第166話 聞いてください。俺の推しがいい先輩過ぎます

「それでは、失礼します」


「こちらこそ、本日はご足労いただきありがとうございました。また改めてご連絡させていただきます」


「はい。よろしくお願いします」


「それでは、こちらで失礼します」


 そう言って頭を下げる堂林さんに見送られ、エレベーターで降りていく。

 あ~、なんか疲れた~。丁寧で話しやすい人だったけど、やっぱり初対面の人と話すと疲れるよなぁ。それに……、


『なるほど。今お使いのモデルにはそのような経緯があったんですね……。それは申し訳ありません。こちらのリサーチ不足でした』


『ああ、いえ。僕の配信を全て追うって言うのも大変だと思いますし、お気になさらないでください。……ちなみに、どうなんでしょうか?』


『どう、とは?』


『モデルの一新は無しで、となった場合、ブイクリでのデビューに影響が出たりとかってしますか?』


『ん~、どうでしょう。ちょっと色々と確認をしないといけないので、今お答えは出来ないですね』


『確認と言うと、やっぱりデビューそのものが無くなったり、とかも……?』


『あ、いや。それは無いと思いますよ。どちらかと言えば、権利的なところとかの話ですね。例えば、今ってアマリリス・カレンさんのご厚意もあって、東野さんがモデルを個人で使用しているって状態だと思うんですね。それがうち所属のライバーになるとすると、弊社とアマリリス・カレンさんの間にも色々と手続きが必要になってくるんですよ。なので、その辺が問題なさそうかとか、一度確認は必要になります』


『確かに。……そうですね』


『そんなに心配そうな顔をされないでください。東野さんにはお伝えさせていただきますが、私は前向きに進めていくつもりなので安心してください。実は戸羽丹さんからあなたの話を聞いて、何度か配信を見に行ったのですが、あなたのマネージメントをしてみたいなと思いまして』


『──ッ!?』


『あはは。いきなりこんなこと言われても困りますよね。ですが、東野さんの魅力をもっと引き出すアイデアを準備しているので、頑張らせていただきます』


『ありがとう、ございます──ッ!!』


『あなたが思っていた通りの人でよかったです。これからもよろしくお願いします』


 なんていい雰囲気で終わったけど、どうなんろうか……。


「…………」


 考えてもしょうがないか!!

 堂林さんからの連絡を待とう。それにNGですって雰囲気でもなかったし!!

 ということで、疲れたし帰りにラーメンでも食べて──、


「?」


 と思ったところで何やら肩を叩かれて……?


「や。なんだか久しぶりだな~」


「ム──ッ!?」


「あ、そっちの名前で呼ぶのはダメ。特にここは。ほら、うちの事務所以外にも他の会社のオフィスも入ってるし」


「エ、エナ」


「うん! 久しぶり。アズ君」


 なんでここにムエたんがって思ったけど、そりゃまあ事務所が入ってるビルなんだしいてもおかしくはないのか。


「行こ」


 って、……え? なんだって?


「行くって、……どこに?」


「ここじゃないとこ」


「そんな曖昧な」


「だってここだと話しにくいし」


「事務所に用事があるんじゃ……?」


「んー? どうだったかなぁ」


「どうだったかなぁって、どういうこと?」


「とにかく、行こ」


「あ、ちょ!?」


「あはは。ほらほら早く~」


「……ま、いっか」


 緊張してた直後だし、誰かと話が出来るのはありがたい。

 しかもそれが推しというね。何度経験しても、ムエたんとこの距離感で話が出来ることが信じられない。

 本当に俺の前世はどんな徳を積んだのだろうか?


「で、どこまで行くの?」


「とりあえず駅前かな~。この辺はまだ事務所が近いし。あ、そう言えばスーツって初めてだよね、見るの」


「気合い入れ過ぎたんだ……」


「どういうこと?」


「俺、今日のアポイントって面接だと思ってたんだよね」


「あ~、なるほど~。それでも気合い入れすぎだと思うけどね」


「そんなことは無いんじゃない?」


「アタシ、普通に私服だったよ。まあ、多少は気を使ったけど。この日、事務所で面接やるんで来てくださいって言われたんだけど、服装は何でもいいですって言われてたから」


「それ逆に一番困るやつだ」


「そう! めちゃくちゃ悩んだ! すっごい調べたんだけど、大体普通の面接のことしか書いてないから、オーディションの時ってどうするの!? ってなったんだよね~。いやぁ、懐かしいな~」


