汝は預言者なりや?⑩

                      米


 デザートを食べてから、羽海はSNSにアップするスナップショットを吟味する。送るに善いものが多すぎて、大いに迷った。

もちろん投稿するのは10万人以上のユーザーからチェックされている預言者アリスのアカウントで、よけい緊張に拍車をかけた。


『みなさん、わたしはいわゆるカトリック・クリスチャンではありませんが、これからもできるだけより多くの宗派の方々と交流を深め、お互いを理解できるよう、精一杯努めて参ります』


「なんだか、政治家みたいだね羽海ちゃん」


かたわらで観たヒミコがおかしそうに指摘する。


「……ヒミコが考えてよ、私まじめすぎてムリだ。いままで評判がいいポストだって全部ヒミコのアイデアだし……」


「いいじゃん政治家で、羽海ちゃんは大将なんだから♪」


ヒミコはそう肯定してくれるが、福音少女が若者向けの人気商売である以上、求められるイメージは親しみやすいリーダーだった。ところが逆に砕けすぎても「不謹慎」と炎上してしまうことは知っているので、おのずと羽海は文章が硬わばってしまうのだ。


「私、もう自分の言葉でつぶやくのだ。全部ヒミコがやって」


羽海は外注した。


「じゃあこうしない? 『きょうはクリスチャンカフェにお邪魔しました! カフェテリアには、クリスチャンがいっぱい! 宗派はあっても、みんなひとつ!』」


「……で、なんでその文面でケーキの画像を載せるわけ? それならこっちの集合写真…」


「肖像権に配慮! あとお店のメニューをアップして宣伝するとPRになるから、シェラハさんからお礼がもらえるよ」


ヒミコが奥に目くばせすると、カウンターでグラスを磨いていたシェラハがにこやかに満足そうにした。


「PRならせめて、ケーキの味について説明を……」


「ケーキが食べたいだけならこんな立地の悪い店まで来ないよ~。ね、雰囲気がいいってアピールできたらいいの!」


そう事実を指摘されて、なんだか悔しくなった羽海である。実際、ヒミコはなかなかのSNS巧者だった。羽海だって主たる福音少女たちの発信はつねにチェックしており、そっくりそのままマネすれば形になりそうなものを、心のどこかでセーブが掛かって素直にかわいいポストが連発できない。しかし彼女たちだって優秀なスタッフが代理投稿しているポストもあるに違いないのだ(いっぽうストロベリー・マーセのFaithbookはしょっちゅう炎上しているため、あれはすべて本人がやっているという噂があった)。

羽海はやや表情を暗くして言った。


「私って本当にダメだね。私を信じてくれている人たちだって、まさか別の誰かがメッセージを送ってるなんて思ってないよね……」


「そーかな?」


「騙してるみたいに感じる……」


羽海がそう零すと、ヒミコはシリアスなトーンになって


「大丈夫だよ。このアカウントは羽海ちゃんじゃなくて、アリス・ミステリアって預言者のものでしょ? それなら羽海ちゃんひとりじゃなくて、あたしも一緒にやってるというか、つまり架空のキャラひとりに対して、二人が交替で具現化しようとしてるみたいな? うん、ふたりでひとり。『羽海ちゃん』のアカウントで別の誰かに書いてもらったら確かにずるだけど、『アリス』は最初からそういうスタイルだもん」


説破せっぱした。羽海はたしかにその通りだと感じる節もあった。


「そうかも、それなら良いかもしれない。アリスは私だけじゃなく、わたしたちの活動だから……」


こうしてアリスは共同名義のようなものという結論になった。アリスは等身大の羽海ではなく、福音少女の理想を体現するようなキャラクターである。少なくともヒミコが「アリス」をやってくれるなら、頼もしいことこの上ないと羽海は思った。


                    米


 時刻も一時を回って、クリスチャン・カフェの店内は閑散とした。この隙にカウンターに移動して、羽海はシスターシェラハとコーヒーを中心に相対する。羽海には相談したいことがあった。それは親友レイカのことである。はじめから今日は、その目的のためにここがセッティングされていたようなものだった。

 ためらいに駆られて、羽海はなんとなくあたりを見回した。カウンターの隅に「★クリスチャンのあなたに100の質問★」という昔風の記入式アンケート用紙が積み重ねられており、その形式はどう見ても'ハイデルベルク信仰問答'のパロディだった。羽海は中身まではよく見ていない。

