し、妨害アリの捜索に、スカーレットもアズマも頭を抱える。

ふと、その時。



『あいつらは、レースを潰したいんだろ?』

「えっ?」



シックザールが、会話に入ってきた。



『だったら、レースの主催者かスポンサーを狙うんじゃないか?俺ならそうする』

「………あっ!!」



シックザールに言われて、二人は気付いた。

そうだ、連中の目的が覇王賞の中止である以上、狙うとしたらレースの開催に深く関わる主催者やスポンサーだ。


そして………そのスポンサーの中にはかの米雨流ヨネザメ・ナガレがいる。

悪い言い方になるが、自身の調教が原因で競走馬ブーケトスを「殺した」とも言える、奴等が食い付くには最高の「えさ」が。


奴等が狙うとしたら、ナガレしかいない。



「すいません、米雨コンツェルンが使ってるホテルって、わかります?」

「ん、ああ………たしか、ヤブサメホテルって所だったと思う」



運良く、ミホノ氏がホテルを知っていた。

すぐさま向かおうとしたスカーレット達だったが、アズマは携帯スマホでその場所を検索した途端に絶望した。



「ダメだ………遠すぎる」



今いるこの場所から、そのヤブサメホテルまではあまりにも距離があった。

その距離、約2キロ。

ゾンビ騒動で交通機関が麻痺している事を予想すると、すぐにたどり着ける距離ではない。



「そうだ、ホテルまでバルチャー号を取りに戻れば!」

「そのホテルだって遠いわ、取りに戻っている時間はとても………」

「そんな………!」



状況は、まさしく打つ手無し。

詰みであった。


狼狽えつつ、何か方法はないか考えるはみだしテイカーズの二人だが、そういいアイデアなど都合良く浮かんでは来ない。

ましてや、緊急事態を前に焦っているのだから。



『………ミホノさん』



だが、ここにいるのは人間だけではない。

交通機関もバルチャー号バイクも使えないが、ヤブサメホテルに早くたどり着く手段が一つだけある。



『すまない、今すぐ俺に馬具を付けて欲しい』

「シックザール?!まさかお前………」

『あいつらには「速い足」が必要なんだ!!』



ここにはシックザールが。

真っ赤な三冠馬候補がいるのだ。





………………






ゾンビ騒動は、瞬く間に稲荷市に広がった。


幸いフィクションのそれと違い、襲われたとしてもゾンビ化する事は無い。

が、街中の至る所にある食肉を媒体として発生するゾンビ達は、瞬く間に増殖していった。


街の人々を守る為に、必死に抵抗する警官隊。

しかし、グリーンガードの行動が読めず、発生地点がバラバラな事から、苦戦を強いられていた。



そんな中、稲荷市のオフィス街にある「ヤブサメホテル」。

所謂高級ホテルに分類されるそこでは、宿泊客の避難が進んでいた。


が、ある一人の客が、中々逃げようとしなかった。



「逃げてください社長!」

「ダメだ!馬達の安全を確保するまでは!」



ナガレだ。

一緒に来ていた米雨コンツェルンの社員達が避難するよう言っても、聞こうとしない。


彼が避難をごねているのは、彼が馬主として保有している馬達が………馬運車で運ばれてきた馬達の事。


人命が最優先なのは言うまでもないが、彼にとっても、そして多くの馬主がそうであるように、馬は家族同然なのだ。


その馬を、ゾンビの発生した場所に置いていく等、出来る訳がない。



「君達こそ、早く逃げるべきだ!」

「できませんッ!社長を置いていく等………!」

「いくら社長と言っても私は会社の部品に過ぎんッ!また新しい社長を探せばいい!こんなジジイに付き合う事はないんだ!」



同時に、そんなナガレ個人の問題に、第三者である社員達を巻き込むべきでないとも考えていた。

故に、社員達には逃げるよう説得するナガレ。


だが。



「土壇場で社員を逃がす善人気取りか?よくもそんな事を!」

「貴様は………ッ!」



いつの間にか、ヤブサメホテルの前まで来ていた「連中」の瞳には、そんなナガレの善意も欺瞞にしか映らない。



「グレンダ・タンバリン………!」

「善人ぶるなッ!多くの馬達を苦しめているくせに!よくもそんな事を!」



その集団の、グリーンガードの前に立つのは、グレンダ・タンバリン。

背後のグリーンガード構成員の持つ、ネクロマンサーヘッド。

そしてもう一つ、ナガレの意識を引いて………否、嫌でも引く物があった。



「な………ッ!!」



それを見た瞬間、ナガレに沸き上がった感情は怒りである。

当然だ、グリーンガードの連中がやった事は、彼のトラウマであり彼の愛する家族でもある存在への冒涜に他ならないのだから。



「懐かしいだろう?お前が殺した馬の棺だ」



それは、ブーケトスの棺だ。

中に遺骨の納められた、本来なら稲荷競馬場前のブーケトスの墓の下にあるハズの。


つまりこいつらは、あろう事かブーケトスの墓を暴き、遺骨を引っ張り出してきたのだ。

非道極まりない所業に、ナガレの拳が怒りに震える。



「自分で殺したくせに、よくもそんな事を!」



そんなナガレを煽るように嗤うグレンダ。

自然保護と馬の解放を唄っておきながら、馬の墓を暴く。

これだけでも邪悪の限りと言えるが、悪夢はまだ終わらない。


グレンダがグリーンガード構成員にアイコンタクトを取ると、ネクロマンサーヘッドに魔力が流し込まれ、起動。



………そして、想像する中での最悪の出来事が発生した。



バキィィッ!!


樫の木で作られた棺が音を立てて破壊される。

棺を突き破り立ち上がったのは、青い炎のようなオーラを纏った四足歩行の獣。


だがその身体には肉も内蔵もなく、有蹄類特有の骨格のみが、まるで操り人形のようにたっている。

青い炎が、まるで鬣のように揺らめいている。


素性の知れない者・役に立たない物を指す言葉に「馬の骨」という言葉があるが、ここに現れたのは比喩や揶揄ではなく、正真正銘本物の馬の骨格だ。


馬の骨格が、まるで生きているかのように動いていた。



………街のゾンビ騒動と合わせて、今眼前で何が起きたかは、ナガレにも解った。


眼前に現れた動く馬の骨格。

これは。



「ブーケトス………なのか………!?」



ああ、そうだ!

骨のブーケトスはそう返答するかのように、ヒヒィン!と吠えて上体を上げた。

その様は、生前と寸分変わらなかった。

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