第163話 俺の彼女は出来た女なんです

「ここのお店にしてよかったですね。料理も美味しかったですし、雰囲気いいですし」


「そうね。まあ、……ちょっと落ち着かないけれど」


「そうですか? 静かでいいと思いますけど」


 個室だから周りを気にせず喋ることも出来るし。


「そ、そう。ズマっちはそうなのね」


「? ナーちゃん?」


 え、どうしたんだろ。

 なんか急にソワソワしだしたんだけど……。


「もしかしてもっと食べたかったんですか?」


「何のことよ」


「あ、いや。さっき、俺の料理も食べたいって言って、ちょっと交換したじゃないですか。もっと食べたかったのかなって」


「私、そんなにいやしくはないわよ」


「いやらしくはありますけどね」


「──ッ!?」


「冗談!! 冗談ですって!! ほら、食後ですから!! ちょっと気が抜けることとかあるじゃないですか!!」


 あっぶな!?

 ナーちゃんと一緒にいるとつい配信のテンションになっちゃうな。

 特に今みたいに個室でふたりきりとかだと。


「……失礼しちゃうわ」


「あはは……」


 これに関しては誤魔化し笑しか出来ない──ッ!!


「……せっかくいい雰囲気だったのに」


「ですよね~……。大変失礼いたしました」


「ふんだ」


 あ~、……やらかしたな。

 これはやったな、俺。

 ど、どうする? どうすればいい!?


「……ふっ」


「ナーちゃん?」


「冗談よ。怒ってないからそんなに慌てないで頂戴」


「いや、まあ、……あはは。よかったです」


「焦り過ぎよ」


「それは焦りますって。せっかくのデートなのに台無しにするとこだったんですから」


「口は災いの元ってことかしら?」


「油断大敵でもありましたね」


「私としては、どっちかと言えばそっちの方が気になるのだけれど?」


「どういうことですか?」


「だって、……ふたりっきりなのに緊張感の欠片もないじゃない」


「あ」


「ふんだ」


 あ~~~~。いや、可愛いんだが?

 ちょっと顔赤くして目を逸らしてる今のナーちゃん、普通に可愛いんだが?

 って、じゃなくて!! 可愛いさにニヤついてる場合じゃなくて!!


「何、ニヤニヤしてるのよ」


 ほら、ツッコまれた!!


