第1話

大画面に写し出されたのは、昨年に行われた一大レース「勝烈賞かつれつしょう」の映像だ。

この後、ファイバーウイングは足を骨折し、引退。

注目は「三冠馬を壊した」と有名になった、シックザールに集まっている。



「これが日本の競馬………すごいわね」

「僕も初めて見ました………」



モニターの前で、売店で買った焼きそばをお昼ご飯として食べている、アズマとスカーレット。



ここは、あけぼの市を出たはみだしテイカーズが、旅の途中で立ち寄った、「稲荷市いなりし」と呼ばれる大きな都市。

そしてここは「稲荷いなりレース場」。


ここで行われるレースは、人間のそれではない。


この、芝のターフを駆け抜けるのは、サラブレッド………先程スカーレットとアズマが息を飲んで見守った、ファイバーウイングやシックザールに代表される競走馬達のレース。

つまる所の「競馬」である。



………さて、何故はみだしテイカーズが、ダンジョンのない稲荷市に姿を現したのか?


端的に言ってしまえば「お金がほしい」からである。



前回も話したが、ダンジョン攻略やモンスターの討伐で得た魔力は、ダンジョンの受け付けで換金できる。

これが、テイカーのメインの収入源だ。


しかし、日本では魔力の換金の際に、多額の税金がかけられてしまうのだ。


魔力換金に税金をかける事自体は珍しくない。

それでも、せいぜい5%~10%。

日本の場合は魔力の30%が持っていかれてしまう。

かなりの痛手だ。

しかも、あまりに多いと財務省だとか、その辺の役人が飛んできて、場合によっては罰金なり逮捕なりもあり得るらしい。


ので、スカーレット達はみだしテイカーズは、得た魔力を一気に換金はしない。

少しずつ少しずつ換金する事で、税金によるダメージを押さえているのだ。



しかし、テイカー………戦闘による消耗や怪我に悩まされ、アスリート並みに激しい代謝を支える為に多くの食事を必要とする彼等は、何かとお金がかかる。

ましてや二人組、しかも片方が育ち盛りの中学生なら、なおさらだ。


そんな状況で、少しずつ換金していたのでは間に合わない。

かといって一気に換金すれば税金でごっそり削られるし、役人も来る。

動画の収入に頼るにも、あれはその月の月末に銀行口座に振り込まれるシステムなので、月末まで待たなければならない。


八方塞がりの状況に対して、スカーレットが取った手段。

それが、競馬。

そう………ギャンブルである。



基本的には、日本ではギャンブルは違法とされている。

そうでなくとも、そうした「ズル」は世間から白眼視される。


そんな中、競馬は貴重な国営ギャンブル。

つまりは、公式に法律で許されたギャンブルとして、長らく存在し続けている。

………まあ、それでも白眼視される事には変わりないし、国営といっても色々グレーゾーンな所もあるのだが。



「ふっふっふ!一攫千金よ!一攫千金!アメリカンドリームってやつよ!」

「スカーレットさん、ここ日本です」



が、そうした「世間の目」を気にしないスカーレットからすれば、いくら白い目で見られようが知った事ではない。

心置きなく、競馬とギャンブルを楽しめるという訳だ。



「………あの、スカーレットさん、ギャンブルですからね?」

「わーってるわよぉ」

「外れる時もありますから、あまり賭けすぎないで下さいよ?」

「わーってる、わーってる」



稲荷レース場で買った、競馬情報の載ったスポーツ新聞を広げるスカーレットを前に、不安げに訪ねるアズマ。

スカーレットは大丈夫と言っているが、不安は拭えない。


まあ、スカーレットがテイカーとして優れており、こういう時の引き際や自重の仕方を知っているというのは、アズマも承知の上であるが。



「今年の勝烈賞は波乱になりそうだな………」

「誰に賭けりゃいいんだ………まったく」

「まあこの三頭が穴なのは解るけどよ………」

「意外とこいつも勝つかもよ」



周りを見てみれば、スカーレットのようにスポーツ新聞を広げて唸っている人達が何人か。

彼等もまた、スカーレットのように一攫千金を狙っているのだ。


そう、スカーレットが賭けるレース。

二日後に始まるレース「覇王賞はおうしょう」は、ただのレースではない。



