第144話 主人公が悩み始めれば、ラブコメは決着へと向かっていく

 ……どうするかなぁ。


「う~ん……」


 俺は1人部屋の中で唸りを上げる。

 ちょっとは喉も労わった方がいいという、戸羽ニキやムエたんのアドバイスに従い、久しぶりに配信の予定を入れずに一日を過ごしているわけだが……。


「う~ん……」


 サムネを作ったり、各配信についたコメントを見て回ったり、Twitterでエゴサをしてたけどやることがなくなり、テキトーにゲームをしているのだが、どうにも気がそぞろで集中出来ていない。

 というのも、作業している時に来た《企画屋》の2人からのチャットが原因だ。


『ぶっちゃけて聞くけど~、誰かに告白するの~?』


『ラブコメ主人公企画もそろそろ長くやっているからな。ボチボチ何かしらの決着をつけた方がいいと思っている』


 まあ、それはそうだろう。

 最初こそ勢いがあったものの、さすがに企画自体が間延びしてきた感があるし、何より目に見えて視聴回数が減っている。

 今、あの企画で一番伸びてるのは戸羽ニキたちとの歌練習配信になっちゃってるし、何て言うかラブコメ主人公企画ってお題目が崩れてしまっている気がする。


「とは言えなぁ……」


 決着。決着ねぇ。

 ラブコメの決着と言えば、そんなのもうひとつしかない。

 主人公がひとりのヒロインを選ぶことだ。

 これまでの数々のイベントをこなしてきた中で、主人公がヒロインを選ぶ。

 古今東西のあらゆるラブコメ作品がそうしてきた。

 だからこそ、ラブコメ主人公として企画に参加している以上は、そうした決断をしないといけないのかもしれない。


「う~ん……」


 だけど、それは同時に誰かを選ばないということ。

 そして俺たちはVTuber。

 もし仮に配信内で誰かを選ぶ決断をしてしまったら、選ばれなかった誰かは、ずっとフラれた側としてリスナーたちの記憶に残ってしまう。

 正直、悩む。

 ……いいのか、それは? と。


「わかんないな……」


 ラナさんやミチエーリさんがあれだけ言ってきても、なんだかんだ場を濁してきたのはそれが原因だ。

 果たしてそれはしてしまってもいいことなのだろうかと、そう思ってしまう。

 何万人もの人が見てる前で誰かを選ぶ。もしくは選ばない。

 それはどうしたところで今後のVTuber活動に影響を及ぼすことになる。

 よくも悪くも。相手にも、そして俺にも。


「だったら何で企画にOKしたんだって話なんだけどな」


 最初は大したことない企画だと思っていた。

 でも、そういう趣旨の企画なのだから、いつかはこうした場面に遭遇することがわかっていたはずだ。


「違うな。そうじゃないよなぁ……」


 ブツブツと呟き続けながら、ほぼ無意識でゲームをプレイする。

 おかげで普段ならしないようなミスをする。

 でも、コントローラーを持つ手は止まらない。

 目はモニターの中の出来事を捉えながら、それでも頭の中で考えるのは彼女たちのことだ。


「う~ん……」


 企画にOKした時と思い違いをしていたこと。

 それは、思いのほか彼女たちが本気だったことだ。

 企画なのだから、と甘く考えたいたのは自分だけだった。

 配信を重ねるごとにそう痛感するようになった。

 カレンちゃんもナーちゃんも、何だったら戸羽ニキやムエたんもだ。

 みんながみんな、思っていたよりずっと本気だった。

 だからこそ、半端なことはしちゃいけないと思う。

 でもそうすると、本気にちゃんと応えようとすると、それはきっと誰かを傷つけることにもなってしまう。


「逃げた方がいいのかな。ラブコメ主人公らしく、ヘタレな決着をした方がいいのかな」


 ラナさんに怒られようと、ミチエーリさんに怒られようと、リスナーたちから叩かれようと、俺がヘタレなラブコメ主人公を演じれば、それでいいのか……?

 それこそ、『え、なんだって?』とか言いながら逃げればいいのか……?


