第178話 バカップルが修羅場と見せかけてイチャついてるだけ
「……何か言うことがあるわよね?」
「……遅くなって申し訳ありませんでした」
「……他には?」
「……仕事、というか配信ばかり優先してて申し訳ありませんでした」
「……他には?」
「……ディスコードの返信が遅くて申し訳ありませんでした」
「……他」
「……通話をしてなくて申し訳ありませんでした」
「……他」
「……ナーちゃん以外の人とばかりコラボ配信をしてて申し訳ありませんでした」
「……そうじゃないわよね」
「えっと……」
なんだ!? あと何がある!?
ナーちゃんの機嫌を損ねる理由は他に何があった!?
ヤッバい、本当にヤバい!!
久しぶりのデートだって言うのに、初手でお通夜みたいな空気というか、せっかくオシャレなカフェを予約したのに、俺たちのテーブルだけ空気が死んでる……。
あ、ほら! 水を汲みに来た店員さんがそのまま撤退していったんだけど!?
そして何より俺!! どうして今日に限って寝坊した!? って、いやまあ、昨夜のコラボ配信が楽し過ぎて深夜までやってたせいなんだけど……。だってしょうがないだろ……。戸羽ニキとミチエーリさんとのEX.配信だったんだから……。無双してて脳汁出まくってたんだよ……。
「……何か言いたげね?」
「い、いや、そんなことは……」
ヤバ……っ。もしかして顔に出てた!?
そ、そうだ! ちょっと早い気もするけど、用意してたプレゼントを……、
「まさかプレゼントでご機嫌取りをしようなんて考えてないわよね?」
「──ッ!?!?!? ま、まさかぁ……。あはは……」
よ、読まれてる!?
ナーちゃんって実はエスパー!?
「最近、女性ライバーとのコラボが多いわよね」
「じ、事務所の先輩が多いから……。複数人での配信に呼んでもらったりもしたし……」
「私と最後にコラボしてから、8人の女性ライバーとコラボしてたわよね」
「よく数えてるね……」
「ミチェも含めたら9人よ」
「あ、はい」
……ミチエーリさんは、やっぱり別枠なんだ。なんか安心した。
「ちなみに一番多いのは兄ノメミね」
「ど、同期だから……。デビューしたてだし……」
「私と最後にコラボしてから7回もコラボしてるわね」
「……本当によく数えてるね」
「女性関係だらしないんじゃなかしら?」
「待って待って待って! それは語弊がある!! 大いに誤解を招く言い方になってる!! 仕事!! 仕事だから!! 別に誰とも何ともないから!!」
「……鳳仙花ムエナとも?」
「ほ、ほら! ムエたんはその、推しだから──ッ!!」
「カレンともコラボしてたわよね」
「あ、あれは事務所の企画!! ママもVTuberだからってだけだから」
「それにしては仲良そうだったわよ。鳳仙花ムエナとも、カレンとも」
「それはまあ、……友達だし」
「男女の友情って成立するのかしらね」
「するよ!? じゃなかったら、ミチエーリさんともそういう関係ってことになるよ!?」
「……あんた、ミチェにまで手を出してるわけ?」
「出してない出してない!! そんなことするわけない!!」
うっわ、完全に藪蛇……。ミスったぁ!!
「……ミチェに魅力が無いって思ってるのかしら?」
「そうとも言ってない!! なんか無理矢理そういうことにしようとしてない!?」
「これでNTRへの解像度が上がるわ」
「おーい、こらこら。実体験を仕事に活かし過ぎるのもどうかと思うよー?」
「その口ぶり。ちっとも反省してるとは思えないのだけれど?」
「いや、だって……」
「何よ。言い訳でもするつもり?」
「……言い訳って言うか、だって、手が」
「……見てんじゃないわよ」
「それは無理でしょ!?」
まあ、なんて言うかですね、はい。
ムエたんの名前が出た辺りからずっとナーちゃんが俺の手を触って来てたんですよ。
こう、机の上に置いてた手というか指に、自分の指を絡めてきてね。
そんなことされたらさ、怒られてても怒られてる気がしないと言うか、むしろ嫉妬されてるのがわかって可愛くて仕方が無いと言うか、甘えられてる気がして嬉しいと言うか、ね?
