汝は預言者なりや?②


                    米


「あんた、そんなとこで寝とんの? 行儀る」


帰ってきた母親が声を掛けた。羽海の家は母子家庭で母親はいつも夜遅くまで仕事していて、その母親が廊下で寝こけている娘を発見し、心配して(?)放った第一声がそれだった。羽海といえばめざめて開口一番、驚きの叫びを上げた。


「ええぇぇぇ!!??」


意識をとり戻した彼女にはある変化が訪れていた。たとえ外見上は(頭頂にたんこぶができている以外には)何ら変化がなくとも、聖変化とでも呼ぶべきものが彼女の内に起きていたのだ。



そうとしか呼べない、透明な雷光につらぬかれて。雛鳥は巣から大空へ羽ばたく方法を本能のうちに知っているし、その母鳥は雛鳥を一人前へと育て上げるためのありとある手順をあらかじめ知っている。それと同じように、羽海はじぶんが預言者となったことを魂の感覚で知覚していた。


(あたしが預言者!? 福音少女に!? うそ!!?)


戸惑いながらも羽海はいたく興奮した。これで有名人になれるし、インフルエンサーにもなれるし、ファッションモデルにも、テレビスターにも、銀幕スターにも、レディオ・スターにだってなれる。神秘的なチューターとして悩める大人に上から目線のアドバイスを送ることだってできるだろう、そして何より、まだ誰も知らない未来の出来事について、あらかじめることができるのだ。これはとてつもない優越感だった。


「じーざす!」(※感嘆)


「寝ぼけとるの……? あっ、ご飯食べたやろね?」


母親はいつものように、もう何度目と知れない娘の夕食のことについて心配した。


「え、うん。食べたよ……」


そう嘘を吐きながら(※羽海はダイエット中)、さっそく胸の内にあったはずの預言を羽海は思い出そうとする。預言者になったのだから、当然のように預言はあった。しかし母親の前ではちゃんと憶えているはずのそれが浮かんでこない。キリストも自分の故郷では奇跡がうまく起こせなかったように、自分のことをよく知っている身内の前では預言者はつとまらないのかもしれない。


「2階行くから!」


 静かになれる自室でひとりきりになってから、やっと羽海は預言の内容を思い出すことができた。驚くことに、まさに驚くべきものだった。


「うそ……」


“ルナ・ミルレフワーネスが今年の11月16日に死ぬ”


 ルナ・ミルレフワーネスについて羽海はよく知っている。つまり、カトリック教皇庁の公認する7人の福音少女のひとりで、ドイツ系のアシュケナージ、チャンネル登録者数は約1億8000万人を超える。はじめての預言は13才のときで、祖母の家にあるオーブンの爆発を予言した。その2年後から正式な活動をはじめ、年数を重ねるごとに才覚を発揮して、今では国際政治分野でめざましい活躍を遂げている。たとえばドイツの政治系シンクタンクに役職も持っているのだ。しかも、ものすごく歌が巧い。彼女の歌うカバーソングは全米No.1ヒットを連発しているし、生歌を聞いて感動のあまり気絶する少女もいる。しかしルナはコンサートは催さない。その理由は、大勢すぎる聴衆を収容し切るだけの会場はこの地球上には存在しないから。代わりにバーチャルライブを何回か興行していて、いずれも空前の大収益を収めた(売上はすべて慈善事業に投資される)。ちなみにユダヤ教徒であるルナは教会の代わりにシナゴーグへ行き、クリスマスの代わりにハヌカを祝い、過越祭の後に種を入れないパンを食べる。本人はカトリックの教えを尊重すると公式表明しているが、この慣習のことをよく思っていないカトリック神父は多い。

 預言者というキャリアでは羽海の先輩にあたる人物。もちろん羽海にとっては一、二を争うほど好きな福音少女のひとりであり、亡くなって欲しくなんかない。むしろ末永く長生きして欲しい、とすら願う。しかし預言は真実であると心が告げていた。

 羽海はさ迷った。もしこのまま黙っておけば、預言をなかったことにしてしまえるだろうか? しかしそれは預言者としての死を意味する。そんなことをすれば、自分はもう二度と預言を授からないだろうし、何者にもなれず終わってしまうだろうと羽海は確信した。結局、彼女はゆっくりとスマホを手に取り、リベラルな民主主義圏では人気のSNSサイト「エフェメラ」を立ち上げて日常用アカウントにこう書いた。


ありす@新学期がんばる!/AliceLittlePleasance

【預言】11月16日、ルナ・ミルレフワーネス死去。


 【預言】は「エフェメラ」利用者の少女たちが日に何回も使っている人気のタグである。「預言者のように振る舞うことは根拠のない風評操作にあたる」として規約で禁止されているサイトもあるが、エフェメラは比較的自由なSNSである。このサイトにはヘイトスピーチ以外は何でも書くことができた。

 システムの投稿日付は5月1日を示していた。つまり約半年後の出来事だったが、予想形にするような保険を羽海は掛けなかった。



 すべてが終わったあと、羽海はベッドで寝直した。まるで糸が切れたかのようによく眠れた。翌朝目が覚めたとき、羽海はこれまでの出来事が夢であったのではないかと疑ったが、しかし昨夜の書き込みは確かに端末から送信されており、クラスメイトから2件だけの「いいね」を貰っていた。




・ルール


10条

(公生涯)

預言者としての宣言以降、その活動が終了するまでの期間を公生涯と定める。あらゆる預言[Precognitive Statement]の宣言は公生涯の内においてのみ有効となる。


11条

(預言者としての宣言)

不特定多衆への預言の送信は、預言者としての宣言とみなす。

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