第155話 これは決してエッチでセンシティブな配信ではありません!!

「あの、ちょっと休憩してからでもいいですか……?」


 さすがにナーちゃんとのやりとりがカロリー高過ぎた。

 いや、その前の戸羽ニキからテンションおかしかったけど!!


「残念だけどアズマ。それは許されないみたいだ」


「なんでですか!?」


「進行の都合、だそうだよ」


「そんな無慈悲な……」


 ちょっとぐらい、ほんのちょっとぐらい休ませてくれてもよくない!?

 もうだいぶ息も絶え絶えなんだけど!?


「それに、彼女は期待してるんじゃない?」


「彼女? 期待?」


 くいっと戸羽ニキが示す先を見れば、カレンちゃんがビクッと肩を跳ね上げる。


「ななな、なんですかぁ!?」


「まだ何も言ってませんが!?」


「わ、わたしもナキア先生みたいにしようっていうんですかぁ!? あ、あんなエッチな……、エッチな……」


「顔真っ赤にするなら言わなければよくないですか!?」


「誰のせいだと思ってるんですかぁ!? わたしたちもいるのにあんなに、あんな……。あ、あんなにエッチなのはダメだと思います!!」


「そうだそうだー! もっと言ってやれー!」


「……ムエたんまで」


 というか、待って。

 途中から本当にテンパって気づいてなかったけど、そんなにヤバかったの!?

 コメント欄は、……見るのやめとこ。

 なんかものすごくショックを受ける予感しかしないし。


「ダ、ダメですからね!? 本当にダメですよ!?」


「そこまでダメダメ言うってことは、逆にフリだったりは……」


「するわけないじゃないですかぁ──ッ!?」


「ですよね!? そうですよね!? フリなんかじゃないですよね!?」


 うわぁお、剣幕がものすごい。

 えー、というかどうしよう。

 もういっそのことこのままやめてしまうか?

 企画崩れだけど、このまま続けるわけにもいかないし……。


「あ、アズマ。『逃げるなよ』って《企画屋》の2人から連絡来てるよ」


「見透かされてます!?」


「む。なんですか、アズマさん。《愛してるよゲーム》をやめようとしてたんですか?」


「いや、だって。ねえ……?」


「あれぇ、アズマさんってば、一体いつからそんなに逃げ腰になったんですかぁ?」


「む。エッチなのはダメって言ったのはカレンちゃんじゃないですか」


「……エッチなのはダメだけど、『愛してる』って言うのをダメって言ったつもりはないもん」


「いや、もんって……」


 急にそんなこと言われてもさ。


「それともアズマさんはナキア先生にしか、『愛してる』って言えないんですか?」


「おっと、それはつまり……、そういうこと?」


「『そういうこと』ってどういうことですか!? 戸羽ニキ!?」


「そういうことは、そういうことだよ。ね、ムエナちゃん?」


「うーん。そうだね。それはつまり、そういうことだね!」


「ムエたんまで!?」


「アズマさん。そういうことなんですか?」


「いやいやいや、もうわかんないですから!! 『そういうこと』が乱用され過ぎてて、何の話してるかわかんないですから!! 話題が行方不明です!!」


「全然行方不明じゃないですよぉ。アズマさんが素直になれば、すぐに終わりますし。さあ、どうなんですか!?」


「カレンちゃんがいつになく攻めて来るんですが!?」


「いつまでもカレ虐されてるだけのわたしだと思わないことですね!」


「ここぞとばかりに、今までの復讐をしようとしてます!?」


「これからは一日一アズ虐の時代です!!」


「そんな時代は俺が認めません!! まだまだ一日一カレ虐がトレンドだってことを教えてあげましょう!!」


「やれるものならやって──、」


「カレンちゃん、愛してますよ」


「ふぇえ……?」


 わ、思ったより瞬殺だった!?

 即堕ちの速さが他の追随を許さない!!

 さすがはカレンちゃん!!


「あ、あい、あいいい????」


「愛してます」


「あぅあぁあ???」


「愛してますよ、カレンちゃん」


「あぇあぅあぁあ……???」


 おお、これはこれで新鮮な反応で面白いな。

 ……もうちょっと色々試してもいいかな? いいよね? だってカレンちゃんだし!!


「カレンちゃん。……愛してます」


「ひぇあぇぁああ????」


 なるほど。耳元で囁くとこんな感じの反応になるのか!!

