汝は預言者なりや?⑤
羽海はおもわず肩をこわばらせた。目の前に立っている同学年の黒鳥
「ねえ、星野さん。あなたって福音少女なんでしょ? 預言を授かったんだね。それってどんな感じだった? ルナが死ぬイメージが見えたの? それとも、神様が直接話しかけてきてくれた?」
そんなヒミコが、かつて見せたこともないような朗らかな態度で羽海に対していた。今まで格下と見下してきた相手の突然の変貌に、羽海は鼻白んだ。
(……あっそ。新しくいじめのターゲットになってくれて、どうもありがとうってわけね。これからはあたしが仲良くしてあげてもいいよ、ってことね。あなたの話にもわたしは興味を持ってあげますよって
「あら? こんな馬鹿げた話、信じるんだ? だからカルトなのよ」
棘のあるニュアンスでそう言ってやると、ヒミコは二の句も継がなかった。羽海はこれで一本取ったと思えたはずに、黙り込んでいるヒミコを前にして、なぜかとんでもなくひどいことを言ってしまったという後悔の念が拭えずに、戸惑いながら小さな声で口にした。
「ごめんなさい。言い過ぎた、かも」
と。
「…………」
ヒミコはまだ何も答えない。羽海はついつい言い足していった。
「でもこれだけは言わせて。あなたと仲良くするほど、私は落ちぶれてないから。わかった?」
「……ふふっ」
ヒミコはやっと言葉を洩らした。
「なによ!? 笑う要素あった?」
取り乱して問いただす羽海を尻目に、けらけらと高らかに笑いながら
「うん。星野さんって、プライド高いんだな~って。でも、べつに星野さんと友だちになりたいなんてわけじゃないの。その……星野さんの信者になっていい?」
とヒミコは申し出た。
「はあ??」
「だって福音少女には信者がつきものでしょ? ルナラーとかストロベリー・アーミー(※ストロベリー・マーセの信奉者をこう呼ぶ)みたいに。私、星野さんの信者になりたい!」
(……ほんっとカルト。証拠もないのに、信じる? 普通)
「カルトじゃないよ~。ホーリズムっていうの。ま、お母さんが入信してるから入ってるだけだけどね」
ヒミコはさらりとそう流してから、普通に話題を続ける。
「ところで星野さんは、福音少女の中では誰が一番好き? あたしはストロベリー・マーセかなー」
「私もマーセよ。言っておくけど……」
羽海は低いトーンで威嚇した。
「あなたよりは百万倍マーセのこと好きだから」
ヒミコはそこでとうとう堪えきれないかのように派手に吹き出した。
「ちょっと! 真面目な顔しながらそんなボケやめて……お腹痛い。 ひゃはははは」
どうやら唐突に張り合ってきたことが妙にツボに入ったらしい。羽海はバカにされたと思って駁した。
「ヒミコ、ふざけてないから……私がどれだけマーセのこと好きか、知らないでしょ?」
「う、うん。ふふ、知らない……」
ストロベリー・マーセは――福音少女の中でも最高ランクの人気を誇る少女である。アメリカ合衆国に住む18歳の白人で、チャンネル登録者数は12億人を超える。性格は少し独善的でわがままなところもあるが、明るくて面白い
「どれくらい好きか、あなたに教えてあげましょうか?」
「ま、待って、教えないで、ひへえ、もう十分だから……」
ヒミコはすっかり楽しくできあがっていた。ので、少しばかり真面目な面持ちになって、本当に言いたいことを言い出すまでに何十秒もの時間を要した。
「ねえ星野さん、たとえ私とはカーストが違うと思ってても、これだけは憶えててほしいの。あの、応援してるから、あなたのこと」
「あん?」
「だって、自分に正直に生きてるでしょ? 星野さんは」
「……」
「実際どうなの? それともあれは、みんなに注目されたいがためについたただの嘘?」
羽海は全力でブンブンと首を横に振った。
「そうだよね。だったら、それはすごく勇気ある行動なの。星野さんのとった選択は。だから、いじめになんて負けないで欲しいし、もしどうしても辛くなったら……」
「………………」
「ホーリズムに入信してね♪」
「帰れ!」
羽海は一瞬だけ心動かされたのがバカみたいと恥じた。ホーリズムはプロテスタント系の新興で「全体は部分によっては理解できない」という文言を教義としている。いくら心が弱っていても、どんな事情があろうとも、羽海はそんなあやしげなモノにすがりつくほど甘くない。彼女はヒミコをその場に残したまま屋上から立ち去った。
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