第7話

鋭い牙を向き、スカーレットに豚頭のゾンビが襲いかかる!



ギシャアアア!!



生物ではないゾンビには胃袋も内臓もなく、物を食べる必要がない。

口に並ぶ牙も「噛み切る事だけ」に特化した、ナイフのような物が並んでいる。


これで噛みつかれれば、無事ではいられない。



「はあっ!」

ギィィッ?!



噛みつかれるよりも早く、スカーレットはそれをイフリートの一閃で切り伏せた。

胴体から真っ二つに切り裂かれたゾンビが、打ち捨てられるようにその場に転がった。

だが。



ギシャアッ!ギシャアッ!



上半身と下半身に分かれたゾンビが、上半身だけで地面を這い、迫ってくる。


そう、こいつらは生物ではない。

吠えて噛みつき切り裂くだけの、ただの肉の人形である。

真っ二つに切り裂かれたぐらいで止まる事はないし、頭や心臓を潰されても動き続ける。



「この………ファイアッ!」

ギシャアアア!!



だから、完全に倒すには動けなくなるまでバラバラにするか、跡形が残らない位に消滅させるしかない。

幸い、ゾンビはよく燃える為、スカーレットはファイアを浴びせて焼き尽くすという手法を取る。



「スタン!」

ギシャアッ!?



アズマがシルフィードを構え、呪文を唱える。

すると牛頭のゾンビに青い電流のようなエフェクトが走り、金縛りになったように動きが止まる。


これが「スタン」。

モンスター一体の動きを止める特殊魔法だ。

ここに。



「ファイアッ!」

ギシャアアア!?



アズマもまた、ファイアを使う。

牛頭のゾンビも燃え上がり、暫く悶えた後、倒れて動かなくなった。


これで二体のゾンビは片付けた。

だが………。



ギシャア!!

ギシャアアア!!

グルルルッ!

グルルッ!

ギシャアッ!!



ゾンビは、その二体だけではない。

牛頭、豚頭、そして新顔である鶏の頭のゾンビの大群が、スカーレット達に迫ってくる。



「まだ来るの?!」

「どこかでゾンビが大量発生しているようね………!」



スカーレットの睨み通り、グリーンガードがこのゾンビ騒動に絡んでいるのは間違いない。

こいつらを早く片付けて、現況を断つ必要がある。



「炎神よ、その刃をもって悪を貫け!」



イフリートの刀身が、ガシャンガシャンと分離し、蛇腹剣モードに。

蛇が鎌首をもたげるように、ゆらりと立ち上がってゾンビの群を見下ろす。



「受けなさい!ヴァイパーダンスッッ!!」



スカーレットがイフリートを振るうと、蛇腹の刃がゾンビの大群へと突撃し、腐った身体を切り裂いた。

高範囲を刃で切り裂く、スカーレットの必殺技の一つ・ヴァイパーダンスだ。


なるほど、これなら大群相手に一気にダメージを与える事ができる。



ギィィッ?!

ギシャアアア!?



蛇腹の刃を、スカーレットはまるで新体操のリボンのように振り回す。

舞う刃に巻き込まれたゾンビ達は、輪切りや千切りにされた野菜のように、バラバラになってゆく。


このまま奴等を殲滅できるか?

そんな甘い考えが過ったはみだしテイカーズの二人であるが、現実は非情である。



ギシャアアア!!

「あっ!!」



運良く剣舞を抜けた鶏頭のゾンビが、二人を抜けて馬運車に迫る。

両手の切り落とされた手負いのゾンビであるが、戦闘能力を持たない一般人や競走馬からすれば驚異でしかない。



「や、やめろ………ッ!」

ギシャアッ!?



