第139話 これが幸せじゃなかったら、幸せなんてこの世にはない

「……ガチ過ぎじゃないですか?」


「なんで引いてるんですかぁ!?」


「いやだって、ねぇ?」


「すっごーい! これ、今作ったの!? めちゃくちゃ本格的!!」


 ムエたんがそう言うのも無理はない。

 だって、カレンちゃん。これはやり過ぎだよ!!


「こんな企画で素人をオーバーキルするようなものを作るんじゃないわよ!!」


「あ、ナーちゃん。帰ってきたんですね」


「私はどこにも行ってないわよ」


「まだ顔赤いですよ」


「……一言余計なのよ、あんたは」


 とまあ、そんな感じで。

 隅っこでニヤニヤしながら悶えてたナーちゃんすら見に来るぐらい、カレンちゃんの料理はすごかった。


「そ、そんな皆して見なくてもいいじゃないですか。……恥ずかしいです」


「なんで恥ずかしがるの? これならもっと自信満々にしていいと思うよ!! アタシは今日初めましてだから知らないんだけど、カレンさんってプロ?」


「そんなわけないじゃないですかぁ!! こんなのでプロなんて、そんなおこがましいですよ」


「こ、こんなの……? 私なんてオムライスひとつ作るので精一杯だったのに……?」


「あぁ!? そういう意味じゃないですから!!」


「わかるよ、安芸先生。これ見たらそうなっちゃうよね!」


「これが噂に聞く、カレンちゃんのオーバーキルクッキングですね!?」


「なんですかその名称!? アズマさん。人の料理に物騒な名前を付けないでください!!」


「じゃあ、《愛情たっぷり♡ 熱々ジューシーハンバーグ》」


「……なんでしょう、それは?」


「カレンちゃんの料理名。命名者はラナさん」


「ラナねえさん!?」


『ごめんね、カレリン。こんなにすごい料理になるってわかってたら、もっと違う料理名にしたのに。《ふっくらジューシーハンバーグ~たっぷりの愛情とデミグラスソースを添えて~》とか』


「何にも変わってないよ!?」


「これ、付け合わせとかも今作ったんですよね?」


「あ、うん。そうだよ」


「手の込み方が配信でやるレベルじゃないんですが……。カレンちゃん、今度料理配信とかしたらどうですか?」


「え~、どうしましょう。アズマさんはわたしの料理配信見たいですか?」


「じゃあ、早速いただきますね」


「すぐそうやって梯子を外す──ッ!! なんなんですか、一体!?」


「次にコラボするまでのノルマをこなしておかないと。カレ虐の」


「だからそんなノルマやめてくださいって言ってますよね!?」


「では、いただきます」


「ああもう!! 人の話全然聞かないし!! バカぁ!! アズマさんのバ~カ~ッ!!!!」


 最高のBGMを聞きながら、最高に美味しそうな料理を食べる。

 果たしてこの世にこれ以上の贅沢はあるだろうか。いやない。──ッてぇ!?


「なにこれ、うんま──ッ!? え、え!? 何? 何ですか、これ!! 今まで食べてきたハンバーグの中で一番美味しいんですけど!? ヤバいです! 口の中が幸せ過ぎます!!」


「え、えへへぇ。そんなぁ、アズマさんってば褒めすぎですよぉ」


「いやいやいや、そんなことないですから!! だって本当に美味しいんですよ!? お肉はふっくらしててジューシーですし、って、うわ! 肉汁ヤバッ!? めっちゃ溢れてきてます!!」


「やっぱりハンバーグって言えば肉汁ですからね! 美味しさを凝縮させてこそなんです」


「これ、何入ってるんですか? 塩コショウだけじゃないですよね、絶対」


「それはぁ、企業秘密です♪」


『違うよ、カレリン。そこは『愛情です♡』って言わないと』


「あ、愛情です♡……?」


「知りませんでした。愛情で腹は膨れるんですね……」


「ねぇえ!! 全然ロマンティックじゃない!!」


「こんな美味しいもの食べてるのに、ロマンティックな雰囲気になれるわけないじゃないですか! ロマンスより食欲です!!」


「サイッテーです──ッ!! もう、アズマさんって本当にそういうところですよ!?」


「何といわれようと、これが俺ですから」


「……そんなカッコつけ方されても」


 なんだって?

 というか、こんなに美味しい料理を出してきたカレンちゃんが悪いんじゃないか。


「明らかに私の料理より美味しそうに食べてるズマっちにはムカつくけど、このハンバーグだったらしょうがないわね」


「ナーちゃん!! それ俺のハンバーグですよ!! 勝手に取らないでください!!」


「いいじゃない!! 私にも食べさせなさい!! 昨夜からずっと緊張してて何にも食べてないのよ!?」


「あー、ズルーイ!! アタシも食べる!!」


「ムエたんまで!? って、だからダメですって!! そのハンバーグは俺のですよ!!」


「皆さん、ケンカしないで!? あるから! まだハンバーグあるから!!」


「おかわりください!!」


「ズマっちはもう食べたでしょう? 私に頂戴!」


「アズマさんはまだアタシのクリームシチューが残ってるじゃん。ハンバーグはアタシが食べるから!」


「そんなことが許されていいはずがありませんよね!? それに作ったムエたんにも責任はあると思いますよ!!」


「え~。でもでも、あのシチューはアズマさんのために作ったんだよ? 推しの手料理、全部食べて欲しいな?♡」


「美味い料理の前では推しからのファンサすら霞むんですよ!!」


「それでもオタクなの!?」


「オタクである前に食欲に支配された1人の人間です!!」


「人間というより、今のズマっちはケダモノよね」


「あ、ハンバーグあと一個しかない」


「俺に!」


「私よ!」


「アタシ!」


「え、えっと~……」


 ナーちゃんとムエたんが相手だろうと、こればっかりは譲るつもりはないぞ!?


