第161話 夢のような夢じゃない出来事

『久しぶりッスねぇ、アズマ。オレらのこと覚えてます?』


「いや、ちょぉっと記憶に無いので、自己紹介お願いしてもいいですか?」


『OK、OK。今日はそういう感じってことッスね!? さすがはオレらからフメツを寝取った男ッスね』


「待ってください!? 寝取った!? 俺が? 戸羽ニキを!?」


『ああ! その通りだ!! 最近そう言われてるのを知らないのか!?』


「全く知りませんが!? え、本気で言ってます……?」


『捨てられたと言われることも多いぞ!』


「捨てって、ええ──ッ!?」


 いやいや、本当に待って!?

 配信開始早々、話題が不穏過ぎるんですが!?

 久しぶりに埼京ツルギさんと英雄さんに誘われたから、今日のコラボはかなり楽しみにしてたのに、……あれ? もしかしてこれは、校舎裏に呼び出された的な……?

 となると、さっきの自己紹介のフリって、だいぶイキってた……?


『ということで今日はクロファイでアズマをボッコボコにしゃーす』


『フメツを奪っただけではなく、俺たちのことを忘れていたようだから、その身にしっかりと刻んでやろうじゃないか!!』


 やっぱり振り方間違えてた──ッ!!

 ディスコードで『久しぶりにコラボどうッスか?』って、埼京さんから連絡来て浮かれてる場合じゃ無かったんだが!?

 おいおいおい、死んだって俺。今日が東野アズマの命日だって!!


「って、違くないですか!? 俺が寝取ったとか、奪ったとか、それは違くないですか!? 戸羽ニキが勝手に参戦してきたんですよ!?」


『雄、俺やっぱ悔しいッスよ。こんな責任逃れするような奴にフメツを取られたなんて──ッ!!』


『ああ、ツルギ。俺も同じ気持ちだぜ!! しかもだ。フメツを奪っておいて、女子を何人も侍らせていたんだからな!! 許せるはずがない!! そうだろう!? 俺のチャンネルを登録している童貞のみんな!! 俺だって美少女とイチャイチャしたいのに!! どうして──ッ!?』


「本音はそっちですよね!? 戸羽ニキが取られたからとかじゃないですよね!?」


『だったとして一体何だと言うんだ!! どっちにしろ俺たちにボコボコにされることには変わりないのに!!』


「いや、英さんがそんなにハーレムしたいなら、俺から《企画屋》に頼んでみてもいいかなって思ったんですが、ボコボコにされるんじゃこの話は無しですね」


『アズマ!! 俺たちは親友だ!!』


「秒で肩組んで来ましたね!? 手のひらの返し具合がとんでもないですよ!?」


『よくよく考えればアズマはモテの師匠だからな。弟子が師匠に逆らうなどはあってはならないはずだ!!』


「つい数秒までに自分が何を言ってたか覚えてますか?」


『忘れた!!』


『ちょいちょいちょい!! 雄!?』


『どうした、ツルギ』


『どうしたもこうしたもないッスよね!? 今日、何のために配信すると思ってるんスか!?』


『忘れた!!』


『……っ、コイツはマジで』


「埼京さん、2人で英さんボコしません……?」


『あ~……、ワンチャンありッスねぇ』


『やめるんだ、2人とも!! 争いからは何も生まれないぞ!!』


「争いを生み出す発言をしてる人が何か言ってますね」


『オレ、わかったッス。争いの発信源を潰せば平和になるんスよ』


「確かに。それは言えてますね」


『あいつの名前、英雄って書いて“はなぶさ ゆう”って読むんスよ。自分を犠牲にして世界を平和にする系の英雄だったみたいッスね』


『お、おい、ツルギ……? お前は一体何を言っているんだ……?』


『雄。お前のことは忘れないッスよ』


『待て! 待つんだ!! 考え直すんだ!!』


『オレ、頭よくないんスよね~。考えるより感じたままに生きてるんス』


『俺の命の鼓動を感じろ!!』


『これから消える音ッスね』


『ツルギ──ッ!!』


『さ、始めるッスよ。世界を平和にするための戦いを』


 ……おもろ。

 いや、知ってたけど、改めて黙って聞いてると面白過ぎないか、この2人。

 さすが戸羽ニキと揃ってブイクリが誇るトップVTuberたちだ。

 これ全部アドリブで配信してるって、ちょっと嫉妬するぐらいの面白さなんだけど!?