だが、そんなゾンビに立ち塞がる男が一人。

作業のしやすい繋ぎに身を包んだ、壮年の男。


彼が首から下げた名札には「三保野ミホノ」と書いてある。

彼は馬達の世話をする「厩務員」という仕事をしており、担当馬と一緒に馬運車に同行していたのだ。



「危険です!下がってください!」



そして、ただの人間である彼にはゾンビと戦う術はない。

アズマが叫んだ通り、逃げなければならない。

だが、彼には引けない理由がある。



「それはできない!ここにいるのは俺の大事な家族なんだッ!だから………ッ!」



ミホノの背後にある馬運車には、彼が担当している馬が乗っている。

彼もまた、馬を愛している人間の一人。

だから、あの恐ろしいゾンビを前にしても、一歩も引かないのだ。



ギシャアアア!!



しかしながら、どれだけ愛があろうと所詮は一般人。

スカーレットもアズマも、駆けつけるには間に合わない。

無残にも、このまま三保野は噛み殺される………はずだった。




………ばあんっ!!




勢い良く、誰も触れていないハズの馬運車の扉が開かれる。

運が良かったのは、馬運車の鍵が閉まっていなかった事。



ギシャアッ!?



三保野やはみだしテイカーズの二人が気づくより早く、「それ」は旋風のようにゾンビの前に出て、その巨体を持ってゾンビを弾き飛ばした。



「あれは………?!」



アズマは知っていた。

つい昨日見た、勝烈賞で走っていた鹿毛のサラブレッド。

三冠馬候補を「潰した」、今年の覇王賞の目玉である「地獄の炎」。



「シックザール?!」

「嘘ッ?!本物!?」



そう、そこに居たのはシックザール。

実物を見た事で解ったが、その威圧感はおおよそ想像される馬のそれというよりは、まるで猛獣だ。



ギ、ギシャアアア!!



しかし、感情を持たないゾンビには、その威圧感は通じない。

ゾンビは、シックザールにまで襲いかかろうとした。


まずい、三冠馬(予定)が殺される。

顔を青くしてスカーレットが駆け出そうとした、その時。



………ぶおんっ!



シックザールは逃げようともせず、素早く後ろを向く。

そして、馬の強烈な脚力を持って、ゾンビを蹴飛ばした!



ギシャ?!

『貴様………!』



その時聞こえた、謎の声。

それが誰の物かという疑問が浮かぶより早く、シックザールは倒れたゾンビに向かってゆく。



『ミホノさんに………何してんだぁぁ!!』

ギブッ!?



ぐしゃあっ!!

シックザールの鍛えた足が、ゾンビに炸裂。

何度も踏みつけられたゾンビは、まるでミンチのようにグシャグシャになる。


なんともグロテスクな光景であるが、それよりも注目すべき事が一つ。

それは。



『ミホノさん!無事かッ!?』

「し、シックザール………なのか?!」



謎の声。

それは見知らぬ第三者ではなく、シックザールから発せられていた。


信じられない話だが、馬であるシックザールが人間の言葉を話していたのだ。

まるで、競走馬を題材にした有名な漫画「風のタマモオー」のように。



「シックザール!お前、なんで人間の言葉を………」

『んっ?ふむ………』



ミホノも信じられなかったが、駆け寄ってきたシックザールがはっきりと話していたので、これは信じざるを得ない。



『………多分だが、この妙な霧のような物が原因だと思う』

「霧………?」

『目には見えないが、空気に何か混ざってる、それが俺の言葉が人間に聞こえるようにしてるんだろうよ』



シックザールの言う霧と言うのは、言うまでもなく魔力の事だ。


エネルギー資源として活用されている魔力ではあるが、その全てを人間が理解している訳ではなく、今でも解らない事が多い。

こんな効果が起きても、何の不思議もないのだ。



『………そして』



何より驚くべきは、シックザールの洞察力の高さと賢さだろう。

馬が賢い動物である事は有名だが、魔力を感じとるまでとは驚きである。



『そこのコスプレコンビ』

「えっ?!」

『お前達、この騒動について何か知っているな?教えてもらうぞ』



だから、だろう。

スカーレットとアズマが何かを知っていると、一目で見抜いたのは。

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