第5話
………翌日。
稲荷競馬場に、多くの人だかりが出来ていた。
明日の覇王賞に参加する競走馬達が、馬運車で運ばれてくるのだ。
駐車場は、スター達の到着を楽しみに待つファンや、実物を見て賭ける対象を決めようとするギャンブラー達。
そして恐らく、スポーツ誌の記者と思われるマスコミでごったがいしている。
スカーレットとアズマも、賭ける馬を見ようとやってきたのだが。
「………ねえ、アズマくん」
「何です?スカーレットさん」
「なんか、女の子多くない?」
スカーレットが驚いた。
想像以上になんというか、若い女性が多いのだ。
皆が、馬を刺激しないレベルでキャッキャと騒いでおり、レースに出場する馬の写真を貼った団扇を持っている者もちらほら。
まるで、アイドルのコンサートか何かのようだ。
競馬=基本的におじさんの物と思い込んでいたスカーレットは、これには驚いた。
確かに、競走馬ファンの女性は珍しくはないが、それを差し置いても普通ではない。
これには、ちゃんとした理由がある。
「多分………「
「優駿乱舞?何それ」
「ソシャゲですよ、最近人気の」
アズマの言うとおり、この女性人口の多さにはあるソーシャルゲームアプリが関わっている。
その名も「
某艦隊をコレクションするゲームや、その影響を受けた中国のKAN-SENのゲームの、競走馬版と言えば解りやすいか。
ようは、擬人化ゲームである。
が、それらと違うのは、擬人化で美少女ではなくイケメンになるという所。
つまる所、女性向けなのだ。
ただの乙女ゲーと侮る事なかれ。
面白くも史実の再現やIFを織り混ぜた育成シナリオや、シンプルかつ奥深いゲーム性から、爆発的な人気を獲得。
若い女性を中心に、今ブームを巻き起こしている。
………もっとも、女性向け特有のやれ
何はともあれ、若い女性の競馬ファンを増やした事には間違いない。
彼女達も、優駿乱舞から入った者が多いだろう。
「あっ!来たぞ!」
誰かが声を挙げた。
駐車場に、馬運車が向かってきた。
身構える、ファンとマスコミ。
スカーレットとアズマも、スターの登場を今か今かと待ちわびていた。
「………あれっ?」
その時、アズマがある事に気付いた。
「どうしたの?」
「スカーレットさん、これ………」
アズマが見せてきたのは、手に巻いたDフォン。
Dフォンには、その場の急な魔力の上昇が起きた際に警告メッセージが出る仕組みがある。
これは、Dフォンに限らず
「………マジ?」
それが。
本来は表示されるハズのないメッセージが、ピロンと表示されていた………。
………………
同じ頃。
稲荷競馬場に繋がる稲荷市の大通り。
ここも、屋台が出たり飾り付けがされたりと、覇王賞のお祝いが成されている。
本来ならこのお祭りムードを楽しめるのだが、それさえ許さない空気の読めない連中がいた。
「焼き鳥食べてる場合じゃないYO!」
「焼き肉食ってる場合じゃないYO!」
「ラーメン食べてる場合じゃないYO!」
グリーンガードである。
グレンダ・タンバリンを先頭に、この奇妙なシュプレヒコールと、
殺される動物のグロテスクな死体の貼られたプラカードや、「動物は人間のごはんじゃない」等のメッセージが書かれた横断幕を持って、大通りを練り歩いている。
屋台は、連中のシュプレヒコールでも語られる焼き肉やラーメンといった肉を使う料理が多く、彼等のやっている事は営業妨害と変わらない。
それに、これでは折角のお祭りムードが台無しである。
けれども、街の人々はグリーンガードを批判する気にはなれなかった。
目に見えて面倒な連中だというのもあるが、理由はもう一つ。
「おい、なんだよアレ………」
「ただの飾り………じゃ、ないよな」
悪趣味なプラカードと混ざって、グリーンガードのデモ行進の中心にある物。
祭りの神輿のように担がれた台の上にあるそれは、焼けただれた人間の頭のようなモニュメント。
小学生の工作のようなクオリティや紙のような質感から、明らかに作り物だと解るが、ただのハリボテと呼ぶには禍々しい雰囲気というか、オーラを放っている。
豚や牛や鶏、それに馬ならまだ解らなくもないが、人間の焼け爛れた生首を担いでいるのは、悪趣味以外の意味が無い。
そんな、違う意味でヤバい雰囲気を前に、誰も声を挙げられずにいた。
「止まれ!止まれーッ!」
しかし、そんな彼等を見過ごさない人達がいた。
市民に変わってグリーンガードの前に立ち塞がったのは、通報を受けて駆けつけた、稲荷市市警の警察官達だ。
ピピピピーッ!と笛を鳴らし、グリーンガードの悪趣味な
「邪魔をするのか!我々は罪もない動物達の為の行動をしているのに、よくもそんな事を!」
「動物は関係ない、あんたらデモの許可取ってないだろ」
彼等が駆けつけたのは、許可無しにデモ活動を行っていたグリーンガードを取り締まる為だが、その他にもう一つ。
「それに、あの悪趣味なハリボテ」
警察官の一人が、件のハリボテを指差した。
それを見て、グリーンガードを構成員達は、ピクリと反応する。
「あれから、魔力が探知された、ここら一帯を軽いダンジョン並みの濃度にする程のだ」
通報の内容には、悪趣味な内容の騒乱の他に、魔力が探知されたというものも含まれていた。
あのハリボテからだ。
通常、強力な魔力を放つ物を許可無しに公共の場に出す事は「ダンジョン遺物保管法」に引っかかる、立派な犯罪である。
周囲を、ちょっとしたダンジョンのような状態にするなら、尚更だ。
「現行犯逮捕だ、お前達まとめて来てもらうぞ」
いくらデモの内容が立派でも、法律に違反している彼等は立派な犯罪者だ。
ようやく、このバカ騒ぎからも解放されると、街の人々も安心した、その時。
「………よくも………」
「ん?」
「………よくもそんな事を!!!!!!!」
クワッッッッッ!!!!と、グレンダが吠えて、右手を大きく掲げる。
それは「やれ」という合図。
瞬間、神輿を担いでいたグリーンガードのメンバーが、ハリボテに手を翳した。
そこから流し込まれる魔力。
ハリボテの両目が、怪しく光った。
「う、うわああ?!」
「や、焼き鳥がぁぁ!?」
「チャーシューがああ!?」
広がる悲鳴。
警官隊が見たのは、
「な、何の悪夢だこれは………!?」
立ち上がり迫る「ヒトガタ」を前に、警官の一人は不謹慎ながらも、つい最近動画サイトの実況配信で見たある名タイトルのレトロゲームを思い出していた。
あれもたしか、死肉が立ち上がって警官に襲いかかる内容だったから。
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