汝は預言者なりや?⑧

                    米


 あれから羽海の生活は大きく変わった。それまで身内だけのエコーチェンバーだった羽海のエフェメラにはいきなり500000人の信者フォロワーが押しかけた。世界的に有名とは言えないまでも、かけだしの福音少女としてまずまずの規模スケールだった。あとは「オムニテル」(通称:TEL)にチャンネルさえあれば、いよいよ真打にも近づける。

 これによってクラスメイトたち、あれほど羽海のことを軽蔑し口撃していたクラスメイトたちは、すっかり羽海にひれ伏してしまった。いまでは学校へ行けばこんな調子である。


「羽海さん、どうやってその力を手に入れたの!?」

「あたし、来週の原宿には絶対行かないようにする!!! だってジョーカーの無差別テロが起きるもん!!」

「神様が話しかけてきたの? どんな風だった? 何センチ!?」

「ワタシたち、これから羽海さんのこと全力で応援するからね!!!」


熱狂的な歓迎、敬虔な眼差し。絶えずサインを求められ、惜しみ無い讃歌を送られる。それこそは羽海がまさしく求めていたもの……ではない。


(あなたたち、この間まで私に何をしたか忘れたの? それとも教会にでも行って懺悔して、優しい神父さんにすべてを許してもらったりでもしたわけ? 私はただ……)


一言でも謝って欲しかった。教会になんか行かなくていい、普段遣いのハンカチを一万円で買ってくれなくてもいい、サインのおねだりもいらない、尊敬もいらない。自分のことを超常の少女として見るのではなく、ただのひとりのクラスメイトのように扱って欲しい。かつてあなたが爪弾きにして傷つけた、ひとりの人間として――しかしその思いは届かなかった。絶対に。押しよせる賛辞への当惑は、やがて懐疑に変わり、はては幻滅へと変わる。ジョイス風に言うなら――'Does Nobody Understand?'

 考えた末、羽海は熱狂するクラスメイトたちからは距離を置くことにした。折しも学校は夏休みの直前で、自然と会う機会を減らすことができるのはありがたかった。あとはエテログラムをブロックで遮断するだけでいい。しかし、レイカは……レイカとはよく話し合いたいと羽海は思った。それはレイカが父親の犯罪歴を暴露した(と羽海は疑っている)からではなくて、レイカとは長い付き合いだったからだ。このまま終わってしまうのは嫌だった。


「レイカがさあ、あなたの家族が犯罪者だって噂を流したんだよ?」

「そんな訳ないのにねー」

「ひどーい」


(ひどくないし。それ本当。悪いのは私の身内ですし)


「だいたい、あいつが最初に羽海に突っかかってきたんだよね」

「そうそう」


(んなわけないでしょ。どういう記憶してるの?)


聞くに耐えない陰口を聞き流しながら、羽海ははらわたが煮えくり返るような想いでいた。頬が紅潮していくのを感じる。教室の隅にいるレイカをちらりと見た。机に顔を突っ伏して仮眠を取っていて、何を考えているのかは窺えない。あの事件以降、不幸なことに、ふたりは一言も口を利いていなかった。

居ても立っても居られなくなり、羽海はその場でレイカにトークを送った。


*いままで返信なくてごめん。終業式のあと、いい? いろいろなことを話し合いたいの*


              米


「で、レイカさんは来なかったんだ?」


待ち合わせ場所のバス停を降りると、照りつける太陽がすべての上に降り注ぐ、炎熱の屋外へと投げ出された。夏休み初日。羽海はヒミコと一緒に遊ぶ約束をしていた。しかしその隣、思い描いていたレイカの姿はない。やるせなく、彼女は嘆息した。


「うん。返信も来ないし、ブロックされてるのかも。こんなことなら夏休みが始まる前に、ふたりきりになれる機会をみて会っておけばよかった……。ごめん、それはひとまず忘れて、今日は楽しもう?」


「そだね」


その実、これから行くところを羽海は知らない。今日のことはすべてヒミコの腹案で、なんでも『羽海にぴったりの場所』へ行くらしいのだが……そう聞くと日本ホーリズム教会の本部に無理やり連れて行かれて強引に入信させられる未来しか見えない。


「そんな訳ないからねっ!?」


ヒミコは勢いよくかぶりを振った。


「冗談。はやく行こうよ。ここ暑いし」


「43℃だもんね、今日の最高気温」


それからもなんやかやと談笑しながら、ふたりはタクシーに乗り目的地まで移動した。タクシーは繁華街の裏路地、その一角にぽつねんとある建物の前に停車する。所要時間にしておよそ10分ほど。羽海は一階に入っている店の看板を、不思議そうに読み上げた。


「クリスチャン・カフェ……?」


「そ。クリスチャン・カフェ、『聖なるかなホーリー』だよ!」


――クリスチャン・カフェ(テリア)とは、さまざまな教派のクリスチャンやキリスト教文化に興味のある一般の人々が集まって、みなで自由に宗教を語り合う場として、日本のカトリック系教会がチェーン展開している飲食店である。近未来ではそれほど珍しいものではないのだが、逆にそこまで有名というわけでもない。羽海がびっくりしたのも、世俗の金銭に執着しないイメージのあるカトリック教会が、フランチャイズ飲食店を経営するなんて意外だと思ったからに他ならない。

ヒミコは語った。


「羽海ちゃん、この前から『わたしもマーセみたいにカトリックに改宗したほうが良いのかな』ってずっと思い悩んでたでしょ? でも、いきなり教会に行くなんていくらなんでも敷居が高いよね。そ・こ・で、クリスチャン喫茶なの! 私も何回か来たことあるけど、店内とかリアル教会風ですごいんだよ! 本物のシスターさんもいて――」


「ヒミコ」


「ん?」


「ありがとう。すごく好き。はやく入りたい」


「うん!」


「いっぱい写真取らなきゃ」


「エフェメラ映え? それなら『薔薇の雨』ってパフェがおすすめ、めちゃくちゃ綺麗で――!」


こうしてふたりは"クリスチャン・カフェテリア"の店舗へと吸い込まれていった。


(第4話、おわり)




13条

(預言者の種類)

1神託を受託し、みずからの預言がいつ降来するかに関して不知である者は善意の預言者である。

2みずからの意思に基づいて預言し、みずからの預言と預言する事象の因果関係が逆であることを知っている者は背信的悪意の預言者である。

3無能力であり、みずからの預言と預言する事象の因果関係が無であることを知っている者は悪意の預言者である。悪意の預言者は預言者ではない。


14条

(預言者の種類2)

神から預言を授かった真正なる預言者は善意の預言者のみであり、みずからの意思に基づいて預言を成就する背信的悪意の預言者は悪魔のわざである。


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