第140話 どれだけ苦手でも、頑張りたい理由がある
「~♪ ~~♪」
「なんか楽しそうだね」
「な~に~? アズ君ってば気になるの? えっへっへ~」
「ホントにご機嫌じゃん。嬉しいことでもあった?」
「……誰にも言わない? 秘密にするって約束できる?」
「約束する」
「じゃあ、はい。イヤホンして」
「……」
「? アズ君?」
「ああ、いや。何でもない。ありがと」
意識してるのは俺だけなんですかねぇ!?
もう勘弁してくれ。エナの距離感って本当に心臓に悪い。
いきなり、はいイヤホンなんて差し出されたら、硬直するに決まってるじゃん!
電車の中だから物理的にも距離近いんだから、ちょっとはさぁ。ねえ!?
「した? イヤホンちゃんとした?」
「ばっちり」
「じゃあ、流すね」
『たくさん頑張ってる君のこと、俺は本当に応援してるんだ。だからお願いだ。無理だけはしないでくれ。エナにはずっと俺の推しでいて欲しいんだ』
「──ッ!?!?!?!?!?」
声を出さなかった俺を誰か褒めて欲しい!!!!
てかさぁ──ッ!!
「エナ!?」
「あ、正解。それ正解。小声で叫ぶの正解。……あはは」
「危うく叫ぶとこだったよ!? というか、何聞かせてるのさ!」
「ん? アズ君から貰ったシチュエーションボイス」
「普通、本人に聞かせる?」
「だって気になるって言ったのはアズ君だし~」
「こんな悪用するなら二度と送りません。というか、これを思い出してニヤニヤしてたの?」
「そんな言い方しないでよ! 思い出して幸せな気分に浸ってたんだから。それにそんなこと言っていいの? このボイスのお礼にまたお弁当作ってあげようと思ったのに」
「……そもそもこのボイスが弁当のお礼なんですが?」
「うん! ありがと! すっごい嬉しかった!!」
「……俺は現在進行形で恥ずかしいよ」
ああもう! こんな使われ方するなら録るんじゃなかったよ。
「でもすごいよねぇ。ちゃんと《シチュエーションボイス100選》を全部やってくれたんだから。実は乗り気だったんじゃないの?」
「テンションが上がってだけだよ」
「ふぅん。そんなにアタシのお弁当が美味しかったんだ」
「というか、めちゃくちゃ嬉しかった。あの弁当を食べてる時、俺は間違いなく世界一幸せだった」
「──ッ!?!?!?!?!? な、な~に言ってんの、いきなり。世界一幸せとか、そんなの……」
「エナ。顔真っ赤」
「だ、だから!?」
「仕返し成功」
「──アズ君!?」
「あ、ここじゃない? 降りる駅って」
「あ、ホントだ。って、ちょっと待ってよ──ッ!」
ヤバい。やり過ぎたかも……。
降りるとき、周りのお客さんからすっごい見られてた。
すみません。ちょっと調子に乗り過ぎました……。
「……本当に2人で来るとはね」
……うわぁ、戸羽ニキの視線が誰のより刺さる。
これ絶対に待ち合わせ場所に遅れてきたからじゃないよね。
「違うんですよ。たまたまです。たまたま」
「たまたま待ち合わせして、たまたま一緒にランチしてから来たんだよ!」
「エナ──ッ!!」
「でも事実だし~」
「……僕、邪魔かな? いない方がいい? 帰ろっか?」
「ちょちょちょ! 待って待って! 誘ってくれた人がいなくならないでください!!」
「まさかそんなデートの口実に使われるなんて思わないしさぁ」
「デートじゃないですって!」
「じゃあ、なんなの?」
「見て見て。このお店に行ってきたの。すっごいオシャレじゃない? ランチメニューも美味しかったんだ~」
「……こんなところ、デート以外の何で行くの?」
「エナ。さすがにこれ以上はやめよう。申し訳なくなってくるから」
「だって他に話せる人いないんだもん」
「……信頼されてるんですね。さすがです」
あ、本気で言ってる? って目で見られた。
いやその、何て言うか本当にすみません……。
「はぁ。嬉しいような虚しいような……。あ、そうだ。僕のことは外では戸羽(トワ)って呼んでね」
「わかりました。俺のことは──、」
「アズ君はアタシが呼んでるから別のにしてね」
「とのことなので、東(ヒガシ)でお願いします」
「なんかさぁ、君らってあれだね。配信より日常の方がガチ感あるね」
「あはは……」
「ほらほら、あんまりお喋りしてると遅れちゃうよ!」
「ちょっと、エナ! 手引っ張らないでって!」
ビックリしたぁ!!
いきなり手を握らないでくれない!?
「……僕。本当に邪魔じゃない?」
後ろで戸羽ニキが落ち込んでるし──ッ!!
「ねぇ~、早く~」
「……そう言うなら、手を離して」
「? なんで?」
「戸羽さんがかわいそうだから」
「え~。……ダメ?」
──ッ!! かっわいいねぇ!?
「んんっ」
いやいや、しっかりしろ俺!
戸羽ニキをこれ以上いたたまれなくするんじゃない!!
「む~。ダメなの?」
「……ダメです」
「どうしても?」
「……どうしても」
「そ」
ねえ!? 俺どうすればいい!?
