汝は預言者なりや?⑥
米
7月のある日。その日の羽海は朝から寝ぼけていた。いつも起床する時刻の2時間も前に起きて、そのまま二度寝した。それでもカーテンの隙間から差し込んでくる朝日が鬱陶しくて、しだいに目が覚めてしまったような朝。どこかで五尋の淵を掴んだらしい。そうやって朝起きたとき、心の中に言いようのないイメージがあった。
(伊勢崎線ってなんだっけ……?)
最初に浮かんだのはそれだった。伊勢崎線が8時59分にストップするらしい。人身事故によって。けれども羽海はこれまで人生で伊勢崎線なんて単語を口にしたこともなければ、まともに耳にしたことすらない。スマホで調べてみると、確かにそういう路線は実在するらしく、都市部への通勤に使われているらしい。羽海はもうしばらくチェックもしていなかった「エフェメラ」を開いて投稿した。
ありす@ゴミクズです/AliceLittlePleasance
【預言】7/13 伊勢崎線は8時59分の人身事故のためストップ
その頃羽海はいじめのせいでノイローゼ気味になっていて、学校にはあまり出席していなかった。母親はともかく、ヒミコは「辛いなら無理して学校なんか行かなくていいよ!」と励ましてくれていた。そのとき羽海の頭の上に失礼ながら浮かんだ考えは、(ヒミコって、私と同じようにのけ者にされてながら、毎日楽しいと感じて学校に通ってるわけ……マゾ……?)というものである。
もちろん「楽しい」と「つらくない」はまた別だが、羽海にとってはつらさしかない。今日も休もうかと布団にうずくまっていたら、エテログラムというチャットアプリに個人メッセージが送られてきた。それはかつての親友レイカからでなく、噂をすれば影のヒミコからだった。「エフェメラ」の投稿をめざとく嗅ぎ付けてきたらしい。
*預言キタ─wwwヘ√レvv~─(゚∀゚)─wwwヘ√レvv~──── !!*
(うん。キリスト様はまだあたしのことを、見捨ててなかったみたい)
ヒミコのバカげた文面に呆れつつ、羽海はだんだんと穏やかな心持ちを取り戻すことができた。預言のフルフィルする時刻はあと1時間と迫っていたが、まったく心に不安はなかった。彼女は未来においてその出来事が起こることを'信じていた'わけでなく、'知っていた'のだから。心拍数は少し上がっていたが、不安からくる怖さではない。
午前9時を回ったあたりから、新着メッセージの通知が急に何十件も増えだした。エフェメラ上にいいねやリブログ、賞賛のメッセージが次々と寄せられる。電話も1件かかってきた。そのことによって、羽海は伊勢崎線が人身事故でストップした時間であることを知った。あらためてニュースを確認するまでもない。羽海は起こった事実それ自体よりも、人々の反応のほうに興味があった。
*うみっちすごい!すごすぎ!的中じゃん!*
《FF外から失礼します。あなた本当に預言者なんですね!!自分、フォローいいですか?》
*羽海ちゃん今日学校来て!*
《ホームから突き落としたってマ?》
*ねえちょっとねえなんで無視するの、今すぐ連絡してほし(※このメッセージは省略されました)*
《すみません通りがかりのサラリーマンです。大変困っています。何時頃に運行再開するか教えて頂けないでしょうか?》
(……知るか!)
羽海は操作していたスマホを投げ捨て、ベッドに躰を伏す。
「くっ」
ベッドから呻き声が漏れた。もちろんそれはベッドが発した声ではなくて、そこに臥せっている少女から発せられた声である。それは次第に高笑いの絶唱へと変貌した。
「くくっくっくっくっ あは、あははははははっ!!」
(勝ったよ、パパ! あなたの娘はただの嘘つきなんかじゃなかったよ!)
あの日から2ヶ月も待ったが、ついに'光の父の贈りもの'はやってきた。目の前に、唐突に、福音少女としての
(第三話、おわり)
21条
(世間への認知)
預言が世間に認知されなかった場合、預言の宣言は失敗したものとみなす。
22条
(預言者の資格喪失)
10年に渡り預言を行わず、かつその間に預言の成就の無かった預言者は失権する。
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