「って、そんなわけないよなぁ」


 そんなわけない。

 絶対にそんわけは、ない。

 だってみんなあれだけ本気なのだ。

 それなのに逃げるような真似で終わらせたら、そっちの方が傷つけてしまう。

 自分たちの想いはそんなものだったのかと、そんな応え方をされてしまうものなのだと、そう思わせてしまう。

 それだけはしちゃいけない。しちゃいけないってわかってはいるんだけど……。


「う~ん……」


 結局悩みは堂々巡りだ。

 みんなが本気だからこそ、ちゃんと応えたい。

 でも、俺が応えることで少なくない影響が出てしまう。

 いっそのことVTuber活動をしてなければなんて、しょうもないたらればすら脳裏に過る。


「本当にラブコメ主人公だったらよかったのに……」


 作者でもプレイヤーでもいい。

 誰かが結末まで導いてくれるなら、どれだけ楽だったろうか。

 だけど俺はそうじゃない。

 誰かが描く物語の主人公としてじゃなくて、俺自身としてちゃんとみんなに向き合わなければならない。

 そして、俺自身の気持ちとも……。


「って、気持ちは決まってるっての……」


 なんでこの期に及んで、まだ好きな人がいないように振る舞おうとしてるのかなぁ、俺は。

 本当はちゃんといる癖に。

 彼女と付き合えたらって、一体何度考えたと思ってるんだよ。

 それともあれか?

 根っからのラブコメ主人公だってことか?

 どれだけ自惚れてるんだよ、それは。

 もうさっさと告白すればいいじゃないか!!

 って、自分自身に言いたいんだけど──、


「あれだけのリスナーが見てる中で告白……? 無理でしょ、それは」


 テレビや配信サービスでやってる恋愛リアリティショーをたまに見てたけど、きっと出演者もこんな気持ちなんじゃないだろうか。

 やらせだの、引き延ばしだの言われながらも中々気持ちを伝えないのって、結局怖いからじゃないんだろうか?

 だって、不特定多数の人が見てるんだよ?

 そんな中で告白って、どんな鋼メンタルだよ。


「怖すぎて無理なんだが……」


 だったらいっそのこと全員フるとか……?

 で、裏ではこっそり『炎上すると嫌だからフリました』って言うとか……?

 それで好きな人に『配信ではああ言ったけど、実は本当に好きなんだ』って告るの……?

 いや、無い。それは一番無い。

 それが一番ダサい。


「あ~──、告るしかないのかぁ」


 どう考えてもそれが一番いい気がする。

 いい気はするんだけど、……一番勇気がいるだろ。

 だって、今だって告白したわけでも何でもないのに、そのシーンを想像しただけで震えてるんだぞ!?

 何人ものリスナーが見てる中で告白なんて、そんな真似が出来るわけないだろ!?

 俺のメンタルはそこまで強くないぞ!?


「大体どうなんだ、ガチ告白って。あんまりガチ過ぎても引かれるだけじゃないか……?」


 そうだよ。うん、やっぱり無い無い。

 誰も俺が告白するシーンなんて見たがらないって。

 それに相手だって困るだろうし……、それにさっきも考えたじゃないか。

 ガチ告白して、変な印象がついたらこれから先のVTuber活動にだって支障をきたすって。

 そう、俺たちはVTuberなんだ。

 リスナーさんたちにエンタメを提供する存在なんだ。

 それが自分の気持ちを優先するなんて、そんなのは違うよな!!


「いや、でもなぁ……」


 VTuberだからこそ誠実にって言うのもあるんじゃないか?

 だってリスナーさんたちの中には、本気で彼女たちの恋愛を応援してる人だっているかもしれないし、何より俺がただのリスナーだった時に何て思ってた?

『あのてぇてぇカップルが本当に付き合ってたらいいよな』って思ったことが一度だって無いって言えるか?

 アバターを使いキャラクターを演じているからこそ、演者が透けて見える。

 色んな個性の演者が集まってるからこそ、たくさんの人間模様が見られる。

 だからこそ俺はVTuberにハマったんじゃないのか?

 そしてそれは、てぇてぇ関係も同じじゃないのか?

 俺が一番楽しいと思っていたことを、VTuberになった今だからこそリスナーに届ける。

 それで、いいんじゃないのか……?


「う~ん……」


 どうするのがいいのか答えは出ない。

 俺は一体どうすればいいんだ……?

 どうするのが、正解なんだ……?

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