第142話 構ってくれなくても、さみしくなんかないんだから!!
「その日は無理って、この間だってそうだったじゃない!! じゃあいつだったらいいのよ!? わからないって……。もういいわよ、バカっ!! そんなに歌の練習がしたいなら勝手にすればいいじゃないっ!!」
響く声は怒っているようで、どこかさみしそうだった。
控えめに開いたドアから中を覗けば、ナキアが作業机を思いっきり叩いたところだった。
「あの~……。ご飯、出来ましたけどぉ」
「──ッ!!」
うひっと漏れそうになる声を必死に抑える。
幾度となく修羅場をくぐってきたであろうナキアの迫力は、カレンを震え上がらせるには十分なものだった。
「……あら、いたの?」
「え~……。ナキア先生が呼んでくれたんじゃないですかぁ。ご飯作ってあげる代わりにイラストのアドバイスくれるって」
「──ああっ!! そうだったわね。ごめんなさいね。私、集中すると色んなことを忘れちゃったりするのよ」
「今のは集中って言うよりは、怒ってたんじゃ……」
「うるさいわね。おっぱい揉むわよ」
「え~……、セクハラじゃないですか~……」
どうしよう……。そんな思いが胸に湧きあがる。
憧れの先生の家にお邪魔出来たと思ったら、なんだか思っていたのと違う展開で戸惑うばかりだ。
「ちょっとナキア。それは無いと思うよ。ナキアが招待したんでしょ?」
「ミチェ。なんでアンタまでいるのよ」
「……これだから。ごめんね、カレンちゃん。ナキアってこういう人なの。才能の代わりに大事なものが欠けてるんだ。社会性とかコミュ力とか」
「ああ、いえ、その、それはそれでカッコいいって言うか、クリエイターっぽくて憧れるって言うか、……納得するって言うか」
「……どういう意味よ」
「なんか、ナキア先生っぽいなぁって」
「あなたが私をどう思っているか、聞いておく必要があるみたいね?」
「──ひッ」
まさかリアルで悲鳴を漏らすほどの迫力を感じることがあろうとは。
「もー、いいでしょ、そんなの! どうせナキアのイメージなんてたかが知れてるんだから。それよりご飯食べよう。カレンちゃんがすっごく美味しそうなの作ってくれてるよ」
「そんな大したものじゃないですよ! 簡単にパパっと作っただけですから!!」
「やめてあげて。そんなこと言われたら、自信なくなっちゃうから。ナキアの」
「何よ。ミチェだって大して料理出来ないじゃない」
「誰がオムライスを教えてあげたと思ってるの?」
「む~」
「え、ナキア?」
「ナキア先生?」
なんだろう、その反応は。
「……オムライスの話はいいでしょ。ご飯食べるわよ!! ふんっ、手料理まで作ってあげたのに何なのよ、一体……」
わ~、わかりやすい。
ブツブツぼやくナキアを見て、思わずそう思ってしまうカレンだった。
そんな反応をするということは、絶対にアズマ関連で何かあったに違いない。
もしかしたらさっきの電話の相手がアズマなのかもしれない。
「む」
そう思ったらなんだかちょっと腹が立ってきた。
アズマは最近全然通話なんかしてくれない。だけどナキアとはしている。
確かにナキアは憧れの先生だ。だけど、……女としてはまた別だ。
自分より他の女性が優先されて気持ちいいはずがない。
「それで、なんでそんなに怒ってるわけ?」
「……なんでもないわよっ」
「なんでもなくないじゃん。せっかくカレンちゃんが美味しいご飯を作ってくれたのに、そんな顔して食べてたら失礼でしょ」
「……ふんっ」
「ナキア~。子供じゃないんだから」
「クリエイターはいつだって心に子供がいないとダメなのよ」
「アズマさんのことですよね?」
「──むぐっ!?」
本当にわかりやすいな、この人は。
思わずそう言いたくなるような反応だった。
咳き込むナキアが慌てて水を飲むのを待ちつつ、カレンは作った料理を一口食べる。
……アズマさんなら、もうちょっと濃い味付けの方が好みだよね。
そんなことを思いながら。
「……ズマっちが悪いのよ。次のコラボ予定を決めたいのに、歌の練習で忙しいって言うから」
「あ~……」
「わかります!! 次いつやります? って聞いても、今ちょっと忙しくてって断ってくるんですよね!?」
「あ~、こっちもか……」
「そう! そうなのよ!! じゃあ、いつならいいの? って聞いても、いやちょっと忙しくてってばっかりで!!」
「そうなんですよ!! アズマさんに合わせますよって言ってるのに、ちょっと今はって断って来るんですよ!? なんなんですかね!?」
「忙しいのはこっちも同じだっての!! 合間を縫ってスケジュール調整してるのよ!? なのに全部断って来るってどういうつもりよ!!」
「本当ですよ! それに今、企画中なんですよ!? なのに全然配信の予定立てないし、やる気あるんですかって話ですよ!!」
「自分はラブコメ主人公なんて気取っちゃってね!! 何よ、ヒロインならいつだって主人公を優先すると思ってるわけ!? 私たちは二次元じゃないのよ!?」
「そうですよ! 現実にそんな都合のいいヒロインなんているわけないじゃないですか!!」
気が付けば料理を食べることすら忘れ、ヒートアップしている。
