第169話 だから! 俺はまだ炎上したくないんだってば──ッ!!
『ズマっちがとうとう炎上するのね』
「しませんけど!? というか、とうとうってなんですか!?」
『え~? もしかして気づいてなかったんですかぁ? アズマさんはこれまで炎上しなかったのが奇跡なんですよぉ?』
「なんでカレンちゃんがナーちゃんと一緒に煽って来てるんですか!? 俺が炎上したらカレンちゃんだって困りますよね!?」
『果たしてそれはどうでしょう?』
「そこで強気になる意味がわからないんですが!?」
『締め切りから解放された今のわたしは無敵なんです!!』
『あ~、それはわかるわ~』
「だからって配信開始早々にお酒を開けるのはどうなんですか……?」
今のプシュッて音、絶対に缶を開けた音だろ!?
『あら、どうしてお酒を開けたって言い切れるのかしら? もしかしたらエナドリかもしれないじゃない』
「締め切りから解放されたばかりのナーちゃんが酒を飲まないはずが無いですよね!?」
『ふっ。甘いわね、ズマっち。締め切りから解放されたその時には、すでに次の締め切りに追われているのよ』
「カッコよく言うことですか!?」
『そしてその締め切りを忘れるために、私はアルコールを摂取するのよ!!』
「カッコつけて言うことじゃないですよね!?」
『カッコいいです!! ナキア先生!!』
「え~……」
『カレン。待ってるわよ、あなたがいつかこの高みに至るのを』
『はい! がんばります!!』
「……」
わからない……。クリエイターの感性が1mmも理解できない……。
カッコいいのか、それは……?
「というか、あまりにもいつもの雑談配信過ぎません?」
『? 何が言いたいのよ』
『? 楽しくていいじゃないですか』
「今日! 俺の!! ブイクリデビューが!!! 発表されたんですが!?!?!?」
『だって、知ってたもの』
『はい。とっくに知ってました』
「いや、2人はそうでしょうけど!! でもありますよね!? デビュー告知が出てから初めての配信なんですよ!?」
『だから言ったじゃない。とうとう炎上するのねって』
「お祝いの言葉は無いんですか!?」
『オメデトー』
『オメデトーゴザイマスー』
「棒読みじゃないですか!!」
『ズマっち、あんまりワガママを言うものじゃないわ』
「ワガママ!? 今の俺ってワガママを言ってるんですか!?」
『自覚のない男ってイヤね』
「~~~~~~──ッ!!!!!!!」
偉い!! 偉いぞ、俺!!
今よく台パンを我慢した!!
『あのね、ズマっち。よく考えて頂戴。今この場には祝われるべき人間が複数人いるのよ? それなのに自分だけ祝えなんて、ワガママ以外のなんだって言うのよ』
「くっ──!」
正論が!! 正論が刺さる──ッ!!
まさかナーちゃんからそんなことを言われるなんて──ッ!! なんだこの屈辱感は!?
『ということで──、おめでとう、カレン。やったわね』
『はい! ありがとうございます!!』
『すごいじゃない。イラストレーターとしてのプロデビューがブイクリ所属ライバーのママだなんて』
『今でも夢みたいです……』
『今だけは思う存分に夢心地に浸りなさい。どうせこれから現実が押し寄せて来るわ。そう! 締め切りという名の現実が──ッ!! やってられなくなるわよ!?』
『でもナキア先生。今のわたしは締め切りがひとつも無いんです!! 言わば虚無!! 虚無なんです!! それなら苦しくても現実を知りたいです!!』
『よく言ったわ!! そうよね! その気持ちはよ~く、わかるわ!! 締め切りが無いと言うことは仕事が無いと言うこと。それはつまり自分には価値が無いと言われているのと同じなの!! 辛い!! しんどい!! 泣きたくなるわ!!』
『そうですよ!! 自分に価値なんて無いって言われるぐらいなら、締め切りに追われてる方がいいじゃないですか!! だって、締め切りに追われてるってことはお仕事があるんですよ!? つまり、収入があるんです!!』
『ふっ。収入がある、ね。それは本当にあるのかしら? 実は……』
「はいストップ──ッ!! それ以上はやめましょうね。ナーちゃん。ちょっと飲み過ぎじゃないですか?」
『そんなこと無いわよ。まだ3缶しか空けてないわ』
「それは飲み過ぎですよ!? え、待って。今のたった十数分で3缶……?」
確かに量はまだまだかもしれない。でもペースが!! ペースが速すぎる!!
