汝は預言者なりや?⑪
ヒミコが熱を込めて言った。
「いい? この夏が勝負だよ! だって、一日中時間が割けるのは夏休みだけだもん。秋になって学校が始まったら、チャンネルに動画投稿するのも大変になっちゃう。だからせめてこの夏は真剣にやろう!」
この夏休みは福音少女としての動画活動に専念する大事な時期にする。羽海はヒミコと誓い合った。もちろん夏休みの宿題をやらなくていいという意味ではない。本業に気が進まない罪悪感を埋めるように羽海は、暇さえあれば学校の宿題にとりかかった。漢字帳の書き取りは既に終わってしまった。読書感想文も『ヨブ記』で無難にまとめた。このまま7月中にすべて宿題が終わってしまうペースだった。でも肝心の福音少女のこととなると慣れないことばかりで、エフェメラへのポストは相変わらず堅い文面しか思い浮かばないし、何より預言は降るのをただ待っているほかないのだ。
羽海が面壁九年預言を待っているあいだヒミコは八面六臂で、さまざまなネタで動画編集して華々しい成果をあげていた。ずっと忙しそうに素材やエピソードを探し回って。最近はロケにも行きたいようだ。
なるほど、羽海にだってつくればやることはある。たとえば聖書を全部読むとか。でも、それはぜったいに他の福音少女だってやっていない。
それより羽海は精神を安定させること――マインドフルネスに興味があった。羽海の購入したエックハルト・トールの解説書(ジョカ著)によれば、
一ヶ月も預言が降りてこないと、すなわち動画投稿の間隔が一ヶ月も空けば、この忙しないネット社会でたちまち没却されてしまう。実際はヒミコがうまくやってくれて、過去の総集編やでつないでくれるだろうけど、理想は毎日のように預言がおりてくること。
かくてひたすら家の掃除をしたり、グルテン断ち料理を食べたり、猫のことを考えながら座禅をしてみたり、すべての雑念を消そうと試みた。
しかしやはりレイカのことが気がかりだった。「結果がついてくればわかってくれる」とヒミコは口癖のように言う。つまり、これから次々と預言が的中すればわかってくれると。でも、ルナを巡る問題では事情が違う。預言が的中してルナが死んだということは、少なくとも羽海が預言を撤回しなかったということであり、それで崇拝する対象を失ったレイカはひどく落ち込むだろう――だからといって預言を撤回するのは福音少女になる道を諦める羽目になる。結局、むずかしい――
米
「『テレビスターの小笠 航さん、享年82歳。肺がん。来年の3月6日、19時43分ごろ……」
口述を書き取るヒミコの手が困ったようにとまった。
「うーん……。そういうリアルなの、アップできなくなっちゃうんだよね。ほら、お年寄りってナイーブだし、年金ももらってるし? だから『テレビ俳優のOさん』ってぼかしてもいいかな? それに3月6日も『3月!』って」
「え? そういうもの?」
「生きてるひとだもん」
「『3月!』と3月6日って、おなじなの?」
「いや、数学の階乗じゃないから……羽海ちゃん」
「いいよ、任せる。でも、エフェメラの方には書くから」
羽海は意地になって言ったが、その一幕があって、あらためてじぶんの”預言リスト”に「ルナ・ミルレフワーネスの命日」を記載しているのは失礼なことなのだと痛感した。羽海としてはただ「事実」を連ねているに過ぎないのだが、レイカがひどく怒るのも、無理はない……。
「因果な商売よね」
羽海は
「?」
「悪い内容を預言するよね、そうすると、嫌がられて」
厭われる、と。
その点、同業のミラクル・マリアは悪い内容の預言をほとんど行わないスタイルで知られる。中立的で、どちらかといえば当たってもな
さて、ヒミコは以下のような私見を述べた。
「羽海ちゃんは悪くないよ。預言するからこそ、避けられるようにみんなが努力するでしょ? そうすると、悪いことは的中しなくなるかも」
「それって、タイムパラドクスなの?」
「うーん。”預言の自己破壊”っていうんだって。ママがいってた。みんなが信じると、預言なんか叶わなくなるって」
とヒミコに言われて羽海は鱗が落ちたような気分だった。
「理屈としては、そうかも」
「みんなが信じると、預言なんて叶わなくなる。誰も信じないと、ただのカサンドラ症候群になっちゃう。そこが難しいね」
ヒミコは総括した。もしやすると、ヒミコが『テレビ俳優のOさん』とぼかしたほうがいいと進言したのは、通報を避けるためのほかにも、本名のままで投稿し、それを本人がみてしまったら、信じてしまったら、それで肺がんに気をつけるようになったら、タバコを吸わなくなったりして、健康を気にかけたりして、死亡の日時がずれこむかもしれない。そうすると預言がはずれたことになって、落ち込んだり、イメージダウンにつながってしまうという心配もあるのだろうか?
預言の一部をぼかすというアドバイスにこのような深い配慮を知って、羽海はヒミコのことをますます頼もしく思った。
「なんかね、あらためて考えてみると」
「?」
「はずれたほうがいいのかもしれないね。私の預言って」
しょっちゅう預言がはずれて炎上しているストロベリー・マーセは、同時に世界で最も信じられている福音少女でもある。今まで特に考えてもみなかった、このふたつの事柄に不思議な関連性を感じてきた羽海だった。
汝は預言者なりや? 福音少女たちが世界を巻き込んで預言バトルを繰り広げる黙示録 もーち @efkefk2
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