第6話

ダンジョン外の魔力濃度がダンジョン並みになるという事から、二つの事が推測される。

強力なモンスターが、この近くに近づいているか。

または、魔力を放つ物質がこの近くにあるか。


どっち道、緊急事態である事には変わらない。



「スカーレットさん、皆を逃がさなきゃ!」

「でも………どうやって………?!」

「うう………!」



この場の人々を安全な場所に避難させる必要はあるが、それは難しい。

全員がこの場にくる競走馬の方にばかり気が行っており、各々の携帯電話の警告メッセージに気づいていない。


避難するよう呼び掛けても、誰も信じないだろう。

バカなテイカーがバカ騒ぎしていると片付けられるのがオチだ。


そもそも、避難と言ってもどこに逃げればいいのか。



「来た!来たぞ!」



八方塞がりの状況に、スカーレットとアズマが尻込みをしている中、馬運車が到着し、競走馬が下ろされようとしている。

マスコミやファンが、サッとカメラを構えた。


………この時携帯のカメラを構えた者の中に、警告メッセージに気づいた者がいれば、少しはスムーズに避難できたかも知れない。

まあ、今となっては「たられば」であるが。



ギシャアアア!!



馬運車と人々の間を遮るように、突然現れた二体の異形!


首から下は、筋肉の露出した人間のような姿………少し前に話題になった巨人の漫画にどこか似ている………だが、首から上は豚と牛のそれだ。


少々チープな動物のマスクを被った人間、と言えば解るだろうか?

だがその口は開閉し、草食動物である豚や牛には無いような牙まである。


全体的にボロボロであり、色もまばらに緑色に変色している。

まるで、腐乱死体が歩いているようだ。



「なんだアレ?!」

「モンスターだ!」

「逃げろ!!」



案の定というか、パニックが起きた。

モンスター=危険という事は現代人の共通認識である。

そこまでは、彼等も解っていた。

だが、警告メッセージを見なかった為にこんな事になってしまった。



「やっぱりモンスター!」

「………いえ、違うわ、アズマくん」



どういう事だ?と、驚くアズマ。

そう、あのバケモノ達は一見するとモンスターのようだし、モンスター図鑑にも掲載されている事が多いが、厳密にはそうではない。



「アレは………現象よ」



そもそも、あれは生物ですらない。

強いて言うなら「現象」である。





………………






「マジックアイテム」とは、ダンジョン内で発見される異世界のアイテム。

鉱物等と違う所は、それが自然の物ではなく、人の手で作られた物であるという事。


つまる所、魔力の故郷である異世界に、文明が存在する事の証だ。

その多くが未知の技術で作られたオーパーツであり、政府の管理の元厳重に保管されている。



そんな、マジックアイテムの一つに「ネクロマンサーヘッド」という物がある。

外見は、小学生が図画工作で焼け爛れた人間の生首を作ったようなチープな外見で、常時魔力を放ち、周囲をダンジョン並みの魔力で満たす事が出来る。


これに搭載された恐ろしい機能。

それは、周囲に存在する生物の死骸を使い、死体を繋ぎ合わせた疑似モンスターを産み出す事。

疑似モンスターはその性質と外見から「ゾンビ」の名で呼ばれ、ネクロマンサーヘッドの持ち主を覗いたあらゆる生物に襲いかかる。



中東のダンジョンで発掘されたネクロマンサーヘッドは、不幸にもテロリストの手に渡り、大きな被害を出した。


後に国連政府により確保され、オーストラリアの研究施設に保管されているという。


………が、数日前に保管庫から突然消えた。

研究の為に持ち出したっきり、行方知れずになってしまったのだ。


杜撰な管理体制に世間から批判が集中したが、すぐに忘れ去られた。

ちなみに日本のメディアは、俳優の不倫騒動への糾弾に忙しく話題にすら挙げなかった………。






………………






目の前に現れたゾンビを見て、スカーレットの中で様々な事象が点で繋がった。


オーストラリアで消えたネクロマンサーヘッド。

その、オーストラリアを拠点とするグリーンガードがこの稲荷市に現れた事。

そして、ネクロマンサーヘッドの産物であるゾンビが、今目の前に現れた事。


これらが意味する事が何かは、スカーレットにも解った。

だが、それよりも。



「まずはゾンビを片付けるわよ!」

「はい!」



二人には、やらなければならない事がある。

また、あけぼの市の時のように警察に突き出されるかも知れない。

それでも、モンスターと戦える力を持った彼等には、果たさなければならない責任がある。



ギシャアアア!!

「きゃああ!!」



逃げ惑う人々に、襲いかかるゾンビ達。

そこに、群衆とは逆向きに駆けてきたスカーレットとアズマが立ち塞がった。



装備展開TAKE UP!』

装備展開TAKE UP!』

ギシャ?!



Dフォンが起動し、光が広がる。

閃光と共に爆風が巻き起こり、群がるゾンビ達を吹っ飛ばした。


そして………。






………………






スカーレット、そしてアズマが装備展開TAKE UPによって装備コスチュームを纏うまでのタイムは、僅か0.5秒に過ぎない。

では、今回は特別に、スカーレットの装着プロセスをスローでもう一同見てみよう。



装備展開TAKE UP!』



Dフォンの装備展開システムが発動すると同時に、スカーレットの周囲に光と爆発が発生。

光の中で、スカーレットは変わる。


まず、彼女を纏っていた衣服が燃えるように弾け飛び、そのチョコレート色の肌と、上から95,54,85の身体が露になる。

が、衣服は実際に燃えたのではなく、データ化されてDフォンに収納されただけだ。


そして新たに、Dフォンに収納されていた彼女の装備コスチュームが、同じく炎のような姿を取って彼女に装着される。


95cmのバストを、エナメルの質感を持つビキニかブラジャーのような服が。

85cmのヒップを、これまたガーターベルトのついたパンティのようなパンツが、各々覆う。


腕には手甲ガントレット

脚にはブーツ。

頭には悪魔のような羽飾り。

右肩にドラゴンの頭を模した装甲を装着。


最後に、手にしていた剣のパーツが、排熱の為に変形。

その「炎剣イフリート」としての姿を露にし、彼女の「変身」が完了した。





………………






ゾンビ達の前に立ち塞がったのは、二人の冒険者テイカー

刺激的なビキニアーマーに身を包んだ、剣士ソーディアン・スカーレット。

清楚かつ愛らしい修道服風衣装に身を包んだ、僧侶アコライト・アズマ。


各々の武器である炎の剣イフリートと魔杖シルフィードを構え、ゾンビに突き付ける。



「て、テイカー?!」

「街中で戦うのかよ………?!」

「でも、助けてくれるのか!」



日本の価値観からすれば非常識の極みであるが、ゾンビから助けてくれる事に関しては、人々から見てもありがたい。

そして、何より。



「テイカーのお二人!競走馬を守って!!」

「お任されっ!」



恐らく競走馬ファンらしき、団扇を持ったオタっぽい女性が叫んだ。


そう、ここにいるのは人間だけではない。

人々の夢を乗せて走る競走馬達もいるのだ。

そして最悪な事に、ゾンビ達に逃げ道を塞がれて、馬運車は逃げる事が出来ない。

彼等を危険に晒すワケにはいかない。


………何より、競走馬に何かあった場合、その損害賠償がいくらになるか。

考えただけでも、スカーレットには悪寒が走る。



「さあ………燃やすわよ!」



この戦い、なにが何でも負けられない。

人としても、経済的にも。

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