「アマリリス・カレン。そのハンバーグをくれたら、今度お絵かきコラボ配信をしてあげるし、あなたからのリクエストでイラストを描いてあげるわ」


「ナキア先生どうぞ!!」


「ズルいですよ!?」


「反則だ!!」


「ふっ、負け犬どもが何か言ってるわ。ん~、美味しい~。ねえ、アマリリス・カレン。今度私の家に料理を作りに来る気はない?」


「ナ、ナキア先生の家に!? 行く!?!? わたしが!?!?!?!?」


「ミチェしか招待したことがないから、特別よ?」


「──ッ!?!!?!?!?!!?!?!?!?!?!?!?」


「あ、カレンちゃんがバグった」


「カレンさんって、ナキア先生のファンか何かなの?」


「ですね。ナーちゃんみたいなイラストレーターになりたいって言ってましたよ」


「ふ~ん。大変なんだね、そこの関係性も」


 ええ、全くおっしゃる通りです。


『ズマちゃん~? 盛り上がってるところ悪いけど~、そろそろ時間だよ~』


「あ、了解です! えっと、この後どうするんでしたっけ?」


『最も美味しかった料理を決めてもらう予定だったのだが……』


「カレンちゃんのハンバーグです!!」


『だよね~』


『思っていた方向性とは違うが、配信は盛り上がったから良しとするか』


『ということで~、これで今日のオフコラボ配信は終了~。ミラー配信組もありがとうね~』


『最後にとんでもない飯テロを食らったおかげで、なんや腹減ってきたわぁ』


『円那もカレリンのハンバーグ食べたかった~』


『美味しそう。お腹空いた』


『ナキア~!! 私以外の女を家に上げるってどういうこと!?』


「こんな美味しい料理を食べれるんだからしょうがないでしょう!?」


『私も行くからね!!』


「好きにしなさい!!」


「え~、最後はなんかグダグダでしたが、皆さん今日もあざまるうぃーす!! また次の配信でお会いしましょう!!」


「バイバ~イ!!」


「またね!!」


「次も楽しみにしてなさい」


 いやはや、どうなるかと思ったけど、無事に終わってよかった。

 さて、片づけて帰りますかね。


「あ、俺スタジオの鍵を預かってますし、機材の返送とか色々やってから帰るので、みなさんは片付け終わったら先に上がっちゃってください」


 となるとまあ、最後の関門はムエたんのシチューなわけだが、……頑張るかぁ。


「アタシも付き合うよ」


「当然です。あ、よかったらカレンちゃんとナーちゃんもどうです? デザートにクリームシチュー」


「いやぁ、わたしはちょっと……」


「アマリリス・カレンと私は、コラボのスケジュールとか決めないといけないから、先に失礼するわ」


「裏切者」


「わたしも1日1アズ虐をノルマにしてるのでぇ」


「何とでもいいなさい」


 とまあ、そんな感じで残飯処理もとい、ムエたんのシチューを堪能したわけだけど、……今日はもう飯は食わなくていいや。

 さすがに腹いっぱい。


「ムエたんも先に帰っていいですよ」


「ん~。その前にさ、アズ君」


「なんでしょう?」


「む~」


「……なんでむくれてるんですか」


「エナって呼んで」


「いや、今他に誰もいないですよ?」


「いいから!! あと、敬語も禁止」


「……わかった。何? エナ」


「えへへぇ。はいこれ、アタシの本当の手作り料理」


「弁当……?」


「そ。さすがに本当の手料理を振る舞うのはちょっとって、マネージャーさんにも言われたから、配信はあんな感じにしたの。でも、アタシだって料理出来るんだってことは、アズ君に知ってもらいたくて。あ、でも、食べるのは後でいいよ! 今はお腹いっぱいでしょ?」


「……」


「アズ君?」


「あ、いや、ごめん。びっくりしちゃって。……ありがとう。あとで食べるよ」


「うん! あ、ちなみに誰にも秘密だからね? 言っちゃダメだからね?」


「言わないってか、言えないよ」


「へへ。じゃあ、先に帰るね? あ、残したら許さないからね」


「神に誓って完食する」


「じゃあ、またね!」


 ………………………………………………夢、じゃないよね?

 夢じゃ、………………ないんだよね?

 夢じゃない──ッ!!!!!!


「マジかマジかマジか」


 マジかよ──ッ!!!!!!

 あるのかよ、こんなことが──ッ!!!!!!

 信じられねぇ──ッ!!!!!!

 許されていいのか!? こんなことが!!


「……生きててよかったぁ。VTuberやってて、本当によかったぁ」


 幸せって、こういうことを言うんだな。

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