 それじゃあ、次は……。


「なんか、ナキア先生とは別の意味で見てはいけないものを見ている気分になるね。って、ムエナちゃん?」


「あ、──ッは!? え、な、なに? フメツ君!?」


「……ガン見し過ぎじゃない?」


「してないから!! そんなことしてないってば!!」


「……本当に?」


「本当だから!! 今だってその……、そう!! アイドルとしての売り出し方をね!! 色々と考えてたんだよ!! フメツ君との関係性とか、ナキア先生の時みたいにピュアな感じもいけるな、とか!! そんな感じ!!」


「今のアズマは?」


「ド、ドSな攻め系……?」


「つまりムエナちゃんは攻められたいと」


「言ってないから!!」


 なるほどな~。ムエたんはそういうのが好みなのか。

 いつぞやのシチュエーションボイスにも、ちょいちょいそういうS系? なやつがあったっけか。

 それはともかくとして、カレンちゃんはと言えば……。


「あぅあぅあ……。──ッは!?」


「あ、気が付きました?」


「わ、わたしは今一体何を。き、記憶が。ここ数分の記憶がありません!?」


「それはさすがに盛りましたよね」


「なんでそういうこと言うんですかぁ!? せっかくなかったことにしようと思ったのにぃ!!」


「無駄ですよ、カレンちゃん。いくらなかったことにしようとも、アーカイブにはしっかりと残ります」


「……今の全部配信に乗ってるんですか?」


「当然です」


「……黒歴史だぁ」


「その程度で凹むとは、まだまだですね、カレンちゃん」


 俺が一体これまでどれほどの黒歴史を配信に乗せてきたことか。

 もう思い出したくないし、今更黒歴史のひとつやふたつ増えたところで誤差としか思わない。


「無駄に無敵感ありますね」


「無駄とは何ですか、無駄とは」


「だって本当のことですしぃ」


「そんなこと言っていると、また愛を囁いて脳みそ溶かしますよ?」


「うわぁ、最低の脅し文句だぁ……」


「言語能力を喪失してた人が何か言ってますね」


「あ、あれは!! そういうのじゃなくてですねぇ!! えっと、その……、ア、アズマさんもまだまだですねぇ~。あんな囁きじゃ、耳の肥えたリスナーは満足しませんよ?」


「カレンちゃんはとてもご満悦な様子だったと思いますが?」


「いえいえいえ。フリですよ、フリ。大体、配信でASMRをやってるわたしが、アズマさん程度の囁きでどうにかなると思ってるんですかぁ?」


「なってましたよね、どうにか」


「だからフリなんだってばぁ!! こ、これからわたしが本物の囁きというものを体感させてあげますから、覚悟しててください」


「すごいですよね。そこまでフラグとしか思えないことを言えるって。ある意味才能だと思いますよ」


「フラグじゃないですから!! いいですか、いきますよ?」


「……どうぞ?」


 って、近くない!?

 さっきのナーちゃんもめちゃくちゃ近かったけど、カレンちゃんはさらに近いってか、……当たってるんだよなぁ。なんて言うかこう、柔らかい感触がさ、感じるんだよ腕に。

 これわざと? それともテンパって気づいてないだけ?

 いずれにしろ、本当にVTuberでよかった。

 こんなハグ一歩手前みたいな絵面をリスナーに見られたら、どんなことになるか想像しただけで怖い……。


「愛してます」


「……っ」


「愛してますよぉ」


「──ッ」


「アズマさん。愛してます」


「く──ッ」


「ふ」


「!?!?!?!? ちょ、息は反則ですよ!? というか今、笑いました!?」


「いいえー? 笑ってなんかないですよ? ただまあ、ピクピク反応しつつ我慢してるアズマさんが面白かっただけです」


「言いましたね?」


「言ったらどうなんですかぁ?」


「次は俺のターンです!! ……愛してます」


「ん──ッ」


 クソ!! 今度は耐えられた!!


「ふっふ~ん? そ、そんなものなんですか? だったら次はわたしの番ですね。……愛してます」


「う、く……」


「我慢しなくていいんですよ? アーズマさん。……愛してます」


「だ、誰も我慢なんかしてませんけど? 俺の番、いきますよ。……愛してます」


「ぅ、やぁ……」


「おっと、今の反応を見るに、ボチボチ我慢の限界なんじゃないんですか?」


「そ、そんなことありませんけどぉ?」


「え~? 本当ですか? 愛してます」


「──んっ」


「もう限界なのはわかってるんですよ。ほらほら、もう我慢なんてやめたらどうですか?」


「ふ、ふん。アズマさんこそ。さっきから必死に我慢してるじゃないですか。手を力いっぱい握ってのはバレバレなんですからね?」


「カレンちゃんこそ。ギュッと目をつぶってるじゃないですか。バレバレなのはそっちも同じですよ!!」


 結局この後も煽り合いは続き、気が付けば《愛してるよゲーム》が何かの我慢大会になっていたと言うね。


「もうちょっと素直にカレ虐されてればいいものを──ッ!!」


「いつまでもやられっぱなしのわたしじゃないんですよぉ!!」


 2人して体を震わせながら、そんな負け惜しみを言い合うのだった。

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