汝は預言者なりや?④


11月16日、ルナ・ミルレフワーネスが死ぬ――。



                    米


 それから羽海の日常は一変した。学校で喋りかけてくれる者はいないし、自分から喋りかけるのはさらによくない。明日の小テストのことは誰も教えてくれないし、雨が降ったら傘を隠されるし、授業中には羽海が発言するとくすくすと笑いが起る、おまけに教師は困惑して調子っぱずれなフォローを加える始末。もしもここがキリスト教の学校で女生徒がみな「マリア様がみてる」に出てくる登場人物のようだったなら、羽海がこんなことを原因にいじめられることもなかっただろう。しかし残念ながらそうはいかない、羽海はノンクリスチャンであるばかりにごくごく普通の公立学校へと通っていたからである。


 そのうち事態はさらに悪くなった。羽海の隠していたある”秘密”が学校中に広まったのだ。それは幼馴染で地元が同じだったレイカくらいしか知らない、あるまわしい過去だった。


*ねえ、アイツの父親って犯罪者らしいよ*

*刑務所にいるんだって*

*えッ!? 母子家庭って、お父さんが捕まっちゃったからってこと?*

*何して捕まったの? ゴートウ? ゴーカン?*

**直接本人に聞いてみれば>Y.K*


トークルームを媒体にして広まる根も葉もない噂は真実だった。羽海には最愛の父親がいたが、羽海がまだ小学生の頃に起こった過ちによって収監されていた。自らの勤めていた会社の経営者を殺害し、懲役刑を言い渡されたのだ(このとき母の離婚によって、戸籍上の親子関係は消滅した)。羽海はそれから暫く遠い別の小学校へ通わせられていたところ、昨年の春から、自宅からも通える都内の中学校へ入学することになった。

 幼馴染のレイカとはそのとき偶然再会を果たした。みずからの父が人を殺してしまったという原罪意識から、はじめは旧い知り合いを避けがちであった羽海に対して、わけ隔てなく接してくれたのがレイカだった。ふたりはともに一番の親友になった。よく意を通じ合い、都合の悪い秘密は、あの事件のことはいつまでも秘密にしておくと約束したはずだったが……。

 とはいえ事件は公然と記録されているだけに、どこから漏洩したかなど問題にならないことを羽海は痛感している。ただ「レイカだったら嫌だな」というだけで。


(あたしの幸せな中学校生活、短かったな……)


屋上へと続く人気のない階段の踊り場で、羽海は深い溜息アベルをひとつ、目から洪水マッブルのように零れ落ちそうな涙を湛えて、打ちのめされたように座り込んでいた。


「でも、私は……福音少女だもん」


わざとらしくそうそらんじて、そら寒いうそみたいに風に消えゆくその言葉を眺める。


(バカなあたし。犯罪者の娘がキリストの奇跡を授かるなんて、あるわけないじゃない。普通の人間が預言者になれるなんて、あるはずないじゃない)


半ば自棄ヤケになりながらも彼女は、自分が預言者であるという確信だけは棄てることができなかった(それは魂のものだから)。最後まで棄教するものかと思った。少なくとも11月16日という審判の日がやってくるまでは、ファラオのように心をかたくなにして、決して負けを認めるものかと誓った。


(もしこれで預言がはずれて、約束の日にルナが死ななかったりしたら、人生終わりだよね……)


それでも構わないと羽海は覚悟した。聖書風に言えば、『口を縫い閉じて愚者の楽園に入るくらいなら、信じる言葉を吐いて預言者のまま地獄へ堕ちたほうがよい』だろう。幸運さいわいなことに、地獄には彼女の尊敬する往年のロック・スターだって待っている(みずからの頭を拳銃で撃ち抜いたのだから、きっと居るはずだ)。


「あなたを信じてもいいの?」


そのとき、とつぜん後ろから声がかけられた。ふりさけみると立っていたのは、羽海と同じ色の制服のスカーフを巻いた少女――同級生の黒鳥くろとり 氷見子ひみこである。


(第二話、おわり)



15条

(預言の定義)

預言とは、世界についての言明のうち、確率において0より大きく1より小さい値をとる確率事象の有限個の羅列を指す。ただし、条件や選言を用いてはならない。


18条

(預言の無効)

宣言時を基準として必ず起こることや、絶対に起こらないこと、既に起こった出来事に対する預言は不成立となる。

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