ヒミコはカウンターにおらず、テーブル席にいるアーミッシュの女子高生とはすぐ打ち解けて何やら話し込んでいる。

羽海は始終ためらったが、シェラハも忙しいということは知っていたので、ついに焦るように切り出した。


「相談したいのは、えっとつまり、友人のことなんです。今日、本当はここに一緒に来る予定でした…仲直りして」


「でも友人は……来ませんでした。返信がなかったんです。いまでは私たち、完全に別々です。でも、だからといって素直に謝るなんてできない。100パーセント譲歩なんて出来ないです。だって、私も彼女からひどいことをされたし、なにより彼女が怒った部分を私はなおすことができないんです。つまり、彼女の愛する人が死ぬという言葉を……」


「深い事情がありそうね」


「そうなんです!」


羽海は力を込めて言う。そしてこれまでに起きた出来事を、不思議な出来事も含めて――すべて話した。シェラハは、少し驚いた節も見せた。


「そうね。まず、いますぐクリスチャンになる必要は無いのじゃないかしら。その福音少女?とやらに将来なるとしても。」


「そうでしょうか?」


「だって、あなたはまだ子供でしょう? 自分の意思でクリスチャンになりたいと思うのは、とてもよいことよ。でも、それには大人の意思、おとなになったあなたの判断が必要なの。18歳になるまで待ってあげてね」


シェラハはやさしく、けれどしっかりとした調子で微笑んだ。


「それと、仲直りのことね?」


「はい!」


「すぐ仲直りしてみて。きっとできるから」


「できますか?」


「聖書からではないけれど、こんな言葉があるわ。『アプリヤースァ・トゥ・パティヤースヤ・バクタ・スポルタ・ナ・ヴィドゥヤーテ』」


「どういう意味ですか?」


「魔法の言葉よ。きっと、信じて。あなたたちはすぐ仲直りできるから。ふたりで来るの、待ってるわ」


自信ありげに、シェラハは微笑みをちらつかせるのだった。


「はい……」


羽海も釣られてぎこちない微笑みを浮かべている頃、シェラハが発言した。


「それにしてもその福音少女って、興味深いわね」


「え? え、はい」


「いったいどういう風な仕組みなのかしら」


といってシェラハは腕組みをする。


「あのシェラハさんは福音少女のこと、全然ご存じないんですか?」


羽海は尋ねた。意外そうに、というニュアンスをどうにも包み隠すことなく。


「ごめん。世間のことには疎いの。きっと本ばかり読んでいるせいね」


と、そういってシェラハは照れ隠しのようなウインクをした。


「えー……でも、回勅があったような……」


いまの福音少女の位階制度が確立したのが、第一世代の登場から約1年後、それは当時の教皇によって出された画期的な回勅によるものと羽海は自習している。現在はそこから更に一年ほどが経過している。


「本部から回ってきてないから、しらない」


シェラハは無邪気に存在を否定した。


「そうなんですか? カトリックって、ローマ教皇の言ってることを結構気にするものと思ってました」


「厳密に言えば、私たちはカトリックではないのよ」


シェラハがびっくりするようなことを応じた。何のこともなしに。ので羽海は驚きつつ


「え、でもシェラハさんって、胸にC†Cのバッジをつけてるじゃありませんか? ”カトリック・クリスチャン”では?」


バッジのルールにおいてはそのはずだった。シェラハは次のように答えた。


「いいえ。本部は、”カフェテリア・クリスチャン教会”というのよ。カフェテリアを経営するために存在するのね」


「へー」


「あなたも会員になって、しかるのちバイトしてみない?」


宗派勧誘の気がしなくもないが、シェラハからのかようのオファーを羽海はありがたくも断らせて貰った。バイトへ通うには立地が遠かったためである。しかし羽海がカフェのために全然働かなかったかといえばじつはそうではない。その証拠に、翌日から比較にならないほど大勢の太客が羽海の宣伝効果で押し寄せた。シェラハは売上ノルマが達成できて喜び、羽海がリピーターとして再訪してくる日をニコニコしながら待ち望んでいた。



(第五話、おわり)




4条

(真実の称号)

1その公生涯において預言者としてのあきらかな功績が認められ、真の預言者と称するに相応しき者に対して、真実認定機関はその預言者としての活動終了後、真実の称号を追贈(Canonization)することができる。

2真実の称号は取り消すことができない。


38条

(善意の預言者の教導権)

善意の預言者は神から特別な力を与えられるがゆえに、預言によって不特定の大衆を霊的に導くことを使命とし、すべての預言者は崇高なる意志によってこの救済に義しく臨まなければならない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る