第143話 俺たち2人なら、絶対に負け知らず

「ちょっとアズマも限界っぽいので、今日の歌練習配信はこの辺で終わりにするね~」


「みんなありがとー!! 次もよろしくね!!」


「げほっ、すみません。これからも頑張るので、引き続き応援よろしくお願いします!! げほっ、今日もあざまるうぃーす!! げほっ、げほっ──ッ!!」


「ちょっとアズマ無理しないで」


「お水! とりあえずお水飲んで!!」


 リスナーさんたちを心配させちゃうような終わり方になっちゃったな。

 あとでTwitterでフォローしとかないと……っ。


「ありがとうございます。もう大丈夫です」


「う~ん、ちょっとペースを考えた方がいいかもね」


「そうだね。《歌ってみた》を出す前に何かあったらマズいし」


「俺なら大丈夫ですよ。今日はちょっと気合を入れ過ぎただけなので」


「そうやって無茶をしたら、活動休止になったりするんだよ。アズマだって見たことあるだろ。喉の調子が悪くなってしばらく活動出来なくなったVTuber」


「それは、確かにそうですね……」


「アズマさんがめちゃくちゃやる気なのは嬉しいけど、それで活動休止になったらアタシたちは悲しいよ」


「……わかりました」


 せっかくいい調子で来てたから頑張りたかったんだけど、戸羽ニキとムエたんにそんなこと言われたら難しいよな……。


「……しょうがない。アズマ、この後は予定ある?」


「戸羽ニキ?」


「アズマを元気にしてあげるものがあるんだよね」


「フメツ君それって」


「え、何々? ムエたんまで。何かあるんですか?」


「ちょっとね。でも、そろそろ君にも伝えておいていいかなって思って」


「……何か覚悟しておいた方が話ですか?」


「あはは。悪い話じゃないよ。でも、そうだね、アズマにはこれからも頑張って貰わなきゃって話にはなるかな」


「きっとビックリするよ! でも、大丈夫だから安心して!」


「そんなこと言われたら逆に怖くなりますよ! え、何!? 何ですか!?」


「いいから。その前に僕、お腹空いたよ。どこかご飯でも食べに行かない?」


「えぇ~、この流れでご飯ですか? めちゃくちゃ気になるんですけど……」


「いいからいいから。あ、あとこれ。アタシのお気に入りののど飴。はい、あ~ん」


「え」


 いや、ムエたん……?


「あ~ん」


「……恥ずかしいんですが」


 戸羽ニキも見てるし。


「……僕、トイレ」


 ほらぁ、あからさまに意識されたし!!


「アズ君。あ~んは?」


「いや、だからムエたん……」


「今はふたりきりだから『エナ』」


「いや、だからね……?」


「あ~ん」


「……あ~ん」


「うん! はい、どうぞ!!」


「……んぐっ。あ、美味しい」


「でしょ? 今度アズ君の分も買ってきてあげるよ!」


 いやまあ、それは嬉しいんだけど、ちょっとこう、色々と自重しない……?

 最近、裏で戸羽ニキからめちゃくちゃ聞かれるんだからね!?

 脈絡もなく『で、誰と付き合うの?』とか聞かれた時のプレッシャーって、結構エグいんだからね!?

 いやまあ、俺のせいって言われたらそれまでなんだけどさ!!

 ……というか、本当にそろそろハッキリさせないと色んな方面から怒られそう。ラナさんとかミチエーリさんとか、主にその辺に。


「……もういい?」


「なんでそんな入ってきかたなんですか!? もっと堂々としてくださいよ!!」


「わかんない?」


「いえ」


「だよね。これで『わかんない』って言ったら、さすがに僕もアズマを怒るよ」


 ……あと、戸羽ニキからも怒られそう。

 どこかでちゃんと伝えないといけないんだろうけど、どうしよう……。


「じゃあ、行こっか!」


「ムエたんってすごいですよね」


「ん? 何が?」


「いや、いつも通りだなって思って」


「? アタシはいつでもアタシだよ!」


 あ~、クソ。意識してるのは俺だけか!?

 変にモヤモヤしたせいでなんか調子狂うな!!

 切り替えていこう!!


