第141話 アニキのアツい気持ち

「アズマって意外とお腹ぷにぷになんだね」


「──ッ!? 戸羽ニキ!? どこ触ってるんですか!?」


「人気出たからってちょっといいもの食べ過ぎてるんじゃない?」


「だからお腹触りながら言わないでくださいってば──ッ!!」


「え~、いいなぁ。アタシも触りたい」


「絶対ダメですからね──ッ!?」


「トレーナー兼プロデューサーとしてアイドルの健康状態は把握しておかないといけないと思うんだ」


「セクハラを正当化しようとしてません!?」


「じゃあ、代わりにアタシのお腹触る? ちゃんとトレーニングしてるから大丈夫だよ!!」


「何一つとして大丈夫じゃないですよね!? スタジオでオフ配信してるんですよ!? そんなこと言ったら燃えるじゃないですか!!」


「燃え尽きなければ大丈夫!!」


「全っ然大丈夫じゃないですからね──ッ!? 今配信中なんですよ!?」


「アズマ。それは配信外ならいいってこと?」


「そんなわけないでしょう!? 燃やそうとするのやめてくれません!?」


「あ、いいよ。今の感じ。そういう風にお腹から声を出すのが大事だから、今の感覚忘れないで」


「……急に真面目なアドバイスやめてくださいよ」


 直前のやりとり思い出して!

 そんなテンションじゃなかったじゃん!!

 ギャップあり過ぎてついて行けないよ!?


「はい。じゃあ、今の感じでもう一回発声練習してみよう」


「わかりました。いきますよ。──あっ、えっ、いっ、うっ、えっ、おっ、あっ、おっ」


「どう思う? ムエナちゃん」


「発声は大丈夫! 次はリズムの取り方を確認してみよう!」


「はい!」


 って、意気込んだのはいいんだけど……。


「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


「いや、あの。なんていうか、……すみません」


 あんまりにも壊滅的過ぎて戸羽ニキもムエたんも言葉を失うというね……、

 やっぱり俺に歌は無理なのか……。


「違っ!! アズマさんが謝らないで!!」


「ですが、俺の歌が下手なのは事実ですし……」


「だからこれから上手くなっていくんだってば!! 大丈夫。任せてよ!!」


「はい。ありがとうございます……」


「だからそんな顔しないでってば。ね? 一緒にがんばろ。アズマさん」


「……はい」


 ムエたんはそう言ってくれるけど……。


『これは……』

『さすがにヤバくね?』

『いつもの楽しい配信が見たいな』


 コメント欄でもそう言われてるし……。

 ……うん。やっぱり違うよな!

 こんな配信誰も望んでないし、いつもみたいな配信した方がみんなも楽しいよな!

 ほら、このまま盛り下がったら《企画屋》の2人やカレンちゃん、ナーちゃんにも迷惑がかかるかもしれないし。


「あの、こんなことは非常に言いにくいんですけど……、」


「諦めないよ」


「……っ!?」


「……フメツ君」


「アズマには酷だし、リスナーさんたちにも申し訳ないけど、──僕は諦めるつもりないよ」


「だけど……」


 と、弱音を吐きそうになった俺を、戸羽ニキの一瞥が射貫く。

 なんで、そんな目をしてるんだ……。

 こんなに配信の空気は冷え切ってるのに、戸羽ニキだけがアツい……っ。


「言ったでしょ。この企画に参加する時に。『アズマ、君を奪いに来た』って。本気なんだよ、僕は」


「……戸羽ニキ」


「……フメツ君」


「まだそんなに長くないかもしれないけど、これまでVTuber活動を続けてきた。ツルギとか雄とか、僕の周りにいるライバーが頑張ってきたのも見てきたし、僕自身頑張ってきた。だから見てくれる人も増えたし、応援してくれる人もたくさん出来た」


「……」


「……」


「だけど、最近たまに思うようになったんだ。なんか物足りないなって。ありがたいことに今も伸びてるし、たくさんの人が応援してくれてるのは嬉しい。だからこそちょっと甘えてるって言うか、見て貰えるのが当たり前って感覚になっちゃってて……。本当にごめん。アズマや今頑張ってる人がいるのにこんなこと言ったら、すっごく失礼になるって言うのはわかってる! でも──ッ」


「……」


「……」


「もっと新しいこととか、何か挑戦出来ることとかって無いかなって思ってて。いや、本当にごめん。いきなりこんなこと語りだして。興味ないよね、僕の話なんか」


「いえ、そんなことないです。聞かせてください、戸羽ニキの話」


「アタシも聞きたい。フメツ君がどうしたいのか」


「僕はさ、嬉しかったんだよね。アズマが出てきてくれたのが。クロファイで凸って来て、一緒にEX.の大会に出て、その後なんか自分でクロファイの企画をしてって。すごいワクワクした。アズマが頑張ってると、なんか楽しいことがあるって思えた。だから何て言うか、──アズマと一緒にやりたいって思ったんだよね。もっと色んなことに挑戦したいって言うかさ。だから僕は、諦めたくない。アズマと一緒に《歌ってみた》を出したいし、その先も一緒に何かをやってみたい」


