第168話 【朗報】俺の彼女が可愛すぎた
『ねえ、ズマっち』
「なんですか? ナーちゃん」
『私に黙ってることあるわよね?』
「…………」
『ズマっち?』
「あ、はい。なんですか? 作業に集中してました」
通話中にナーちゃんが作業を始めたから、俺も便乗したんだけど、今気づいたらもうすでに3時間ぐらい経ってるのは、どういうこと……?
そんなに集中して作業してた!?
まあ、何だかんだやることはあるんだけどさ。サムネ作ったり、素材作ったりとか、色々と……。
『……むぅ』
「あれ、なんか拗ねてます?」
『別にそんなんじゃないわよ、……バ~カ』
「今の可愛かったのでもう一回いいですか? 録音します」
『……うわ』
「なんで引くんですか!?」
『【悲報】私の彼氏がキショ過ぎた』
「【朗報】俺の彼女が可愛すぎた」
『……バカじゃないの』
「俺たちがバカップル過ぎたは【悲報】と【朗報】どっちだと思います?」
『……ほんとバカね』
「お互いに」
『ふん』
付き合うようになってわかった安芸ナキアの生態その一。こういう時は大体嬉しそうにしている。
……いやごめん嘘ついた。付き合う前から知ってたかもしれない。
『ズマっちって普段も配信も変わらないわよね』
「そうですか?」
個人的には配信の時の方がやっぱりテンションは高いと思うんだけど……。
『外でも遠慮なくツッコんでくるじゃない』
「あー……。それはそうですね」
『あと、……いっつも敬語じゃない』
んん──ッ!?
それはつまり……?
「敬語、イヤでしたか……?」
『イヤ、って言うのとは違うわよ。ただ……、なんかもうちょっと近くてもって、……なんでもないわ』
「なんでもありますよ。大事なことです」
『敬語イヤ』
「うん」
『……それだけ』
「本当に?」
『本当よ』
「イヤなことはイヤって言って欲しい」
『…………もっと』
「もっと?」
『もっとワガママ言って』
「……え」
『いっつも、私ばっかりじゃない』
「そんなことは、ない、と思うけど……?」
『だって! お店選ぶ時とか、私が行きたいって思ったところばっかりじゃない』
「俺も行きたいって思ったよ」
『違うの! デートとかも、私の予定に合わせてるじゃない』
「あ~……。俺、暇だからなぁ」
配信予定以外は基本的に空いてるし、配信の予定だって適当に調整できるし。
『ヤなのよ、私ばっかりみたいで』
「そっか」
『何よ、そっかって』
「もっとナーちゃんに甘えていいんだって思っただけ」
『甘──ッ。そ、そうよ!』
「本当に?」
『ほんと。私も、もっと色々してあげたいし……。か、彼氏に』
「~~~~~~──ッ!!!!」
『ズマっち?』
「【朗報】俺の彼女が可愛すぎた」
『な、なによ、それ!! バカにしてるの!?』
「してない。幸せを噛みしめてた」
『……意味わかんないわよ』
「幸せを嚙みしめてたってことは、俺はナーちゃんが彼女で幸せだってこと」
『──ッ!? バ、ちょ、な、何よ!?』
「意味わかんないって言うから、ちゃんと伝えた方がいいかと思って」
『そ、そういうことじゃないわよ。ていうか、わかってるでしょ!?』
「うん。バッチリ」
ただの照れ隠しってことぐらい、わかってる。
『……だったらわざわざ言う必要ないじゃない』
「確かに。今のはナーちゃんに聞いて欲しいって思った俺の甘えだった。次から気を付けるね」
『も~~~~!! なんでそういうことばっかり言うのよ!!』
「え、何? どうしたの?」
『ズルいわよ、それは』
「はて? 何のことやら。わからないなぁ」
『わかってるくせに。確信犯のくせに』
「ナーちゃんがもっと色々してあげたいって思ってるってこと?」
『いちいち言わなくていいのよ!!』
「大事じゃん。ちゃんと言葉にするのって。ほら、俺って配信者だし」
『だったら』
「ん?」
『だったらちゃんと伝えることは伝えなさいよ』
「何のこと?」
『私に黙ってることあるでしょ』
あ~……っと。何のことだ?