「というか、オーディションって直接会うんだ。ああいうとこならオンラインで面接とかやるのかと思った」


「会ったのは最後だけ! それまではずっとオンラインで話してたよ」


「やっぱり一回ぐらいは会っておこう的な感じなのか」


「人によるみたいだけどね~。地方の人とかだと、わざわざこっちに来てもらうのも大変だから、何かのイベントの時に初めてマネージャーと挨拶したって人とかもいるよ」


「じゃあ、なんで俺は呼ばれたんだろう」


「近いからじゃない? アタシもそんな感じだったし」


「そんな理由なんだ……。なんかこう、これから一緒に仕事する人とは一度は会っておかないと! みたいな理由かと思った」


「アズ君はそういう風に考えるんだ」


「元々営業やってたからね。一回は会ったといた方が色々楽だったりするんだ」


「あはは! アズ君らしいな~っと、ここだよ」


「目的地あったんじゃん」


「実はね。──ここ、アタシのお気に入りのお店なんだ。事務所に来た時はここに来るようにしてるの。他の人には内緒だよ?」


 そう言ってムエたんが扉を押し開いたのは、一軒のカフェだ。

 しかもわざわざムエたんが来ようとするだけあって、雰囲気がめちゃくちゃオシャレ!

 チェーン店じゃないから、なんか特別感があるし、確かにここは来たくなるなぁって思うような場所だ。


「席、座ってて。注文してくるから」


「だったら俺が」


「いいの。それにほら、もうすぐ後輩になるんだし。今から先輩に甘えておいてよ!」


 ああー……。そういうこと言われると、堂林さんとの会話が思い出されるー……。

 俺は絶対にカレンちゃんから変えたくないけど、デビューに向けてって考えると……。


「アズ君?」


「あ、や。ごめん。何でもない。席、座ってるね」


「? うん」


 危ない危ない。突然思い悩むなんてよくない。せっかくこんなにいい雰囲気のカフェに連れてきてもらったって言うのに。

 さっきも思ったじゃないか。考えてもしょうがないって。

 そうだよ。考えてもしょうがないんだから、いったん忘れよう!


「お待たせ~」


「ありがとうございます。えっと、いくらでした?」


「いいよ。奢ってあげる。その代わり今度はアズ君が奢ってよ」


「いや、でも……」


「いいの。それにほら、アタシのオススメを知って欲しいし」


「そう、ですか……」


 って、待て!

 今のやりとりをしてて気づいたけど、これはもしかしてアウトなんじゃないか……?

 俺としては全然そんなつもりないけど、こんなところをナーちゃんに見られでもしたら……。それはマズいよなぁ──ッ!?

 付き合う前ならまだ『推しとこんな関係に!?』って浮かれてられたけど、さすがに付き合ってからそんなことをするのは違うよな……。ここはムエたんにも事情を説明して──ッ、


「それで、堂林さんに何て言われたから悩んでたの?」


「え」


「さっき。何か引っかかることがあったんでしょ」


「あ、いや。それは別にそういうんじゃなくて……って言うか、あの──ッ」


「フメツ君から頼まれたんだよね」


「……え? 戸羽ニキ?」


 なんでいきなり戸羽ニキの名前が……?


「今日アズ君が堂林さんと会うから、様子を見に行ってあげて欲しいって。本当はフメツ君も自分で来たかったみたいだけど、収録があってどうしても無理なんだって言ってたよ」


「そう、だったんですか……。それはなんか、すみません」


「なんで謝るの~。フメツ君、めちゃくちゃ気にしてたよ~」


「や、戸羽ニキもそうなんですが、エナもわざわざ来てくれてるし」


「ん~、それで言うとアタシも気になってたしね。だって、これからアズ君が後輩になるかもしれないし! 他にも~……、ツルギ君とか雄君とかも気にしてたよ。まあ、あの2人は今日のことは知らないから、アズ君が本当にブイクリに入るのかって言ってただけだけど」


「埼京さんに英さんまで……」


「なんだかんだで皆、アズ君と一緒に活動出来るのを楽しみにしてるんだよ。だからさ、もし少しでも気になることがあるなら教えて。アタシたちで何か出来ることがあれば相談に乗るから」


「…………」


「? アズ君? どうしたの、アタシの顔をそんなに見つめてきて」


「いい先輩ムーブ過ぎてビックリした」


「ふふん。尊敬してもいいんだよ?」


「え~?」


「こらこら。そこは素直に尊敬しといてよ。予想はしてたけど、随分と生意気な後輩になりそう。可愛がり甲斐がありそうだなぁ~」


「イジり甲斐の間違いじゃなくて?」


「可愛いがってるでしょ~。ここだって奢ってあげてるんだし」


「ご馳走になります。先輩」


「尊敬してよね。後輩。……それで? 何があったの? この頼れる先輩に話してみなさいよ!」


 ……そうだよな。なんだかんだ気になってるなら、話しちゃった方が楽になるか。

 そう思った俺は、ムエたんが奢ってくれたコーヒーを一口飲み、今日のことを話し始めた。

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