第167話 VTuberは夢を見る。どこまでも。

「それぐらいなら全然気にしなくても大丈夫だよ!」


「え、あ? そうなの?」


 ムエたんのあっけらかんとした回答に思わず拍子抜けした反応を返してしまう。


「でも、こういうのって事務所の意向に反したことになるんじゃ……?」


「大げさに捉え過ぎだって。それによく考えてみてよ。ここでアズ君の言うことを無視したら、運営がライバーの意向に反することになるよ? これから一緒に頑張っていこうってしてるのに、そんなことしちゃう運営をアズ君は信じられる?」


「それは、確かに……」


「でしょ? それに今のうちにそういう話をしておくのって大事だと思うよ。後になってから、『実はこうだったんですけど……』って言うのもなんかイヤじゃない?」


「エナらしいね」


「ふふん。何しろ運営の反対を押し切ってライブのステージに立っちゃうぐらいだからね」


「そう言えばそうじゃん」


「ね? あの時のアタシに比べれば、アズ君のお願いなんて大したことじゃないでしょ?」


「そんなドヤ顔で言うこと?」


「へへっ」


 なんて笑うムエたんを見て、随分と肩の荷が下りた気分になる。

 そっか、そうだよな。周年記念ライブで、ライバーの代役を見ず知らずの人間を任せることを許してくれる運営なんだよな、ブイクリは。

 そう考えると、本当に悩む必要なんてないし、堂林さんが言ってた『前向きに進めるつもり』って言葉をもうちょっと信じていいのかもしれない。


「でもよかった~。アズ君もちゃんと浮かれてるみたいで」


「……そういう言い方しなくてもいいと思う」


「だってそうでしょ? いつものアズ君だったらこれぐらい気づいたと思うよ」


「そんなことは無いと思うけど? 俺、結構鈍感だよ」


「ラブコメの主人公がやれちゃうぐらいには?」


「それは言わないで……」


「あはは! 本気で照れてるじゃん!!」


「面と向かって言われるとまた違うんだよ」


「ふ~ん?」


「何? その反応」


「ん~ん? べっつに~?」


「言いたいことははっきり言って貰わないと。ほら、俺ラブコメ主人公だから、鈍感で気づけないし。~~~~ッ!!」


「自分で言ってて照れないで貰っていい?」


「うっ……」


「あはは! でもよかった~。なんかいつものアズ君に戻った気がする」


「お手数おかけしました」


「いいよ。先輩だから」


「さすがッス、先輩」


「もっと尊敬してもいいんだよ?」


「マジリスペクトッス。今度焼きそばパン差し入れるッス。押忍」


「何それ~。ヤンキーじゃん」


「ッス。自分、一生姉御について行くッス」


「姉御はキャラじゃないでしょ」


「確かに」


「ん~? それはどういう意味かな~? リスペクトしてたんじゃないのかな~?」


「まあまあ、これからは同じ事務所に所属するし、互いに切磋琢磨していければ」


「まだ正式にデビューが決まってないくせに生意気な。あ! そう言えばそうじゃん!!」


「? エナ?」


 どうしたんだ? いきなり大きな声を上げて。

 お客さんはまばらだし、誰もこっちを気にしてないからいいけど、一応我々VTuberだし、声バレを気にした方がいいとは思うんだけど……。


「ねえねえ、アズ君。アタシ、すっごいことに気付いた! 来年は同じステージに立てるよ!!」


「あ、確かに……」


「反応薄いよーっ!」


「いや、だって……、まだ正式にデビューも決まってないんだよ?」


「それは大丈夫だって言ってるじゃん!!」


「いやでも、ステージに立つには3Dモデルとかも必要だし……」


「そういうのもいいの! 今はいいの!! アズ君は嬉しくないの? だって今度は代わりじゃなくて、ちゃんと君として、君のままでステージに立てるんだよ?」


「……俺が、ステージに」


 思い出す。

 ムエたんの代わりとしてステージに立ったあの時を。

 たくさんの人がいて、みんなが声を上げて楽しそうにこっちを見て、スポットライトを浴びながら、とにかく全力を振り絞ったあの時のことを。


「──ッ!!!!」


「ね? すっごいって思わない?」


「思う。思うよ! そっか、これから頑張れば俺があのステージに立てるんだ」


「そうだよ! へへっ」


「ムエたん?」


「ううん。ただ、アタシにも目標が出来たなぁって思っただけ」


「目標?」


「うん。あの時はアタシたち2人で一役だったけど、今度は2人で一緒にステージに立てるんだなって思ったら、もっともっと頑張ろうって思ったの。……ねえ、アズ君。絶対に一緒のステージに立とうね?」


「ムエたん……」


 って、いやいやいや! 何をエモい雰囲気に浸ってるんだ、俺は!?

 推しから! 最推しのライバーから、一緒にステージに立とうなんて言われてるんだぞ!?

 それがなんでこんな落ち着いてって、違うわこれ!! 俺今、情緒がよくわかんないことになってんだ!! 逆に一周回って落ち着いてるだけだ!!

