汝は預言者なりや?⑦


ありす@(Alice)チャンネル開設準備中!/AliceLittlePleasance

【預言】7/27 13:00~14:00時。原宿駅前で路上殺傷事件発生。犯人は60代の引きこもり男性。



ありす@(Alice)チャンネル開設準備中!/AliceLittlePleasance

【預言】12/30 現地時刻17:46頃 ニューヨークのグリニッジ・ストリートで銃撃戦発生。 警察官含む7人死亡。犯人は白人インセル男性23才。



 近未来。世界各国で発生した少女たちの覚醒現象。ひとたび預言者としてめざめた少女は、以後繰り返し未来についての見識を得る。それが預言と呼ばれる奇跡である。預言の内容は、世界を揺るがす大事件から村のローカルニュースにいたるまで様々であり、実現時期も長いものでは10年後、短いものでは数時間後と多岐にわたる。人口に膾炙かいしゃする事実として、福音少女はみずからの意志で預言を決めているわけではない、天から下された神がかり的な預言体験ヌミノーゼに従っている。

 預言体験ヌミノーゼは福音少女ごとにかなりの個人差があり、視覚的イメージによって捉えるもの、夢が媒介するもの、白昼の幻視体験によって預言を獲得するもの、空中に書き留められた文字エノクが浮き上がって視えるもの、'神との対話'によってその御意みこころを直接伺うと称するものまで、まさに十人十色のファセットであり、それが彼女たちの位格を彩るひとつの個性にもなっている。


 羽海の場合は完全なる「直観型」だった。何かメッセージが見えるというより、つねに「最初から知っている」という状態で見識オーメンはやってきた。だから『黄金の玉座に座る白いあごひげを生やした威厳ある老人』(ドーキンス)と面会したかと訊かれても、「会っていない」と答えるしかない。彼の白いあごひげがあごした何センチまで伸びているのか、好奇心たっぷりの質問者に答えてやることはできなかったのだ。


「ごめんねヒミコ、あんまり力になれなくて」


「ううん。それより羽海ちゃん、はやくチャンネル開設しよ? 福音少女はみんなTELにチャンネルを持ってるんだよ」


今では羽海の大切な朋友ともであり、福音少女としての第一使徒でもあるヒミコはそう助言した(第一使徒というのは『ファン第一号』程度の意味である)。福音少女をめざすティーンで「オムニテル」にチャンネル開設していない者はいない。未来について預言したり、神について語ったり、テトリス実況配信をしたり、オムニテルは福音少女のさまざまな活動を足元から支えている。いまどきチャンネル開設していない福音少女はそれこそ羽海くらいのものである。


「うーん。でもわたし動画編集とかできないし……」


パソコン音痴だった羽海が二の足を踏んでいると


「じゃ、私がやってもいい?」


とヒミコは打診した。


「ええ? やってくれるの?」


「もちろん、羽海ちゃんのためなら何でもするよ! だって私は羽海ちゃんの――」


「はいはい。『一番の信者だから――』ね」


羽海がそう先回りすると、ヒミコは満足そうにはにかんだ(どうやら福音少女の第一使徒になれたことをよほど嬉しくまた誇りに思っているらしい)。こうして「チャンネル開設準備中」の一文をエフェメラのプロフィールに掲げた。記念すべき告知動画のために、羽海は自己紹介の音源をヒミコにわたす約束となった。だが、そんなことをするのは背中が痒くなるほどはずかしくて気が進まない。それは譬えるなら自分の専用チャンネルに「アリスの神聖な部屋」と名付けたり、みずからのプロフィール欄に「特別な力があります!」と記述するようなものだった。幸いそのどちらもヒミコがうまく選んで付けてくれた、あるいは代筆してくれたという免罪符によって、羽海は深く恥じ入るようなことはなかったが、自己紹介の音源だけはそうも行かない。


 名について。羽海は「Mysteria Alice(ミステリア・アリス)」と名乗った。『アリス』というのはヴァーチャル空間で羽海が使っていたハンドルネームである。後に彼女がアジア人ではなくイングランド国教会で両手を組んで祈っている聖女のようなイメージで語られることになった原因だが、生憎と、物心ついたときからすでに羽海のウェブ人格はアリスだったのだ。ミステリア、という部分はヒミコが適当につけた。


 いくつかの候補のうちから、最後にはチャンネル名が「Alice's Sacred Room」に決まった。

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