第170話 またか!? どうして俺の周りに集まる人はこんなのばっかりなんだ!!

「……始まった」


 さてさて、俺の同期はデビュー告知後の初配信で一体何を話すのやら。

 このためにナーちゃんとカレンちゃんに、配信は2時間ほどで終えたいと頼んでいたのだ。

 さすがにデビューまでには一回会話は出来るだろうけど、まだ話したことないからなぁ。

 配信も同期が彼女だって知ってからいくつか見に行っただけだから、正直に言うと《兄ノ 女未(アニノ メミ)》についてはにわかもいいところだ。

 知っていることと言えば、《みんなの妹》であることと、お兄ちゃんたちから《メミメミ》や《メミたん》、《メーちゃん》なんて愛称で呼ばれていることぐらい。

 だから正直、ドキドキしてる。なんかものすごいことを言い出したりしないよな……?


『お兄ちゃん。お待たせしました。兄ノ女未です』


 意外にもクールな声と喋り方。

 これは初めて配信アーカイブを見に行った時にビックリした。

《みんなの妹》なんて言うぐらいだから、ASMRの時のカレンちゃん並みに媚びた感じかと思ってたけど、なんて言うかこう、ちょっと大人びたというか落ち着いた雰囲気の話し方をする。と、思いきや──、


『今日は通常モードか』

『ポンコツRTA始まった』

『こんメミ~。ところでポンはまだ?』


 なんてコメントが流れ始める。


『こんメミです、お兄ちゃん。というか、ポンって何ですか、ポンって。メミはしっかり者の妹なので、ポンなんてしませんけど? 全く、お兄ちゃんたちは何を言っているんですか。ポンコツでダメダメなのはお兄ちゃんたちじゃないですか。メミぐらいですよ、そんなお兄ちゃんたちを好きでいてあげられるのは。わかってますか?』


『はいはい』

『わかってるわかってる』

『メミたんはしっかりしてるよ!』


『む。なんだかバカにされてる気もしますが、まあいいでしょう。メミは心が広いですからね。お兄ちゃんたちが変なことを言っても許してあげます。あ、でも! ……ヘンタイさんは許しませんからね』


『は~い』

『ヘンタイってどんな?』

『メミメミ~。ヘンタイさんって何~?』


 ……なんで俺は彼女と同期なんだろうか。

 何ていうか、配信の空気が全然違くない?

 うちのリスナーはもっと雑というか……。なんて言うか、うん。……メミさんのとこのリスナーは明らかに違う。


『ヘンタイさんはヘンタイさんです。いいですか? メミはお兄ちゃんたちのことは大好きですけど、ヘンタイさんはダメです。許しませんから』


『え~』

『なんで~?』

『怒ってるメーちゃんかわいい~』


『なんですか、怒ってるメミがかわいいって。それじゃあ、怒ってないメミはかわいくないんですか……? お兄ちゃんたちがいつもかわいいって言ってくれてるのは嘘なんですか……?』


『嘘じゃないよ!』

『メーちゃんはいつもかわいいよ!!』

『どんなメミたんでも大好きだよ!!』


『ありがとうございます。メミもお兄ちゃんたちのことが大好きですよ。……えへ』


 そして飛び交う大量の『俺もー!』というコメント。

 これがお決まりのやりとりなのは知ってるし、ライブのコール&レスポンスっぽくていいんだけど……。


「俺にこの空気は無理じゃないか……?」


 いや、いちリスナーとしてならきっと楽しいって言うのはわかるよ!?

 でも、配信者としてはさ、ほら……。この空気は俺には合わないと言うか、空気感が全然違うと言うか、……やっていけるか? この空気を持つ人と、同期としてやっていけるのか? ちょっと、自信ないぞ……?