「で、どこに行きます?」


「この時間だしファミレスとかでいいんじゃないかな?」


「いいね! なんだかスタジオ帰りのバンドみたい!!」


「スタジオ帰りなのはその通りですね」


「どうせならバンドもやる?」


「この上、楽器まで練習するんですか? 歌だけで精一杯なのに?」


「意外と楽器の方はすんなりいっちゃうかもね。そしたらアタシ、ドラムがいい!」


「意外な選択」


「ですね。ギターとかキーボードとか行くのかと」


「だって、女性ドラマーってカッコいいじゃん! それにほら、アタシがギターまでやっちゃったら、2人がモブになっちゃうし」


「言いますね」


「でも確かにムエナちゃんがギター持ったら、華がありそうだよね」


「でしょー? あ、ちなみに外にいるときはアタシのことは『ムエナ』って呼んじゃダメだからね」


「わかってるよ。ついでに、『エナ』って呼んでいいのはアズマだけなんだろ。『センカちゃん』」


「さすがフメツ君! よくわかってるね!!」


 とかなんとか適当なやりとりをしつつ入ったファミレス。

 さすがに時間も遅いしお客さんはまばらだ。

 って、なんか久しぶりだな、こんな時間に誰かとファミレス来るの。

 社会人時代なんて、この時間からどっか行くってなったら大体居酒屋だったし。あと、たまに焼肉。ストレス発散になるからね。


「ドリンクバー、いる?」


「さすがにいいかな。って、東君? どうしたの?」


「いや、なんか学生時代に戻ったみたいなやりとりで懐かしいなーって」


「急におじさんっぽいこと言い出したね」


「でもわかるよ! ちょっと懐かしいよね!」


「お金ないから無駄にドリンクバーだけで駄弁ったりしませんでした?」


「あー、したなー。ドリンクバーでオリジナルドリンク作ったり」


「知ってます? アイスコーヒーとアイスティーを混ぜると、死ぬほど不味くなるんですよ」


「スプライトと白ぶどうジュースの組み合わせは最強だったよ」


「たまにドリンクバーがないファミレスとかありませんでした?」


「あったあった! ガッカリ感ハンパないよね!」


「わかります! え、ここないじゃんってなった時って、めちゃくちゃテンション落ちますよね!!」


「そうそう! あの頃はドリンクバーのあるファミレスが正義だったからなぁ」


「懐かしいですねー」


「あ、またおじさんっぽくなった」


「しょうがなくないですか? 何だかんだ一回社会に出たんですし」


「ドロップアウトしたけどね」


「それは言わないでください。そういう戸羽さんはどうなんですか?」


「僕は東よりもっとしょうもないよ。ずっとプラプラしてたから」


「へぇって、エナ? 何してるの?」


 さっきから黙ってると思ったら、親指と人差し指で作った四角形の向こうから覗き込んできて。


「んー? やっぱり正解だったなーって思って」


「正解? 何が?」


「ねえねえ、戸羽君。先に教えちゃってもいいかな?」


「あー、確かに。いいか」


「え、え。何ですか? あ、さっきスタジオで言ってた話?」


「そうそう。はい、アズマ。これ」


「イヤホン?」


「そ。まずは聞いてよ」


「? わかりました」


 言われるままイヤホンを耳に入れる。

 OK?と確認してくるのに頷いて返すと、戸羽ニキがスマホを操作し、そして音楽が流れて来る。


「あ」


 その曲が何かはすぐにわかった。

 子どもの頃に親が見ていたドラマ、その主題歌になっていたものだ。

 今ではすっかり有名になった女優が若手だったころのドラマで、有名なアイドルグループの2人が共演していた。

 作品のストーリーは、1人のいじめられっ子の女子を学内で人気者だった主人公がプロデュースをしていくというもので、話が進んでいくにつれて登場人物たちそれぞれが成長していくという、いわゆる青春学園ものだ。

 そしてドラマの主題歌だった曲は、当時子どもだった俺でも口ずさめるぐらい、流行った。


「いいアレンジだと思わない?」


 曲の向こうから微かに聞こえて来る戸羽ニキの言葉に、しんみりと頷いて返す。

 今となってはどこか懐かしさを覚える曲に、まだ歌は乗っていない。

 それでもこの曲で俺たちが歌うことが出来たら、きっとリスナーたちも喜んでくれるんじゃないかと、そう思えるいいアレンジだ。


「いいですね、これ」


「提案したのは、アタシだよ。歌詞も2人のイメージにピッタリだし、そこまでテンポも速くないから、アズ君でもちゃんと歌えると思ったんだ」


 あ、だからさっき『正解だったな』って言ったのか。

 でも確かに。この選曲は文句のつけようがない。


「さすがは敏腕トレーナー兼プロデューサーだよね。この曲でいこうって言われた時、僕も即決だったよ」


「ちなみにこのアレンジって……」


「アタシたちの箱にMIXとか得意なライバーがいるから、2人のイメージでアレンジを頼んじゃった。もうこれしかない! って思って相談も無しに進めちゃったけど、どうかな……?」


「めっちゃいいと思います!」


「よかった~。思いついた瞬間、ピンと来ちゃってやっちゃったから、反対されたらどうしようかと思ってたの~」


「でも、」


「なに……?」


「戸羽さんに先に相談したんですね」


「あ~……、ね?」


「そこはね、何て言うか。たまたま、ね?」


「そう、たまたま! たまたま箱内でのミーティングがあって、戸羽君もいて、話の流れで、……うん。ごめん」


「別にいいですけどね。……でも俺も《L⇔Read》の一員なんですけどね」


「だからごめんって!! 次はちゃんと相談するからぁ!!」


「2人して俺に秘密にしてたんですね」


「あ、ほら! デザート! デザート好きなの頼んでいいよ!! 僕らが奢るからさ!!」


「ステーキも追加する? いいよ! 今日はアタシたちが奢るから好きなの頼んでいいよ」


「いいですよ、別に。そんなの」


「ねぇ~、ごめんってば~!!」


「悪かった。本当に悪かったって!! あ、そうだ!! 今度の歌練習配信の時には僕が手料理を作ってきてあげるからさ!! だから機嫌直して~」


「ぷっ」


「アズ君?」


「アズマ?」


「どんだけ慌ててるんですか。外でその名前で呼ばないでくださいって言ったじゃないですか」


 戸羽ニキもムエたんも必死になだめて来るんだもん。

 あ~、おっかし~。


「はぁ~。ねえ、やめてよそういう冗談。僕、本気で焦ったじゃん」


「あはは! ちょっとぐらいはいいじゃないですか。でも、本当にいい曲ですね。俄然やる気になってきました」


「だったらちゃんと喉も労わりながらやらないとね。アタシも2人が歌う最強の《歌ってみた》を楽しみにしてるんだから!」


「はい!!」


 うん。本当にいい選曲だよ。

 だって俺、戸羽ニキと2人なら他の誰にも負ける気しないし。

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