『最近、カレンからよく相談を受けるのよね。キャラデザについて』
あ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~、……マジか。
それはつまり、そういうこと……?
「ま、まあ。カレンちゃんはナーちゃんのことを尊敬してますしね。色々と勉強したいってことじゃないでしょうか」
『そういうこと言うのね』
「……すみません」
『敬語はイヤって言ったわよね』
「……ごめん」
『それで?』
「黙っててごめん」
『キャラデザを私に依頼しようとは思わなかったの?』
「それは無い。キャラデザをカレンちゃんから変えるつもりは、例えナーちゃんからお願いされたとしても無い」
『…………』
「…………」
『…………』
「…………」
沈黙きちー。
でもこればっかりはなぁ。例えナーちゃんから何を言われようとも譲るつもりはないからなぁ。それに、
『そ。なら許すわ』
ナーちゃんなら多分こう言うだろうしなぁって思ったし。
この人、自分がこう言う仕事してるからか、クリエイターとか配信者を蔑ろにするような考え方はめちゃくちゃ嫌うからな。
逆に言えば、そこさえちゃんとしっかりしてれば大丈夫ってことなんだけど、今回の場合は……。
『私が怒るとでも思ったのかしら?』
「全然。そんなことは一切思わなかった」
『じゃあ何で黙ってたのよ』
「それに関しては、本当にごめん」
彼女として教えてもらえなかったことが不服なんだろうなぁ。
「でもさ、聞いて」
『何よ』
「俺が黙ってたらナーちゃんって拗ねるじゃん」
『拗ねてなんかないわよ』
「いーや、拗ねてる。そして拗ねてるナーちゃんはね、可愛いんだよ。だから俺は黙ってた」
『……かなりしょうもないこと言ってる自覚は?』
「ある! あるよ!? でも、俺がこういうしょうもないことすれば、ナーちゃんが可愛くなるんだよ!? じゃあ、俺はナーちゃんに拗ねてもらいたいって思うじゃん!!」
『なんでそんなに得意気なのよ!!』
「俺の彼女が可愛いからだよ!!」
『バッカじゃないの!?』
「【朗報】俺の彼女が可愛すぎた──ッ!!」
『いつまで擦るのよ!!』
「自分、配信者なもので」
『理由になってないわよ!!』
「ノリだからね!」
『はぁ。……しょうがないわね』
「ナーちゃん。なんか疲れてない?」
『それはそうよ。今、何時だと思ってるのよ』
「確かに」
ちなみに現在は午前5時。1時ぐらいに配信を終えて、その後にナーちゃんと通話を始めて今に至るというわけだ。
まあ、普通の人は起きてないよな。俺も随分とVTuberに染まったなぁ。むしろこの時間の方が元気まであるかもしれない。
『ボチボチ寝ようかしらね』
「俺はもうちょっと作業してから寝ます」
『ほどほどにしておきなさいよ』
「うん」
『じゃ』
「おやすみ」
『ええ。おやすみ』
「……」
こういうところはあっさりしてるんだよなぁ。
もうちょっと名残惜しむとかあると、……そんなことされたら可愛すぎて死ぬかもしれない。
「ふぁ」
とは言え俺もボチボチ眠くなってきてるし、最後に連絡関係のチェックしたら寝るか。
ディスコードは特に来てないし、DM関係も特になし。っと、メールに新着ありって、堂林さんから……?
「デビューについて……?」
あ、よかった。ちゃんと決まったんだ。
何だかんだ心配だったけど、安心したぁ~。
まあでも、カレンちゃんにまで話がいってたし、あの後に堂林さんからも連絡が来て『大丈夫です』って言って貰ってたから心配はしてなかったけど、こうやって改めて連絡貰うと安心する。
「ん……?」
と思いきや、諸々の連絡の後に続いていたのは『同期について』という書き出しだ。
「いや、ちょっと待て!? え、マジで言ってる!?」
同期がいるのはいいよ!?
というか、普通にいるだろうしって思ってたからそれは問題ない。
でも、でもさぁ、この人はヤバくない!?
「堂林さんは、俺を炎上させるつもりなのか……?」
というか、これこそナーちゃんには黙ってるわけにはいかない気がする……。
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