そんなんじゃ、うっかり失言で炎上するぞ!?
俺たちが付き合ってることなんかをポロっと言っちゃったらとんでもない異なる気がするし……。酔ったナーちゃんが変なことを言わないように俺が気を付けて──、
『それじゃあ、最近の性癖トレンドについて話しましょうか』
いや、必要ないな。
思った以上にいつも通りだった。
これはシラフと言っても過言ではないほど、安芸ナキアの通常運転だ。
『ねえ、ズマっち。妹萌えってどう思う……?』
「っ。すーーーーー、どう、でしょうかねぇ……?」
『お兄ちゃん♡』
「カレンちゃん!?」
いきなり何してんの!?
『ねぇねぇ、アズマお兄ちゃん♡ ……どうですか? 萌えるんですか? こういうのがいいんですか!?』
「いやいやいや。何を言ってるんですか。ちょっと、よくわからないですねぇ……」
『そう。男ってこうやって逃げるのね。覚えておくわ』
ナーちゃん!?
それはどう受け取ればいいの!? 配信限定!? それとも裏でのことも含んでる!?
というか……、
「なんで俺はこんなに問い詰められてるんですか!? お祝いにコラボしようって話でしたよね!? ほ、ほら!! 見えないかもしれないですが、俺も実はお酒を用意しててですね……」
『開幕早々修羅場で草』
『炎上するまでもなかったな』
『ムエたんには来てもらわなくていいの?』
リスナー!? リスナー!? 状況理解が早すぎない!?
というか、この状況にムエたんは呼べないよ?
『アタシは見てるよ』
!?!?!?!?!?!?!?!?
ム、ムエたん!?
ちょっと!? なんでコメント欄にいるの!?
『ムエたんが見てる』
『草』
『これがラブコメ主人公の末路かw』
うぉーい!!!! 誰かー!!!! 誰か俺を助けてくれる人はいませんかー!?
『冗談よ』
「ナ、ナーちゃん……?」
『ちょっとからかっただけじゃない。ちゃんとお祝いしてあげるわよ。ほら、乾杯するわよ。カレンも』
『はーい』
「……ほっ」
よかった~。やはり持つべきものは優しい彼女だよな。
『それじゃあ、ズマっちの妹萌えに、──乾杯ッ!!』
「って、どういう音頭ですか!?」
『妹萌えに対するツッコミは無いんですね』
「そこ、ツッコミます……?」
『だぁってぇ……』
『しょうがないわ、カレン。男なんてちょっと可愛い女の子から『お兄ちゃん♡』とか言われたら、コロッといっちゃうものね』
「…………」
『あら、どうしたのかしら? 黙り込んじゃって』
「ナーちゃん。もう一回『お兄ちゃん♡』って言ってもらえません?」
『な、なんでよ』
「いやいや、いいじゃないですか。一回ぐらい。俺の妹萌えの検証です」
『お兄ちゃん♡』
「カレンちゃんは黙っててください」
『なんでぇ!?』
「わからないんですか!? 普段からASMRとかで甘えてるカレンちゃんと、普段は酒飲みながら性癖トークしつつFPSをやってるやさぐれた配信をするナーちゃん。どっちの『お兄ちゃん』に軍配が上がるかなんて、語る必要ありますか!? ギャップ差でナーちゃんでしょう!?」
『ア、 アズマさん? いきなりテンション高過ぎないですか……?』
おっと、いけない。
ナーちゃんの『お兄ちゃん♡』が可愛すぎて思わず……。
『もういいわ。わかったから』
『ナキア先生……? わかったって何が……?』