『そうだ。メミ、今日はお兄ちゃんたちにお話ししないといけないことがあったんでした』


『待ってた』

『それを聞きに来た』

『おめでとうー!!』


 そうそう。俺もその話を聞きに来たんだよ。

 さて、兄ノ女未は果たしてブイクリデビューについて、どう捉えているのか。


『お兄ちゃんたちにはちゃんと自分の口から伝えたかったので、ツイートもしませんでした。不安にさせてしまっていたら、ごめんなさい』


『大丈夫だよー』

『俺もメミたんから直接聞きたかった』

『わかってるよ』


『ありがとうございます。……全く。そんなこと言われたら、もっとお兄ちゃんたちのことが好きになっちゃうじゃないですか。罪作りなお兄ちゃんたちですね。たくさん、大好きですよ』


 で、恒例の『俺もー!』コメントの嵐。

 なんて言うか、一体感がすごいよね。きっと兄ノ女未のガチリスナーたちは『俺もー!』を辞書登録してんだろうなぁ。

 ここに入って行ったら、明らかに異物混入じゃない? というか、混ざる前に拒絶されない? 彼らの箱庭に俺の居場所があるとは思えないんですけど???


『お兄ちゃんたちに紹介します。メミの新しいママの、安芸ナキア先生です』


 ん?

 なんか、なんか言い方がおかしくない……?

 確かにナーちゃんが新しいモデルのデザインやってたから、VTuber的にはママで間違いないんだけど、え、そっから言うの……?

 普通、ブイクリデビューが決まったって言わない……?


『お兄ちゃんたちは知ってると思いますが、メミは安芸ナキア先生の大ファンなんです。ですから、ナキア先生がメミのママになってくれて、とてもうれしいです。……えへ』


 ……普段あんなだから忘れがちだけど、ナーちゃんって、やっぱりちゃんとファンがいるんだよね。

 カレンちゃんもそうだし、メミさんもさ。まあ、でなきゃあんな人気イラストレーターにはなれないか。

 いやなんか、裏というか中身を知ってるから、こう、ね? たまにそう言う話を聞くと、『あ、そっか』ってなるんだよね。


『あ! 確かにそうですね。先にブイクリさんからデビューすることを言うべきでした。──な、なんですか!? ポンって! ポンじゃないです!! メミが思っていた通りの順番で話してますから!!』


 あ……。なるほどね。そういう感じか。

 まあ、コメントで『いつもの』とか『知ってた』とか流れてる辺り、よくあることなんだろう。この程度のポンコツっぷりは。


『お兄ちゃんたちっていつもそうですよね。すぐにメミのことをポンって言うんですから。そうやっていすぐ女の子にいじわるするから、お兄ちゃんたちはモテないんですよ。メミだけですよ、お兄ちゃんたちのことを好きなのは』


 そしてお決まりの『俺もー!』コメント。

 なんかもう、本当にすごい。テンプレ的なやりとりも、ここまで統一されていると、ただただ圧倒されるしかないんだって気分になる……。


『そして同期は、……東野アズマさんです』


 ──ッ!! 来た!!

 ……ど、どうだ? コメント欄の反応とか、どんな感じなんだ?


『ちなみに、もし東野アズマさんに迷惑かけるような人がいたら、メミは許しませんよ。嫌いになります』


 お、おお!! さすがの一体感!!

 メミさんの釘を刺す一言で、ちらほらとあった批判的なコメントが一気に無くなっていく。


『そんなことする人はお兄ちゃんの中にはいない』

『おれたちはメミたんのお兄ちゃんだから』

『大丈夫だよ。安心して。もちろん運営のことを悪く言ったりもしないから!!』


 そしてものすごい勢いで、そんな感じのコメントが流れていく。

 いやはや。すごいな、お兄ちゃんたちは。というか、メミさんは。

 ……ある意味ちょっと怖くもあるけど。ここまで右向け右になるのか。


『いいですか。お兄ちゃんたちも覚えておいてください。東野アズマさんは、メミが大好きな安芸ナキア先生と仲がいいんです。東野アズマさんに何かあったら、安芸ナキア先生が悲しみますし、そしたらメミも悲しくなります。それに、メミは安芸ナキア先生が東野アズマさんと仲良くしてるのが大好きなんです!!』


 ん? なんか今日一の熱量を感じたけど……。

 もしかしてだけど……。


『安芸ナキア先生と東野アズマさんのてぇてぇって、……いいですよね』


 まさかの同期がてぇてぇカプ厨だった──ッ!?


『メミたんはてぇてぇに挟まるの?』


 って、コメント!! そこは掘り下げなくていいから!!


『いえ、メミは空気になります。もしお二人とのコラボとかがあったら、メミはしゃべりません。ミュートです。立ち絵も表示しないでお二人を見守ります』


 いやいやいや、何を言ってるの!?

