第162話 オフで会ったことはあるけど、デートは初めてなんだよなぁ!?

「ま、待たせたかしら?」


「いえ、俺も今来たところです」


「嘘ね」


「なんでですか!?」


「だ、だって、まだ約束の30分前じゃない」


「そこは言わないでおくものじゃないんですか!?」


「30分も前に来てるなんて、ズマっちってばどれだけ楽しみだったのよ」


「それはナーちゃんも同じじゃないんですか?」


「そ、そんなこと──ッ。……そうよ。悪い?」


「~~~~~~っ!! 悪くないです」


 あ~~~~。……どうしよ。

 付き合ったからなのか、最近のナーちゃんはちょいちょい素直になることが多くて困る。

 ……何て言うか、可愛くて困る。

 前は一言ったら十言い返してきたりしてたのに……。何てことだ。


「……実は私も楽しみだったのよ? だって、初めてのデートだもの」


 ほらな!? ほらな!?

 なんか素直なんだって最近のナーちゃんは!!

 出会ったばかりの頃なんて、『だって私は安芸ナキアなのよ?』なんてイキってた癖にさぁ!?

 あ~、でも待ち合わせを人通りの多い駅前にしてよかった。

 周りに誰もいなかったら思わず抱きしめてたかもしれない。

 ……せめて今日は手を繋ぐぐらいはしたいよな。


「服、似合ってますね」


「そ、そうかしら? よかったわ」


「──ッ」


「? ズマっち?」


「あ、いや、なんでもないです」


 本当は何でもなくないです。思わず心臓が止まるかと思いました。

 だってさぁ、すっごい嬉しそうにはにかむんだよ!?

 そなんの見せられたらさぁ……。

 あー、ヤッバ。

 やっぱりオフで会うのは違うな。通話とかチャットとかだとわからない反応が見れてめっちゃいい。

 そっか、ナーちゃんって通話してる時、こんな表情だったんだ。


「それじゃあ、行きましょうか」


「ええ、そうね」


 ……さりげなく手をつないでみればよかったかも。

 いや無理だな。

 こんなに緊張しててそんなこと出来るはずがない。

 別にオフで会うのも初めてじゃないのに、いざデートってなると、こんなに緊張するもんだっけ!?

 ダメだ。社畜時代は仕事漬けで出会いなんて無かったから、こういう時どうすればいいのかわからなくなってる……。


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


 あっれー? おかしいな。

 なんかこう、会話が続かないと言うか、そもそも言葉が出てこないと言うか、前はこうやって街を歩いてる時も色々と喋れてたはずなんだけど……。


「…………」


「…………」


 横目に見たナーちゃんもなんかいつもと雰囲気が違う。

 おとなしいというか、清楚というか、なんか、静かだ。

 普段なら往来でしたらマズいことになりそうなことを言ったりしてたんだけど……。

 な、ん……? なんだ……? なんでこんな雰囲気になってる……?

 付き合って初めてオフで会ってるからか……?

 こ、これが、初デートだからってことか──ッ!?


「は、晴れてよかったですね」


「そうね」


「…………」


「…………」


 会話終了──ッ!!

 え、嘘? 嘘だろ……?

 待て待て待て。絶対に外すことのない天気の話題だぞ?

 ここからいくらだって広げようはあるはずだぞ?

 元営業のトークスキルはどこにいった!?

 配信者の雑談スキルはどうしたんだ!?

 意味もなく言葉を並べることにかけては得意だと自負してなかったか!?

 よ、よし! こうなったら外すことのない話題その二である、昨日の夕飯トークだ!!


「ナーちゃん」


「何かしら?」


「昨日の夕飯って何食べました?」


「食べてないわ」


「え、そうなんですか!?」


「ええ」


「実を言うと俺もなんです」


「そうなのね」


「はい」


「…………」


「…………」


 そして会話は終わる。

 って、おい──ッ!!

 俺!! 何やってんだ!!

 自分から話を振っておいて、昨日は夕飯食べてないってどういうことだよ!?

 いや、自分が食べてないのなんてわかり切ってるんだから、フるなよそんな話題を!!

 何が、外すことのない話題その二、だ!!

 思いっきり空振りしてるじゃないか!!

 というか、晩御飯を食べてなかった理由を聞かれたら何て答えるつもりだったんだ!?

 緊張しててご飯が喉を通らなかったって正直に言うのか!?


