第134話 ファンサ? ただの悪ノリですよね!?

『ファンサ特訓! まずは投げキッスから行ってみよー!!』


「いきなりハードル高くないですか!?」


『何言ってるのさ、アズマ。投げキッスなんて基礎中の基礎じゃないか』


「え!? そうなんですか!? 結構恥ずかしいと思うんですが!?」


『そう? 僕たまに配信でやってるけど』


「……確かに。やってますね」


『ねぇねぇ、アズマさん』


「はい? なんですか?」


『──ちゅ♡』


「!?!?!?!?!?!?」


『どうだった?』


「いや、どうって、え、あぃ!?」


『あははっ、アズマ何その反応』


「何って。だっていきなり投げキッスされたんですよ!? ムエたんから!!」


『オタク出てる~』


「出ますよ、オタクぐらい! だって推しから投げキッスですよ!?」


『ん~。じゃあ、こういうのはどう? ──アズマさん、だ~い好き。ちゅ♡』


「う、うぇぁ……」


『アズマさん、脳みそ溶けた?』


『溶けちゃったね。トロットロじゃない?』


「ヤバイ! 今のはヤバいですって!! ちょ、え? 落ち着いてください!!」


『落ち着くのはアズマだよ』


『あはは。アズマさんおもしろーい。もっかいやる?』


「も、もうやめましょう。これ以上は人の形を保てなくなります……」


『禁断の力でも解放してるの?』


「配信してる時に見せちゃいけないオタクとしての姿は解放しかけましたね」


『じゃあ、今日はオタクなアズマさんがたくさん見れるってことだね!』


「どういうことですか!?」


『さっき言ったじゃん。投げキッスなんて基礎の基礎だって。ファンサ特訓なんだから、もっとたくさんのお手本を見せてあげる』


「そ、れは、……ただのご褒美では?」


『そうじゃないでしょ!? これはアズマさんの特訓なんだよ! だからアズマさんが出来るようにならなきゃいけないの!!』


「は、はい!!」


 おお、びっくりした。いきなり熱血コーチみたいなテンションになるじゃん。


『ということでアズマ。まずは投げキッスからいこうか』


「え、え~……。やるんですか?」


『まだ照れが残ってるね。どうする? トレーナー兼プロデューサー』


『ア・ズ・マさん♡ 頑張ってくれたらぁ、た~くさんご褒美あげるよ?♡』


「──っあッ!!!! 危ない。意識を持っていかれるところでした」


『アズマは一体何と戦ってるのさ』


「自分の内なるオタクですかね。今のは危なかったです」


『内なるオタクはいいからやってよ。アタシ頑張ったんだよ? ……ちょっと恥ずかしかったのに』


『アズマ!! トレーナー兼プロデューサーが不貞腐れてるぞ!! 早くお手本通りにやるんだ!!』


「はい! やります!! ──ちぇっ。……ど、どうですか?」


『どうって。え、今のって投げキッス……? 舌打ちじゃなくて……?』


『そっか。ごめんね、アズマさん。舌打ちするほど不快だったんだね』


「え、ちが──ッ!! 違いますから!! そんなわけないじゃないですか!!」


『じゃあ、アズマさんは何でやってくれないの……?』


「いや~、慣れてないと言いますか、恥ずかしいと言いますか……。やっぱり俺にアイドルは向いてないんじゃないでしょうか!?」


『ねえ、アズマ。いい加減にしなよ』


「と、戸羽ニキ──ッ!?」


 な、何?

 なんでいきなりそんなイケボに……?

 口調もいつもより強気だし……。

 あ、あれ? 怒らせた……?


『慣れてないだの、恥ずかしいだの。そんなの君の都合だろ。ファンが望んでるのがわからないの? 僕らがどこを目指してるのか、もう忘れたのかい?』


 あ、違うはこれ。

 怒ってなんかない。ノリだ。

 戸羽ニキがたまに見せるノリノリモードのやつだ。

 あっぶない。マジで怒らせたかと思って焦った~……。


『投げキッスぐらいこなせてのアイドルだよ? ──やって』


 ああ~、これあれか、恥ずかしがった方が負けか。

 俺だってVTuberだもんな。

 コメント欄だって盛り上がってるし、リスナーさんだって楽しんでくれてるんだもんな。

 ……ちょっとだけ、頑張ってみるか。


「みんな、いつもありがとうございます。大好きですよ。──ちゅ」


 ……ど、どう?

 こんなんでいいの……?

 俺的には精一杯頑張ったんだけど……。

 ぐわ──ッ。

 やっぱり死ぬほど恥ずかしい!!!!!!!

 コメント欄が見れない!!!!

 今どうなってる!?

 どういうテンションでみんな配信を見てるの!?


『──ゥんッ』


 え……。何? 今のエロい声は……?

 まさかとは思うけど、……ムエたん?


『ムエナちゃん……?』


 あ、戸羽ニキも戸惑ってる。

 だよな。いきなりあんな声出されたらそうなるよな……。

 どうしたんだろう……?


