汝は預言者なりや? 福音少女たちが世界を巻き込んで預言バトルを繰り広げる黙示録

もーち

第一部 Turn On

汝は預言者なりや?①



「預言者なんて少しも楽しいものじゃありません。数百人が犠牲になる凄惨な事故の光景が見えたからといって、気が晴れるわけではありませんから。もしあなたが普通の女の子であるなら、それはたぶん、神に選ばれたという事なんでしょう」――20X2年、ベエルシェバにて。ミラクル・マリアへのインタビューより抜粋



 近未来、不思議なことに、予知能力を持った少女が世界各地で出現しはじめる。少女たちは事件や災害をぴたりと言い当て、世界中のSNSで話題となった。彼女たちはキリストの奇跡によって預言を授かったとかたく信じられ、福音少女と呼ばれた。福音少女の登場によってリバイバルが巻き起こり、カトリックの人口は2倍に増えた(おめでとう)。新たな時代がやってきたと喜ぶ者もいたが、むしろ終わりの時代、大変な時代トリビュレーションがやってきたと嘆く者も多かった。人々が次々に教会へと駆け込むのは、いつだって混乱の時代だからであった。

 現在、世界中に遍在する福音少女の数は450とも850とも言われているが、カトリック教皇庁が公認する至高の福音少女は七人である。


1 ストロベリー・マーセ

(アメリカ・白人)

2 ステラ・ミラー

(ブラジル・メスティーソ)

3 ニャナル

(国籍不詳・サーミ)

4 ルナ・ミルレフワーネス

(ドイツ・ユダヤ系)

5 サント・アズハル

(トルコ・イスラム系)

6 ミラクル・マリア

(アメリカ・アフリカ系)

7 ジョカ

(中国・漢民族)


ちなみにこの7という数字は黙示録の7つのラッパとは何の関連もない。なぜなら8人目がもうすぐこれに加わるからである。


 福音少女はインターネットのストリーミングサイトを通じて活動している。近未来だけあってネットは地球全域にある。福音少女たちの公式チャンネル登録者数は累計三十億を越え、毎月の広告関連収入はバチカンの国家予算に匹敵するほどである。もちろんグッズ収益と講演料、無税の寄付がこれに続く。


 こうした綺羅びやかで華やかな福音少女の生活に憧れて、世界中の少女たちは'神を待ちのぞむ'。キリストから預言を授かったと自称するティーンは後を絶たなかった。《福音少女になりたい女の子たち》は何千回と繰り返す。いわく、今朝ものすごく不思議な幻視体験をしたと。漆黒の大海へ真紅の星が落ちゆき、大海からは血塗れ尾を持つ巨大アザラシと十七本目の角を持った神話級レヴィヤタンが飛び出してくるような……とにかくものすごい凄惨な光景を見たと(不幸なことに、彼女たちの多くは両親からの通報によってドラッグ更生施設へと通うはめになった)。できそこないの黙示文学の他には、あるいはこんな調子である。明日、どこかで大雨が降るかも……、どこかの高速道路でトラックが交通事故を起こすかも……、もしかしたら明日どこかの村で、罪もない子どもが紛争の銃火によって命を落とすかも……(そんなことは毎日必ず世界の何処かでは起こっている)。


 日本では、これは一昔前に流行った前世ブームの焼き直しと受け止められていた。カトリック教皇庁の認定する福音少女が数々の事件を的中させたことに関しても、大人たちの反応は冷ややかで、あれは教会と多国籍企業が手を組んで宣伝のためにやっているパフォーマンスだと言う人さえあった。

 夢中になって狂乱する数の少ない若者たちも、宗教的には大した関心がない。ちょうど一昔前にユリゲラーのような人物が超能力者としてもてはやされたのと同じように、興味本位でセレブリティと同じような扱い方をされていた。日本のカトリック教会は嘆いた。せめて福音少女がもう少し身近な存在になってくれれば、人々は救主イエスのもたらす無限の慈しみと恩寵のみが永遠の真実であると気づいてくれるのに……あるいはもっと日曜日に教会まで人が来てくれるようになるのにと。


                    米


 普通の人間でノンクリスチャンの少女、星野ほしの 羽海うみには悩みがあった。それは近頃、ブームに影響されて、中学の友人たちがしじゅうひっきりなしに「自分は特別な予知能力を持っていますよ」と仄めかすトークを送ってくることだ。


《ねえ、今日は折り畳み傘を持っていったほうがいいよ。雨が降るから》

《明日は抜き打ちテストがあるよ。数学の》


それで当たった外れたの大騒ぎ。もちろん、彼女たちに特別な予知能力はない。たとえ仲良し同士の会話のきっかけとしても、福音少女の真似事をするなんてあまりよくないと羽海は思った。他人と少しだけ違う特別な存在に憧れる気持ちは、分からなくもないけれど……。


[ニャナルの動画みた!? エモエモで可愛かったよ、新しいアクセが発売…(このトークは省略されました)]


そこへ友人から1件の新着メッセージ。

ニャナルはいわゆる七大聖女であると同時に世界中の少女たちのファッションリーダーでもある。プロフィールは17歳の白人。国籍は不詳。好きな食べ物は味噌ラーメンで、飲み物はハーバル・ティー。ちょっぴりOTAKUっぽいところもあって、そこがまたいいと評判で、どこか奇抜なファッションを好む個性的な女の子として同年代に受け入れられている。一昔前のレディ・ガガ、日本のアイドルでいえば戸川純のような存在だ。おもな業績はドイツ地下鉄同時多発テロ、トルクメニスタン地震の予知などである。


再生ボタンをタップすると、ゴスでサイケなコーデがキュートでチャームに映えるイケイケな銀髪少女が映し出された。ニャナルだった!


「(字幕)Spiritual Kawaii Channelをご覧のみんな、いつもあなたの隣に這い寄る預言者、ニャナルだよ♪」


(今日もKawaii ~!)


3Dモデルでキネティックに構築された極彩色の美麗映像を前に、しばらく礼拝のように恍惚とディスプレイに釣り込まれていた羽海だが、ふと気になることがあった。


(そういえば最近のニャナル、預言は全然しなくなったような……)


最新のエントリーにはファッション・コスメ新商品のお披露目動画がずらりと並ぶ。ほぼ毎日の投稿だ。しかし、最後の預言はいつだっただろう?


(でも、この世界的ファッションブランド会社と提携してから、ニャナルは本当に楽しそうに活動してるし、べつに良いかな~)


動画で紹介されるアイテムはもちろん羽海も欲しいと思っているが、輸入物で高くて、いかんせん手が出ない。そんな考えごとをしていたら、そのときとつぜん「天使のラッパアポカリプティック・サウンド」めいた素っ頓狂な音があたりに響いた。この動画を見ながら自室への階段をかけ登っていた羽海は、不注意から足を踏み外し、真っ逆さまに階下へ転落していったのだ。


(あ、死んだ)


その瞬間に羽海は、妙な冷静さでそう考えていた。


ドンガラゴロゴロピシャゴロ……


こうしてスマホをながら見していた少女は、あわれ五尋の深みへと沈んでいった。(アーメン)


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