「って、そう言えば昨夜はミチエーリさんと一緒にいたんでしたっけ?」


「え、ええ、そうね。そ、それが何か?」


「俺も連絡したら、今一緒にいるからって断られたので、てっきりご飯でも食べに行ってるのかと思いまして」


「……行ったけど喉を通らなかったのよ。デートだって思ったら緊張したし……」


「え、なんですか? すみません。小声だったので、ちょっと聞き取りづらくて」


「何でもないわ!! ズマっちこそ、ミチェに何の用だったのよ」


「あー、いえ、何て言いますか……」


 今日のデートについて相談しようと思った、なんて言ったらダサいか……?


「何よ。秘密なの?」


「いえ! 決してそういうわけじゃないんですけど、……ちょっと恥ずかしいと言いますか。ええ」


「私、か、彼女なのよ──ッ!?」


「今度は大声ですね!? そんなに大きな声じゃなくても聞こえますよ!?」


 わ、隣にいた女性2人から見られた。ちょい恥ずい……。


「う、うるさいのよ」


「~~~~っ。ナ、ナーちゃん?」


「……何よ。はぐれちゃうかもしれないでしょ」


「それは、そうかもですが……」


 んん!? この人は俺の情緒を破壊しようとしているのか!?

 めっちゃ遠慮がちに服の裾をつまんで来たんだが!?

 マンガとかアニメでしか見たこと無いことしてるんだが!?

 ……いやまあ、嬉しいけどね!? 手は繋げてないけど、これはこれで嬉しいよ!?

 でもさ!! 感情を抑えるのが死ぬほどツラい!!

 あ~、クソ。今日が家デートだったらよかったのに。そしたら思いっきり抱きしめられたのに……。

 なんかなぁ。彼女になってからナーちゃんの可愛さが留まるところを知らなくてしんどい……。あとで戸羽ニキにチャットしとこ。俺の彼女が可愛すぎるって。


「そ、それで? ミチェには何て連絡したのよ」


 服の裾をつまみながら、恥ずかしそうに目線を逸らしながら、でもチラチラこっちを見ながら、顔を赤くしてそんなことを聞いてくるナーちゃんを形容する言葉を、俺は『可愛い』しか知らない。

 余りにもボキャ貧!!

 安芸ナキアを言い表す言葉を俺は持っていない!!


「ねえ、聞いてる?」


 そうやってちょっと唇を尖らせるのすら、全部が全部『可愛い』としか言えない。

 本当になんで? なんでこんなに言葉が出てこない……?


「ねえってば。聞いてる?」


「──ッ!! 聞いてます、聞いてます!! すみません。ちょっと幸せに浸ってました」


「何よ、それ」


「……あー、いや。まあ、いいじゃないですか、それは。で、えっとミチエーリさんに連絡した理由ですよね」


 えー、言うの?

 めっちゃ恥ずかしいんだけど……。

 でも、今ちょっと無視しちゃったみたいになっちゃったしなぁ。

 これ以上変に誤魔化すと、ナーちゃんが不安になっちゃうかもしれないし……、言うか。


「あー、その、何て言いますか、今からめっちゃ恥ずかしいことを言うんですけど……。その、今日が楽しみ過ぎて、でもなんか失敗したら嫌だから、行く予定にしてたお店のこととか、来ていく服とか、ちょっと相談しようと思いまして……」


「へっ!?」


「いやまあ、これから行くお店はナーちゃんと一緒に決めたんで絶対に大丈夫なんですけど、何て言うか、ええ、まあ、……楽しみだったので」


「な、何言ってるのよ! こんなところでいきなり!!」


「聞いてきたのはナーちゃんじゃないですか!」


「そ、そうだけれど!!」


 あー、顔アッツい!!

 今日ってなんか気温高かいんだっけ!?


「わ、私だって楽しみにしてたわよ!!」


「いーや、俺の方が楽しみにしてました」


「絶対、私よ。だって、楽しみ過ぎて、昨日の晩御飯食べられなかったんだもの」


「いや、えぇ──ッ!?」


「……嘘だと思うならミチェに聞いてみなさいよ」


「さすがにそこまではしませんけど……。なんて言うか、照れ臭いですね」


「……そうね」


「…………」


「…………」


 そしてまたまた沈黙。

 でも、さっきの緊張しての沈黙とは違う!!

 今はもうただただ恥ずかしいって言うか、照れ臭い!!


「つ、着きましたね」


「ええ、そうね」


「あ」


「? なによ」


「いえ、何でもないです……」


 ナーちゃんがつまんでいた服の裾から指を放してしまった……。

 まあ、しょうがないんだけどさ。

 なんかさみしいなって思っただけ。


「何してるの? 入りましょう」


「はい」


 ……やっぱり今日のデートで手ぐらいは繋ぎたいよな。

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