「……戸羽ニキ」


 ……知らなかった。

 そんなことを思ってたんだ。


「ごめんね、いきなり。こんな話するつもりなかったんだけど、なんか雰囲気的に諦めたくないって思ったら、つい……」


「いや、そんな……。謝らないでください。というか、俺の方こそすみませんでした。今ちょっと、諦めそうになってました」


「あ、やっぱり?」


「正直そうですね。俺に歌は無理だろって、思ってました」


「壊滅的だしね」


「そうですね。壊滅的ですね」


「頑張りたくない?」


「いえ、頑張ります」


「やりたくないって、思ってない?」


「さっきまでは。今は違います」


「頑張ってくれるの?」


「もちろんです」


「僕と一緒に?」


「はい。戸羽ニキと一緒に」


「って、ちょちょちょ! 待ってよ! アタシは!? アタシもいるよね!?」


「「あ」」


「2人揃ってその反応なの!? 仲間外れにしないでよ!!」


「してないしてない、ちょっと忘れてただけ。ね、アズマ」


「そうですね。ちょっと忘れてただけです」


「アタシってアズマさんの最推しじゃなかったっけ……?」


「戸羽ニキの情熱が推しへの愛を上回った瞬間ですね」


「まあ、アズマと過ごした時間は僕の方が長いからね」


「……アタシ、ヘラっていい?」


「「あはははははっ!!」」


「うわ、サイテー! 2人して笑わなくてよくない? 女の子が傷ついてるんだよ!?」


「ごめんごめん!! ほら、アズマもちゃんとムエナちゃんへの愛を伝えないと!」


「大丈夫ですって! ほら見てください、この写真。俺のPCデスクはムエたんへの愛で溢れてますから!!」


「えー、すごい! アズマさんってアタシのこと大好きじゃん!!」


「……僕のグッズはひとつもないんだね」


「あ」


「……なんかヘラってきた」


「いやいやいや、さっきまでのアツさは!? 戸羽ニキ!?」


「僕もアズマからの愛を感じたかった」


「《歌ってみた》を出すじゃないですか!! 俺の初めての《歌ってみた》はムエたんじゃなくて戸羽ニキですよ!!」


「!? そっか! そうだったね!! よーし、アズマ頑張ろう!!」


「ふーん。アズマさんってそうなんだ。……なんかテンション落ちてきたなぁ」


「めんどくさいなアンタら!! というか、なんですかさっきから! 人の愛を試すようなことばっかり!! 俺が2人をどれだけ好きか伝わってないんですか!?」


「だってさぁ~……」


「なんかねぇ~……」


「めんどくさ──ッ!? え、何? なんなんですか、それ!!」


「だって、僕じゃないライバーと楽しそうに配信してるしさぁ~……」


「コラボは戸羽ニキ限定でやれと!?」


「アタシじゃないライバーとてぇてぇしてるし、なんかなぁ~……」


「だからそういうこと言うと燃えますよ!?」


「「はぁ……」」


「いやいやいや、ため息つかれても困りますって!! 2人は俺にVTuberをやめさせたいんですか!?」


 コラボするなてぇてぇするなって、俺VTuberとして何も出来なくなるよ!?


「そういうわけじゃないけど、……伝わらないんだね、気持ちって」


「そういうわけじゃないの。そういうわけじゃない。……だけど。ね?」


「めんどくさいな、本当に!! ほら、さっさと歌の練習しますよ!!」


「じゃあ、次はアズマのアツい気持ちを聞かせてよ」


「なんでですか!?」


「だってほら、アタシたちヘラっちゃったし」


「本気で言ってます!?」


「あ、ダメだ。このままじゃヘラって力が出ない~」


「助けて~、アズマさ~ん」


 ああもう! なんなんだ今日の2人は──ッ!?


「俺は戸羽ニキとムエたんと武道館でライブがしたい──ッ!!」


「よーし!! よく言ったアズマ!! トップアイドル目指して頑張ろう!!」


「任せて!! その夢を叶えるのがトレーナー兼プロデューサーの役目だよ!!」


「とんだ茶番ですね!?」


「そんなことないよ。ほらほら、練習を再開するよ」


「アズマさん、休憩はもう終わりだよ。いつまでそうしてるの?」


「なんで俺がサボってる風なんですか!?」


 まあ、それはともかく。

 戸羽ニキのあんなアツい気持ちを聞いたら、諦めるなんて、やめるなんて言えないよな。

 ……歌、頑張ろう。

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