誰か教えてくれない!?
「なんかごめんね。僕がいるばっかりに」
「……いえ、こちらこそ」
とかなんとか、戸羽ニキに対して非常に申し訳ない気持ちになりならがやってきたのは、とあるスタジオだ。
「で、本っ当にやるんですか?」
「アズマ。ここまで来てまだ冗談だと思ってるの?」
「あ、もう呼び方戻すんですね」
「一刻も早く戻したかったんだよ。だってさぁ……」
戸羽ニキがチラリと視線を向けた先では、エナもといムエたんが背を向けて準備に勤しんでいた。
このスタジオに来るまで死ぬほど『アズ君』って連呼してたことを言ってるんだろうなぁ。
そして俺に『エナ』って呼ばせまくってたことを言ってるんだろうなぁ。
「……なんかすみません」
「謝るってことは自覚あるってことだよね?」
「何のことかはわかりませんが、まあ、はい。そうですね」
「付き合ってるの?」
「ちょ、戸羽ニキ──ッ!?」
「大丈夫だよ。ムエナちゃんには声、聞こえてないから。で、どうなの?」
「……付き合うまでは、いってないです」
「ラブコメ主人公は企画だけにしておいた方がいいよ。リアルでそんなことしてたら、女の子を泣かせちゃうことになるから」
「……はい」
「相談なら乗るから。いつでも言ってよ。──ムエナちゃん。こっちの準備OKだよ!」
「こっちもOK! じゃあ、とりあえず歌ってみようか!!」
うっと、ムエたんの声に思わず全身に緊張が走る。
「アズマ。固いよ」
「……緊張してますから」
「まずは試しに歌ってみるだけなんだから、リラックスしていこう」
「はい!」
「だから力入ってるって。深呼吸、深呼吸」
って言われても緊張するもんはするって!
だって歌だよ!?
俺が死ぬほど苦手なことを、しかも戸羽ニキとムエたんが見てる前でやるんだよ!?
無理やぁ……。
ムエたんが一緒にランチに行ってくれるって条件に釣られちゃったけど、やっぱり歌はやめない!?
「大丈夫だよ。僕もムエナちゃんも絶対にアズマの歌を笑ったりしないから」
「それ、逆に緊張します……」
「じゃあ、アズマのタイミングで初めて」
「強引ですね」
「アズマをブイクリにスカウトするためだからね」
おお、覚悟を決めた男の声だ。めっちゃ真剣。
……俺も、やらなきゃか。
「すぅー、はぁー。……いきます!」
一瞬の緊張。
そしてヘッドホンから流れ出した音に合わせて歌う。
あ、ダメだ。マジで無理。
頭真っ白。
これ、歌えてる?
俺の声、大丈夫?
歌詞。歌詞なんだっけ。
せっかく2人が教えてくれるって言ってくれてるんだから、ちゃんと歌わないと──ッ!!
「はい。一時停止」
「う、はぁ──ッ!!」
「どうしたのさ、アズマ。さすがに緊張し過ぎだよ」
「すみません。なんか、うまく歌えないです。まあ、元々ド下手なんですけど」
「……声バレ怖いからって、スタジオ借りたのは失敗だったかなぁ。カラオケの方がリラックス出来た?」
「いえ、大丈夫です。しばらくしたら慣れてくると思いますから」
「……そう?」
「もう一回、お願いします」
だけど、そこから何回やり直しても最後まで歌い切ることは出来なかった。
「アズマさん。そんなに気にしないで。苦手なことを無理にやらせようとしてるのはアタシたちなんだから」
「いえ、それでもやるって決めたのは俺ですから。それに嬉しかったんですよ。俺と戸羽ニキで《歌ってみた》を出そうって言ってくれて」
「ねえ、アズマ。やっぱりボイトレ行かない? 僕らが教わってる先生を紹介するからさ」
「それは……」
実際、最初はそういう話だったのだ。
ただ、初対面の人に歌を聞かせるのは、さすがにちょっと抵抗感の方が強かった。
「配信ならここまで緊張しないんですけどね……」
配信モードって言うのか、仕事モードって言うのか、逆に吹っ切って歌うことが出来る。
「じゃあ、そうする?」
「フメツ君それは」
「だけど配信でなら出来るんだろ? だったらさ、そっちの方が緊張しないで歌えるって言うならさ、配信で歌の練習をやるのはありじゃない? それはそれでコンテンツとしてありだし。歌ってみたを出すまでの努力も、リスナーからしたら推す理由になるよ」
「でも、本気の努力はきっと楽しいだけじゃないよ。リスナーさんだって、アズマさんだって苦しくなっちゃう時があるよ」
「……ありがとう、ムエたん。でも、そうですね。他に方法も思いつかないですし、やってみましょう。歌の練習を、配信で。もちろんおふたりの負担じゃなければ、ですけど」
「言い出したのは僕だよ。アズマはそんなこと気にしなくていい」
「アタシも! だってアタシはトレーナー兼プロデューサーだよ?」
「ありがとうございます」
「よし! 決まりだ。じゃあ、《企画屋》の2人には僕の方から連絡しとくね」
「頑張ろうね、アズマさん!」
「頑張ろう」
「はい」
……うん。この2人がそう言ってくれるなら、俺はきっと頑張れる。
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