『今のでわかったわ。ズマっちに刺さるのは《ギャップ萌え》よ!! 妹萌えじゃないわ!! つまり、ブイクリデビューを共に飾るたった一人の同期があの、《兄ノ 女未(アニノ メミ)》だったとしても、きっと大丈夫よ!! ね!? そうよね、ズマっち!?』
『ナキア先生!? なんだかテンションがおかしくなってませんか!? 急にどうしたんですか!?』
「きっと恥ずかしくなったんですよ」
『はい……? 恥ずかしく……? ナキア先生がですか?』
「ええ、そうです。『お兄ちゃん♡』って言ったのが、今になって恥ずかしくなったんですよ。ですよね? ナーちゃん」
『違うわ』
『そうなんですね』
「そうなんです」
『だから違うって言ってるでしょ!?』
うんうん。それでこそナーちゃんというものだ。
というか、マジでヒヤヒヤしたんだよな。堂林さんから同期があの《兄ノ 女未(アニノ メミ)》って言われた時は。
通称、《みんなの妹》。
俺やカレンちゃんと同じ個人勢VTuberとして活躍をしており、その名の通り『妹』として活動をしているVTuberだ。
いや、妹としてってのはちょっと意味わかんないけど、でもそうなんだよ。
彼女の配信を見た人は漏れなく『俺がお兄ちゃんだ』と言い張るようになり、ガチ恋なんて生ぬるいと思わせる、《ガチお兄ちゃん》として彼女を見守るようになる。
そのガチっぷりは、アイドル系VTuberなんて比じゃないぐらいに凄まじく、男性 VTuberの間では『絡むな危険』と言われている、なんて噂もあるぐらいだ。
そんな《みんなの妹》が俺とブイクリにスカウトされ、同期としてデビューをする。
今日の午後にそんな告知ツイートが出たわけだが、なんて言うかこう、リプ欄はだいぶ香ばしいものではあった。
「俺としては、ナーちゃんが兄ノ女未さんのデビュー用のデザインを担当したって方がビックリでしたけどね」
『ふ。そう言うと思って黙ってたのよ』
「ですよね~。ナーちゃんはそういうことしますよね~」
『な、なによ、その言い方。何か文句でもあるのかしら!?』
いやいや、そういう子供っぽいところも可愛いなって思っただけです、とは配信中だから言えないんだけどね。
『いいのよ? これから炎上するのだから、最後に文句のひとつぐらいは聞いてあげるわよ』
「だからしませんってば!!」
いやまあ、もしかしたら、俺のところに変な凸り方する奴がいるんじゃないかと思ったので、急遽カレンちゃんとナーちゃんに声をかけ、今日の配信をコラボでのお祝い配信に切り替えたんだけどね!?
炎上なら、まだ修羅場の方がいいし……。そっちならまあ、慣れてるから。それもそれでどうなんだって話ではあるんだけど!!
『ここには2人もママがいるのよ? 少しぐらいなら甘えさせてあげないこともないわ』
『アズマちゃ~ん、ママでちゅよ~』
「あ、今カレンちゃんはミュートにしました」
ちなみに告知ツイートが出た直後にナーちゃんからは、『自慢の彼女が新しく出来た妹のママだった件』と、ラノベタイトルみたいなチャットが送られてきたりしていた。
なんて言うかもう、『はいはい』って感じだったから、とりあえず適当にスタンプだけ返信しておいたのは、また別の話だ。
『なんでミュートにするんですかぁ!? わたしはアズマさんのママなんですよぉ!?』
あ、クソ。ミュートへの対応力が上がってる。
まさかこっちの配信欄にコメントしてくるとは。やるな、カレンちゃん!!
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