……やっぱり可愛いな、俺の彼女。
「……ふん」
なんて不機嫌そうにしてるけど、手はしっかりと握られていると言うか絡められてる。
これはこれで周りから浮いてると言うか、さっきとは別の店員さんが水を汲みに来たけど、さっきとは別の意味で空気を察して撤退していったわけでして……。
はい。それだけで今俺たちが周りからどう見られているかわかるよね。
でも今大事なのは周りからの視線じゃなくて……、
「もっと大事にする」
「……何をよ」
「ナーちゃんを。ちょっと配信に夢中になり過ぎた」
「いいわよ、別に」
「え」
「ズマっちが頑張ってるのを見るのは、好きだから」
「……うん」
「でも、放置されるのはイヤ」
「わかった」
「たまには私もコラボに誘いなさいよ」
「そうする」
「あと、たまには通話もして頂戴」
「うん」
「チャットは、……少しなら我慢するわ」
「返すよ。ちょっと遅くなるかもだけど」
「いいのよ、別に。誰とコラボしたって、そこに女性配信者がいたって。推しがいたって何だって。でも、彼女は私なの」
「わかってる」
「わかってるだけじゃダメよ。忘れないで」
「忘れたことはなんて一度もない」
「じゃあ、あんまりほっとかないで。……少しならいいけど」
「約束する」
「そ。ならいいわ」
「あ」
「?」
いやまあ、いいんだけど。
何ていうかさ、スッキリしたーみたいなテンションで絡めてた指が離れていくから。ちょっとね、こう。物足りないと言うか、もうちょっとそうしてたかったと言うか……。
「何よ」
「あー、や。その、……ちょっとブラブラしない?」
「もうちょっとゆっくりしていきましょうよ」
「や、そうなんだけど。それもいいんだけど、……今みたいに手をつないで歩きたいなー、みたいな?」
「……」
「いやでも、せっかくでしもうちょっとゆっくりしていこうか。いい雰囲気のお店だし。って、ナーちゃん?」
「何してるのよ。早くお会計しちゃうわよ」
「あ、ちょ」
いやいやいや、早すぎる!! 行動があまりにも早すぎる!!
めちゃくちゃスタスタ歩いてくじゃん!! こっちまだ荷物すら持ててないんだけど!?
「お会計は完了よ。まとめて払っといたわ」
「ナーちゃんがいつになくイケメンムーブをしている」
「彼氏がかわいいムーブをしたからかしらね」
「別に可愛くはなくない!?」
「さっきのでここ最近の全てを許してもいいんじゃないかって思ったわ」
「てことは、まだ許されてないんだ……」
「埋め合わせ、期待してるわ」
「ハードル上げるなぁ」
「あら、自信ないのかしら」
「それは乞うご期待ってことで」
と、歩き出そうとしたところで──、
「ナーちゃん?」
服の裾を引っ張られた。
「手」
「あー……」
「何よその反応」
「改まれると恥ずかしいなって」
「ズマっちが言ったんじゃない」
「いやまあ、そうなんだけど」
「……さらにハードル上がるわよ」
「……行こう」
「はじめからそうしてればよかったのよ」
「その場だから言えることってあると思うんだ」
「例えば?」
「咄嗟には出てこないけど」
「何よ。そんな瞬発力でよく配信者なんてやってるわね」
「配信だから言えることもあると思うんだ」
「性癖とか?」
「それはどんな時でも自重すべきことじゃない?」
「自分に素直になるのって素敵なことだと思うわ」
「欲望に素直になり過ぎるのはどうかと思うよ」
「ふぅん」
「何さ」
「別に~。何でもないわ」
「俺、ナーちゃんよりは理性が仕事してると思うよ」
「だったら、ズマっちはもうちょっと素直になりなさい。さっきみたいに」
「あれは欲望に素直になったわけじゃないけど」
「じゃあ、何なのよ」
「……感情に素直になっただけ」
「今の配信で言ってくれないかしら? アーカイブを切り抜いて永久保存するわ」
「最っ低なこと言ってる自覚ある!?」
「これが欲望に素直になるということよ」
「何ていうか、さすがナーちゃんって感じだね……」
「ふふん」
それでドヤるのは、まあ、それもまたナーちゃんらしさか。
それに、こんな話してても手はしっかり握られてるから、なんて言うか、可愛く思えるよなぁ。
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