 でもさ、しょうがなくない!? 最推しのライバーから、一緒にステージに立とうなんて言われてるんだぞ!? どうしろと!?

 シンプルに嬉し過ぎて……、いやマジでどうしろと!?


「ん~!! なんか歌いたい気分になってきたかも。ねぇ、これから景気づけにカラオケに行かない?」


「それは……」


 申し訳ないけど一緒に行けないと、断ろうとした瞬間だった。


「あ」


「アズ君?」


「ごめん、エナ。多分大事な電話だ」


「え」


「ほら」


 そう言ってムエたんに見せたスマホの画面には、カレンちゃんからの着信を告げる通知が出ている。

 このタイミングでのカレンちゃんからの電話。そこには予感めいたものしかない。


「……わかった。じゃあ、また今度」


「うん。今日はありがとう」


「ううん。アタシも久しぶりに話せて嬉しかった」


 そう言って飲みかけのカップを手に立ち去っていくムエたんを見送りつつ、俺はスマホの画面をタップする。


「もしも──」


『ア゛ス゛マ゛さ゛ん゛──ッ!!!!!!』


「うわ──ッ!? あ」


 あんまりにもすごい声が聞こえてきたから思わず切ってしまった……。

 あ、またかかってきた。


『ア゛ス゛マ゛さ゛ん゛──ッ!!!!!!』


「えっと、……カレンちゃん?」


『そ゛う゛て゛す゛よ゛ぉ゛。な゛ん゛て゛切゛る゛ん゛て゛す゛か゛──ッ!?!?!?』


「いやだって、声が……」


 この子、普段はカワボでASMRとかやってるんだよな……?

 な、何……? この声は……? 悪魔にでも取り憑かれた……?


『うぐ──ッ。うぅ……。ぅああぁ~ん』


 な、泣いてる……?


『うぅ、ぅわあぁ。あぅう。あぁ……』


 泣いてる!?

 え、ちょ、待って──ッ!?

 何!? え、どういうこと──ッ!?


「カ、カレンちゃん……? えっと、その、お、落ち着いて──ッ!?」


 パニック!! まさしく俺は今パニックに陥っている!!

 直前までムエたんとエモい話してたのに、何だこの落差!?


『うぅ、アズマさん……。アズマさぁん』


「カ、カレンちゃん? えっと、あの、ど、どうしたの?」


『アズマさぁん』


「うん。うん。俺だけど──ッ」


『ありがとうございますぅ。うぅ、ぁああぁ、んぐっ』


「あ、ありがとうって、えっと……?」


『さ、さっき、ブイクリのぉ、堂林さんって人からぁ、メールがあってぇ……』


「あ」


『う、嘘だと思ったんですよぉ。で、でもぉ、アズマさんが戸羽丹さんからスカウトされてたしぃ、本当かもって思ってぇ、連絡したみたらぁ、うぅ……、ぐすっ』


 早くない?

 堂林さん。さすがに行動が早くない?

 俺と会ってから30分も経たないうちにカレンちゃんに連絡したってことだよね?

 ……ちょっと仕事出来すぎってレベルじゃないんだけど?


『ア、 アズマさんがぁ、わたしじゃないと、イ、イヤだって言ってたってぇ、聞いてぇ……』


 しかもその話したんかい──ッ!!

 いや待って!? ちょっと待って!?

 それめっちゃ恥ずかしいんだけど!? 


『わたし、わたし、う、嬉しくて……。うぅ…。ア、アズマさん。ありがとう。ありがとうございます。ぐすっ』


「そ、んなの、俺の方こそ。カレンちゃんがいたから、ここまで頑張ってこれたんだし。……覚えてる? デビューしたての頃。カレンちゃんだけだったんだよ、俺を応援してくれてたのは」


『そんなの、わたしだってそうですよぉ……。アズマさんがいなかったらぁ、とっくにやめてましたもん……』


「おめでとう、カレンちゃん」


『うぅ……。なんで、なんで、そんなにいっつも優しいんですかぁ……』


 ………………………………………………………………………………優しいか?

 一日一カレ虐とか言って、結構色々やってる気がするけど。


『アズマさん……』


「あ、はい。何でしょう?」


 ダメだ、冷静になるな。

 今はきっとそんな雰囲気じゃないんだ。もっとエモーションに、感情的に、雰囲気に酔う場面なんだ。


『本当にありがとうございます。わたしの夢を叶えてくれて』


「……まだ、こんなものじゃないんじゃないの?」


『え』


「カレンちゃん、前に言ってたじゃん。チャンスを掴みたいって、そして夢を叶えたいって。これは、まだチャンスなんじゃないの? 本当にこれで夢は叶ったの?」


『……アズマさん』


「俺は、まだだよ。まだなんだ。大きなチャンスは来たけど、まだ夢は叶ってないんだ。これからなんだよ、俺は。これから、もっと大きくなって行くんだ。……カレンちゃんは?」


『わたし、は……』


 ずずっと、鼻をすする声。

 きっと涙を拭いてるんじゃないかって、そんな音がスマホ越しに聞こえる。

 そして──、


『わたしも、ここからです』


 ──そんな力強い声が胸に響いた。

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