レースはいくつもあるが、この覇王賞は、今画面の中で展開している勝烈賞。

そして競走馬は一生の内一度しか出られないという「ジャパンダービー」と合わせて重賞として知られる日本の三大レース。

これらを、全て勝利1位で制した競走馬は「三冠馬」と呼ばれ、称えられる。


そして、今画面の中でその勇姿を見せているシックザールは、勝烈賞に加えてジャパンダービーも既に取っている。

そして今回………三冠の最後の一手をかけようとしているのだ。


それだけでなく、同じように三冠を狙う馬は多い。


中でも、シックザールに続く有力候補とされているのが二頭。

今年の勝烈賞に勝った、ファイバーウイングの弟でもある「ニチリンソーマ」。

地方から出て来て、信じられないスピードて実力を伸ばしている「ミドリスクライオー」。


この三頭が、今年の台風の目。

レースをかき回す、三大戦騎だ。


そんなレースだから、当然お金も多く動く。

一攫千金を狙うギャンブラーから見ても、これを狙わない手はない。



「だ、れ、に、す、る、べ、き、か………」



スポーツ新聞とにらめっこをしているスカーレットに、ギラついた大人の汚い部分を垣間見て、深くため息をつくアズマ。

その時。



『愚かな日本人は動物を賭け事の対象にしている!!よくもそんな事を!!』

「うわっ?!」



拡声器越しの大声が聞こえてきて、アズマと、スカーレットを含めたギャンブラー達は一斉に飛び上がる。


見れば、そこには血のような真っ赤なシャツを着た一団。

各々「動物を解放しろ」「国営ギャンブルは中止しろ」と書かれたプラカードを持っている。

その中心には、おそらく声の主なのだろう、拡声器を持った西洋人の少女。



「うわぁ、グレンダだ………」



その、お世辞にも美人とは言えないパンのような顔を、正義感と怒りで歪みに歪ませた少女を見て、スカーレットもまた顔をしかめる。



「グレンダって………あの?」

「そう、そのグレンダよ」



スカーレットが呆れ、アズマが驚くのも無理はない。

あの一団を率いている少女「グレンダ・タンバリン」は、その筋では有名な人物だ。

………悪い意味で。


彼女は資産家の娘であるが、古来より金と暇のある人間ほど極端な思想に染まりやすいもので、過激な自然保護を訴える過激な菜食主義者になってしまった。


それで学校にも行かず、自然保護の為のデモ活動という名の迷惑行為に明け暮れている。

口癖は「よくもそんな事を!」。


呼ばれてもいないのに、ヨットで国際的なテイカーの会議に乗り込んできて

「テイカーはモンスターを虐殺して金を儲けている!」

「モンスターだって生きているのに、大人達は魔法による社会維持しか考えない!よくもそんな事を!!」

抗議しわめきちらしたのは、あまりに有名だ。


スカーレットも、その時に彼女に「露出狂同然の格好で戦うなんて、よくもそんな事を!!」「女性の品位を下げるビッチめ!売春宿に帰れ!」と罵倒された事から、悪い意味で記憶に残っている。



「動物を守れ!!」

「動物をギャンブルに使うな!!」

「今すぐ馬達を解放しろ!!」



そんなグレンダを誰も注意しないのは、ひとえに彼女を支持している客寄せパンダとして祭り上げている自然保護団体「グリーンガード」が怖いからだ。


自然保護という大義名分の名の元に、肉料理店や屠畜場を襲撃する、牧場の家畜を逃がすといった犯罪行為を何の躊躇もなく行う。

一部の国ではテロリスト扱いされているが、日本では政治家が興味を持たない為に、野放しが現状。


そして、日本競馬の一大イベントであるこの覇王賞は、運悪くそんな環境保護団体テロリストに目をつけられてしまったのだ。



「………逃げた方がよくないですか?スカーレットさん」

「言われなくてもスタコラサッサよ、行きましょうアズマ君」



そんな連中を前に、競馬の予想なんてやっていたら、何をされるか解らない。

ましてや、一度グレンダに睨まれているスカーレットだ。


他の人達も逃げていた為、スカーレットとアズマもグリーンガードから身を隠すように、その場を後にするのであった。

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