『──んんッ。……よし! あ、ごめんねみんな。何でもないから気にしないで!!』


『……本当に?』


「なんか予想外の反応だったんですけど、……大丈夫でした?」


『大丈夫大丈夫!! それよりアズマさん。すっごくよかったよ!!』


「そ、そうですか……? あはは。頑張ってよかったです」


『ということで、次。行ってみるよー!!』


「まだやるんですか!?」


『当然。ファンサ道はそんな浅くはないんだよ!! ということで、これリストね』


「リスト!? なんでそんなものがあるんですか!?」


『なんでって、だってこれがトレーナー兼プロデューサーの仕事だし』


「用意周到過ぎません!? こんな配信をするなんて話、一回もしてませんでしたよね!?」


『予定はなくても想定はしておく。それが仕事の出来る人間というものだよ。元社畜なアズマさんならわかるでしょ?』


「いやまあ、そうと言われればそうなんですけど……。って、おかしくないですか!? なんですかこの、《シチュエーションボイス100選》って!! いきなり配信画面に出てきてびっくりしましたよ!?」


『アタシが考えたの! 本当なら有料級だよ!』


「いやいや、そういうこと聞いてませんよね!? え、これを想定だけで用意した……? 本気で言ってます……?」


『なぁに? アズマさんはアタシを疑うの? それとも~、──アズマさんのことを考えながら作ったんだよ♡ って言って欲しいの?』


「──!? い、いえ? そそ、そんなことあるわけないじゃないですか……っ」


『アズマ。声、震えてるよ』


「く、おさまるんだ。俺の内なるオタク──ッ!!」


『フメツ君もたまに変なテンションになるけど、アズマさんもたまによくわからないよね』


『僕はともかく、アズマのは100%ムエナちゃんのせいだと思うよ』


『あはは。ま、それでアズマさんが元気になってくれるし、いいよね!』


「元気って言うか、暴走しかけてるんですよね!?」


『自覚あるってことは、まだ暴走してないんだね。ねえ、ムエナちゃん。暴走したアズマ、──見たくない?』


「戸羽ニキ!?」


 ちょっと待って!!

 何言い出すんだ、この人──ッ!!


『あ~、それはちょっと見て見たいかも……?』


「ム、ムエたん……? 変な考えは捨てましょう……? あ、そうだほら!! ファンサ!! ファンサの練習しましょう!! せっかくムエたんが用意してくれましたし、シチュエーションボイス100本ノックとかどうですか!? いやぁ、俺も本格的にアイドルの自覚が芽生えて来たかなぁ、なんて……」


『──大好き♡』


「!? ──ッ、……ぅぁ、え?」


『あれ、アズマどうしたの? シチュエーションボイス100本ノックするんでしょ? 今のセリフだってムエナちゃんが用意してくれたリストの一番上にあるやつだよ』


『やっぱりまずはアタシがお手本を見せてあげないと! これもトレーナー兼プロデューサーの仕事だよね!! だからほら、アズマさんも。──大好き♡』


「くっ、ぅ……。だ、大好き……」


『どうしたのさ、アズマ。そんな震え声じゃファンに届かないよ』


『しょうがないなぁ、アズマさんは。もう一回行くよ? ──だ~い好き♡』


「っ、……ぁ、ぐぅ……。だ、だい好きー……」


『違うよアズマ。ムエナちゃんがやってるのはこう。──大好き』


「唐突なイケボやめてください!!」


 ヤバいヤバい!!

 戸羽ニキまで何してんの!?

 これはこれで脳みそ溶かされるんだけど!?


『あ、ごめんねアズマ。確かにマイクがよくなかったね。ASMR用のマイクに変えるね』


「いやいやいいですから!! そんなことしなくても大丈夫っていか、なんでそんなマイク持ってるんですか!?」


『君とアイドルを目指すと決めた時に買ったんだよ』


「気持ちが重い──ッ!!」


 待って! 戸羽ニキってどこまで本気なの!?

 企画じゃないの、これって!!


『あ、アタシは準備できたよ~。マイクも変更したよ~』


「ムエたんまで!?」


『お待たせ。僕も完了したよ』


『それじゃあ、アズマさん。もっかいお手本やるからね』


「ちょっと待──ッ!?」


 ASMRは本気でマズい──ッ!!


『大好き♡』


「ぐ……っ」


『大好きだよ』


 戸羽ニキまで──ッ!?


『大好き♡』


 待って待って待って──ッ!!

 本当に待って!!

 配信どころじゃないから!!


『大好きだよ』


 戸羽ニキも待って──ッ!!

 あなたもあなたでちゃんとイケボなんだから、そんなに耳元で囁かれたら──ッ!!


『大好き♡』


『大好きだよ』


『大好き♡』


『大好きだよ』


『大好き♡』


『大好きだよ』


『大好き♡』


『大好きだよ』


「や、やめてください──ッ!!!!!!!!!!!」


 ということで、最後まで悪ノリに悪ノリに重ねた2人によって、とんでもないカロリーを消費した配信になってしまったとさ……。

 いや、マジできつかった。もう二度とやりたくない。

 ちなみに配信後にムエたんからチャットが来て──、


『アズマさんのために作ったシチュエーションボイス100選だから、録って送って欲しいな』


 的なことを言われました。

 いや、やらないけどね──ッ!?


『ボイスを録るときは全部、エナって呼びかけながらよろしくね!』


 だからやらないから──ッ!!


『最後にお手本あげる』


 ん? 音声ファイル?


『アズマさん。これからも一緒に頑張ろうね。──大好き♡』


 ──ぐはッ!?

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