そうなのだ。ナキアの言う通り、アズマは全然こっちのことなんて考えてないのだ。
自分の都合ばかり優先して私を一体何だと思っているのかと、常々モヤモヤしていたことがここぞとばかりに爆発する。
「じゃあ、企画やめるって言えば?」
「いや、それは……」
「そういうことじゃなくてですね……?」
しかしそんな爆発もミチエーリの一言で途端に収まってしまう。
「さみしいんだね、2人とも。アズマさんが構ってくれなくて」
「何言ってるのよ、ミチェ!! そんな、そんなわけないじゃない!!」
「そうですよ!! だだ誰が、さみしいって言ったんですか!?」
「妄想も大概にして欲しいわね!! さみしくなんかないわよ!!」
「そーですそーです。アズマさんに放っておかれたからって、さみしいなんて思うはずないじゃないですかぁ!!」
「顔真っ赤にして言っても説得力ないよ。ナキアも、カレンちゃんも」
「う、うるさいのよ……」
「そんなんじゃないもん……」
「素直にさみしいってアズマさんに言えばいいのに」
「な、なんで私がそんなことを──ッ!!」
「そ、そうですよ!! そんなこと言えるわけないじゃないですかぁ!!」
「素直に言えばアズマさんがコラボしてくれるかもよ?」
「ふ、ふん。だからどうしたって言うのよ」
「あ、わたし今チャット送りました」
「え」
「あ、ごめんって返信来ました。コラボ、明日出来るそうです。……はい、もちろんです、と。……ふぅ。あれ、どうしたんですか? ナキア先生。こっち見て」
しかも何だかワナワナと震えている。
カレンは恐ろしいものでも見たようなナキアを横目に、料理へと箸を伸ばす。
自画自賛するが、やはり美味しい。
「やっぱり素直な女の子の方がモテるよね~」
「わ、私も──ッ!! ああでも、今送ったら二番煎じって思われないかしら……」
「変にプライドが高いと生きるの大変そうだよね~。やっぱり人生は素直さが大事だよね~。あ、カレンちゃん。これ美味しいよ」
「本当ですか!? よかったです! ちょっと味付け自信なかったんですけど」
「え、これで!? めちゃくちゃ美味しいよ!!」
「やったー! そうやって褒めて貰えると嬉しいです!!」
「わ、私も送ったわよ!! 見なさい!!」
「……ナキア」
「……あ~、ナキア先生って」
「な、何よ!?」
「『エッチなイラスト描いてあげるからコラボしなさい』は、さすがにないと思います」
「うっ」
「どうしてこう、素直になれないんだろうね。ナキアは」
「ぐっ。って、見なさいよ。ちゃんとズマっちから返信来たわよ!! 私もコラボするわよ!!」
バーンと自慢げにナキアが見せて来るスマホの画面。
そこにはアズマとのチャットでのやりとりが表示されていた。
それを見て、カレンは悟った。
「ナキア先生とてぇてぇしてるアズマさんって、実はめちゃくちゃすごいことしてます?」
「あ、気づいた?」
「だってこのやりとりすごいですよ。なんで今の誘い文句で、『ナーちゃんとのコラボも頑張らなきゃいけないのに、戸羽ニキたちとの方ばっかりになっててごめん。さっきの電話もごめん。俺も本当はナーちゃんとコラボしたいんだけど……。怒らせちゃったのに都合がいいかもしれないけど、明後日とかどう?』って返って来るんですか?」
「すごいよね。アズマさんって」
「察してるってレベルじゃないですよね。ていうか、なんでわたしには『いつも誘ってくれてありがとう。明日はどう?』だけなんですか? なんか扱いに差がありませんか!?」
「ふふん。私の方がズマっちに大事にされてるってことかしら!?」
「いえ、違いますね。すみません、勘違いです。言い直します。わたしの方がアズマさんとの距離感が近いってことですね。ふふん」
「はぁ──ッ!? 何様のつもりよ! そんなこと言うならイラストのアドバイスしてあげないわよね!?」
「え~、せっかくお礼にアズマさんの好きな味付けの料理とか教えようと思ってたんですけど、ナキア先生がそう言うならしょうがないですね。今日はこれで帰ります」
「待ちなさい!! ちゃんとアドバイスするわ。だからもうちょっといなさい。ね?」
わ~、本当にわかりやすい。
そう思うカレンであった。
「ていうか、イラスト描くならアズマさんの《歌ってみた》のサムネイラスト描いてあげればいいのに」
「──ッ!?」
「──ッ!?」
「それよ!!」
「それです!!」
「ちょっと、ズマっちにチャットを送るんだから邪魔しないで頂戴!!」
「わたしの邪魔してるのはナキア先生じゃないですか!!」
「なによ!!」
「なんですか!!」
──その後、約2時間に渡って妨害し合った結果、カレンとナキアは2人で一緒に描くことを決めるのだった。
『本当ですか!? 2人にサムネを描いて貰えるなら、より一層練習を頑張らなきゃですね!』
アズマからのそんな返信に、2人は至極ご満悦な笑みを浮かべる。
「……アズマさんはいつまでラブコメ主人公なんてやってるつもりなんだろ」
そんな2人を見て、ミチエーリは誰にともなく呟くのだった。
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