「あ、本当に2対1のチーム戦でやるんですね」


『慈悲はいらねッスよ』


『卑怯だぞ、ツルギ!! それが“最強”の名を冠する男のすることか!?』


『や、俺は“埼京”なんで。一回も“最強”なんて名乗ったことないッスよ?』


「そう考えると、常に英雄を名乗り続けてるのってすごいですね」


『俺は“はなぶさ ゆう”だ!! “えいゆう”なんて名前じゃない!!』


「ちなみに埼京さんは何を使うんですか?」


『無視をしないでくれ!! 可愛い弟子の言葉だぞ!?』


「もし弟子だとしたらとっくに破門してます」


『なんでだ!?』


「争いを生むような人は……。ということで、《企画屋》へ話を通す件も無しですね」


『なんでだ!?』


「争いを生むような人がラブコメ主人公になんてなれるわけないじゃないですか。ラブコメは基本的に博愛ですよ」


『…………………………………………。今日の配信、俺は一体何のために頑張ればいいんだ…………?』


「汚名返上じゃないですか?」


『名誉挽回ってことッスね』


『俺もそこそこVTuber歴が長いけど、配信始まって15分でそこまで言われたのは初めてだぞ……?』


『よかったッスね。まだまだ成長できるってことッスよ』


「トップVTuberでありながら常に上を目指すその姿。勉強させてもらいます」


 とまあ、そんな感じで始まった配信だけれど、やっぱり2人とも多くのチャンネル登録者数を誇るVTuberだけあって、配信中もバンバン取れ高作るし、俺のことも遠慮なくイジってくれるから、やりやすいことこの上なかった。

 本当に配信が上手いなって思わされることは何度もあったし、それ以上に一緒に配信をしててめちゃくちゃ楽しかった!


「今日は誘っていただき本当に嬉しかったです」


『オレらも楽しかったッスよ!』


『またそのうちやろうじゃないか!!』


「はい! ぜひやりましょう!!」


『そいじゃあ、今日はこんな感じで。あざっした!!』


『お疲れ!! またな!!』


「埼京さんも英さんも、リスナーさんたちもあざまるうぃーす!! また次の配信で!!」


 思えば埼京さんと英さんから配信に誘われたのも、彼らにも何かしらの予感があったのかもしれない。

 さすがに都合が良過ぎるとは思うけれど、それでもそう思いたくなるようなタイミングで戸羽ニキからとある連絡が入った。

 ディスコードに届いたチャット。

 2人とのコラボ配信が終ってから30分も経たずに届いたそれは、俺がVTuberとして活動を始めた時には考えもしなかったものだった。

 ……いや、違うか。

 妄想はした。ただ、それは夢なんて呼べるほどに前向きなものじゃなくて、自分だってそれを目指すことなんて無理だって思っていた。

 それでも心のどこかで『もしかしたら……』なんて思っていたものだ。

 だから、それは夢じゃなくてただの妄想。

 そう、思っていたはずのものだった。


『うちのマネージャーがアズマと一回会ってみたいってさ』


 息が止まるかと思うような連絡だった。

 だって正直なところ、戸羽ニキがラブコメ主人公企画に参加してきたときに言っていたことなんて、半信半疑だったんだ。

 ラブコメ主人公企画の前に、カレンちゃんと話はした。

 有名になれたらって。チャンスを掴めたらって。

 でも、本当にそんなチャンスが来るなんて、自分の人生にそんな幸運なことが起こるなんて、心のどこかではありえないと思っていた。


『スケジュール調整したいから、予定教えてよ』


 それがまさか、本当に現実になるなんて……。

 未だに夢だと思う俺に、戸羽ニキの最後の一言が『そうじゃない』と告げて来る。


『ブイクリに来なよ。歓迎するよ』

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