 それはもうコラボしてる意味ないよね!?

 って、そうじゃなくて!!


「『何を言ってるんですか……?』と」


『あ、え!? 東野アズマさんがコメントしてる……? またまた、お兄ちゃんたちも冗談が好きって、ええ!? 本当にしてるじゃないですか!?』


『聞かれてて草』

『これはポン』

『うちのメミがお世話になります』


 わぁお、最後のコメント。これってあれだよな、後方腕組彼氏面ってやつだよな……。いや、メミさんの場合は兄貴面か……?


『あ、えっと、その。違うくて、ですね。これはその、そう! 冗談です、冗談。お兄ちゃんたちがあまりにも心配するので、大丈夫ですよって言うのをお伝えしたくてですね……。だからそのぉ、……メミのことを嫌わないでください。……えへって。……ダメでしょうか? ダメですよね。完全にやらかしましたね。ああもう、これはポンって言われてもしょうがないです……っ』


『大丈夫!』

『それでこそメミたん!!』

『きっと許してくれるよ!!』


 おお、なんか圧が。許すよな? というお兄ちゃんたちからの圧が……。

 すごいな。VTuber本人からじゃなくて、コメントからここまで圧を感じることも早々ないぞ。


「『大丈夫ですよ。これからよろしくお願いします』と。……まあ、これで大丈夫だろう」


『あ! 大丈夫ですって言ってくれてます!! よかったです。安心しました。はじめましての挨拶をする前に、こんなことになるなんて思ってもなかったです』


 うん、本当にね。

 いやぁ、配信って怖いな。誰が聞いてるかわからないし、迂闊なことが言えない……。

 そう言えば俺も過去に優梨愛さんに『鬼上司』って言ってるのを聞かれてたっけか……。あれは肝が冷えたなぁ。


『え、東野アズマさんもお兄ちゃんになるのか、ですか? う~ん、それはどうでしょう。東野アズマさんのお兄ちゃん力によりますね』


 お兄ちゃん力って何──ッ!?


『それにメミ的には、東野アズマさんはパパなんじゃないかって思ってるんですよね』


 はい???????????????

 あの、今なんておっしゃいました????????????


『いいですか、お兄ちゃんたち。よく考えてみてください。メミが大好きな安芸ナキア先生は、メミのママ。そんな安芸ナキア先生と東野アズマさんはてぇてぇしてるんですよ。これはもう──、メミのパパってことになりませんか?』


 ならないだろ──ッ!!

 というか、クールな口調で何言ってんだ、この人は!?

 大丈夫か!? 何食ってたらそんな考えが出てるくるんだ!?

 ほら! コメント欄も『?』で埋まってるじゃないか!! 『うんうん、そうだね』とかコメントしてる奴は、もう話を聞いてないだろ!! 頷いてるだけだろ!? それは全肯定とは言わないぞ!? って、おい!! 誰だ!! 『つまり、俺たちのパパでもあるってこと?』とかコメントしたのは──ッ!!


『あ、そうですね。メミのパパってことは、お兄ちゃんたちのパパでもありますね』


 いやいや肯定しないで!?

 否定してそこは!!

 俺が見てるの知ってるよね!? わざと!? この流れ全部わざとなの!?


『東野アズマさんはパパかもしれないみたいです。だからわかりますよね、お兄ちゃんたち。メミたちのパパになってくれる人に失礼の無いようにしないといけないってことは、わかりますよね?』


 お兄ちゃんたちにはわかるのかもしれませんが、俺にはちっともわからないんですが!? 主に『パパになってくれるかもしれない』ってところが!!


『パパと一緒に頑張れるの、楽しみですね』


「『パパじゃないですよ!?!?!?』と」


『あ、パパからコメントが来てますね。これからよろしくお願いしますね』


 俺の否定をスルーしないで──ッ!? パパじゃないから!?

 なんで同期の挨拶前にこんな業を背負わされてるんだ、俺は!!

 というか、またか! またなのか!?

 またこういう色物なのか!?

 どうして俺の周りには、こんな人ばっかり集まってくるんだ!!

 俺が一体何をしたって言うんだ──ッ!!!!

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