「あ~、や。その、今のナーちゃん可愛かったなって思いまして」


「~~~~!? い、いきなり何よ!?」


「思ったことを素直に伝えただけです」


「す、素直とか──ッ。……あ、ありがと」


「はい、また可愛い」


「──ッ!? か、からかわないで頂戴!! そ、それにこんな会話を誰かに聞かれたらどうするのよ。恥ずかしいじゃない!!」


「大丈夫ですよ。そうならないための個室ですから」


「声バレ防止のための個室でしょう?」


「まあ、それもありますね。特にナーちゃんは。人気者ですから」


「ズマっちだって同じじゃない。チャンネル登録者数、また増えてたじゃない」


「そうですね。ありがたいことにたくさんの人に見てもらってます」


 あ、そうだ。

 話の流れであの件、相談しとこう。


「ねえ、ナーちゃん」


「何かしら?」


「相談があるんですけど」


「──ッ!? けけけ、結婚はまだ早いと思うわよ!?」


「さすがに反応がわざとらし過ぎます。もうちょっと上手くボケてくださいよ」


「……それでも可愛いって言いなさいよ。彼氏なら」


「今のはさすがに無理ありますって」


「見てなさい。いつかリベンジしてやるわ。それで? 相談って何かしら?」


「あー、えっとですね。──戸羽ニキのマネージャーから一度会って話をしようって、正式に連絡が来ました」


「そう」


「驚かないんですね」


「それはそうよ。フメツもあれだけ堂々と『アズマをブイクリにスカウトする』って言ってたじゃない」


「今の、戸羽ニキの真似ですか?」


「……何よ」


「いえ」


 似てね~。全っ然似てなかった~。

 逆にツッコんだら負けレベルで似てなかった~。


「似てないのはわかってるわよ!」


「あ、自覚あったならよかったです」


「そ、そんなどうでもいいこと言ってないで、──相談って何よ!?」


「あー、いや。もし本当にブイクリからスカウトってことになったら、受けちゃっていいのかなって思いまして」


「あら、そんなこと?」


「そんなことって……」


「受けなさいよ。なんで悩むのよ。というか、悩んでたことに驚きよ」


「いやまあ、俺もそんなに悩むことなんか無いのかなって思いはするんですが……。俺みたいな個人勢からすれば夢みたいな話ですし……。でも……」


「でも、何よ?」


「やっていけるのかな、とか、そういうことはやっぱり思うじゃないですか」


「……はぁ~~~~~~~~~~~~」


「いやいやいや。そんなに大きなため息つくことあります!? これでも一応ちゃんと悩んでるんですよ!?」


「だったら何でフメツのマネージャーから連絡来たタイミングで言わないのよ。どうせもう会う約束だってしてるんでしょう?」


「う……。それは、そうですが……」


「すでにブイクリに入る気満々なんでしょう? それで何が『ちゃんと悩んでるですよ』よ」


「……今のは俺の真似ですか?」


「そうね。すでにブイクリに入った後の妄想をして浮かれてるどっかの男のモノマネね」


「そこまで言わなくてよくないですか?」


「違うって言うの?」


「いや、まあ、違うって言われればそうじゃないですけど……」


「どうせもう心の中では『スカウトってどんな感じなんだろう?』とか『これでブイクリからデビューしたらもっと人気になれるんだ』とか『初配信ってどんな感じでやろう』とか、色々と妄想してるんでしょう?」


「……うっ」


 ヤッベ~。全部見透かされてる……。

 思ったよ、全部思ったよ。

 なんなら、初配信はやっぱりちゃんと初々しい感じでやった方がいいんだろうな、とまで思ったよ。

 でもさぁ、そんなのみんな思うだろ!?

 VTuberとして個人でやってる人なら、誰だって大手事務所からスカウトされた時の妄想ぐらいするだろう!?


「まあ、これでスカウトを断るなんて真似をしたら……」


「したら……? もしかして別れる、とか言います……?」


「言おうと思ったけど、……それは言いたくないわ。そんなことで別れるなんて、絶対イヤよ」


「あ、はい」


 待ってね!? その反応はその反応で情緒が追い付かないと言うか、どう応えればいいのかわからないから!!


「わか、別れるは絶対にない、けど……、えっと、……こういう時ってなんて言えばいいのかしら?」


「それ、俺に聞きます……?」


「悩んでるって言ったのはズマっちじゃない! せっかくだからズマっちの要望通りに励ましてあげるって言ってるのよ!!」


「なんで若干逆ギレ気味なんですか!?」


「ズマっちがキレさせるようなことをしたってことでしょ!?」


「今の流れは絶対に違いますよね!? 俺、何もしてないですよね!?」


「あなたがカッコつけて『俺、悩んでるんだ』とか言い出すからでしょう!?」


「そんなスカしたこと言いました!? もうちょっとシリアスじゃなかったですか!?」


「いいえ、言いました。絶~対に、言ってました~!! これが配信だったら、全リスナーが私に同意してたわよ!!」


「はいはい、わかりかました。わかりかました。言いましたよ! でもじゃあ、ナーちゃんは別に反対ってわけじゃないんですね!?」


「するわけないじゃない。一体何年、イラストレーターやVTuberをやってると思ってるのよ。チャンスが来ないままくすぶってる人をどれだけ見てることか」


「説得力が段違いですね」


「掴めるチャンスは掴みなさい。あ、ただしうまい話に乗るのはダメよ。それは絶対に裏があるから。ちゃんとしたチャンスは、その先でもちゃんと頑張らないといけないの」


「はい。わかってます」


「なら、いいわ。自信持っていいわよ。だって、あなたは安芸ナキアの、か、彼氏、なんだから……」


「あ~、……そこは噛まないで言って欲しかったですね。さすがに」


「う、うるさいわね!! とにかくズマっちなら大丈夫って言ってるのよ!! 変に悩んだってしょうがないんだから、頑張ってみなさいよ!!」


「はい。ありがとうございます。ナーちゃんが俺の彼女で、よかったです」


「~~~~~~ッ!? や、やっぱりスカしたこと言うじゃない!!」


「え~、噛みつくのそこですか? あ、じゃあもう一個スカしてみていいですか?」


「な、なによ……」


「この後のデート、……手をつないでいいですか?」


「今のはスカしてないんじゃないかしら?」


「……正面からツッコむのやめてください」


 恥ずかしいから!!

 さすがに今のは自分でもやったなってわかってるから!!


「ま、まあ、でもいいわよ? 手ぐらいならつないであげても」


「……ありがとうございます」


 なんか締まらないけど、……まあいっか。

 ということで、この後は手つなぎデートを堪能しましたとさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る