第129話 安芸ナキアのラブコメを見るということ

【『ズマっちって意外とそんな趣味があったのね』】


【『変ですか?』】


【『いいえ。私も好きだから、……ふふ、嬉しくなっちゃったわ』】


 うっわ~~~~~、と思わず声を上げたくなるぐらい甘ったるい空気が漂っている。

 いよいよ始まったてぇてぇ配信。ナキアとアズマの初回配信を《お助け親友キャラ》として見守るミチエーリは、その胸焼けしそうな甘い雰囲気に、思わずせき込んでします。


『なあ、ミチエーリよ』


「なに? 袈裟坊主さん」


『これは、いつまで続くのだ?』


「配信が終わるまで、かな?」


『……配信は、いつ終わる?』


「ナキアが満足するまで?」


『……正気か?』


 言いたいことはわかる。そしてきっと一緒にてぇてぇ配信を見守る袈裟坊主もミチエーリと同じ気持ちになっているに違いない。

 というか、見ている人に正気かと言われる配信って……、と思わず頭を抱えてしまう。仮にこれがゲテモノを食べよう、みたいな配信ならその感想も納得だが、やっているのは言ってしまえば雑談コラボのようなものだ。


「正気かって聞かれても……。だって、そういう企画でしょ?」


『俺は今ほどこの企画をやろうと思ったことを後悔したことはないぞ……』


『な~に~? それは《企画屋》としての名折れだぞ~? ま~、わかるけどね~。こんなの飲んでなきゃ~、や~ってらんないよね~。あっはっはっはっはっはっはっはっはっは~』


 陽気なぴょんこの笑い声に交じるのは、いささかばかりのやけくそ感。

 酒が進むというよりは、飲んでなきゃやってられないとばかりのテンションに当てられ、とうとうミチエーリもこれまで我慢していたプルタブを引き開ける。

 ──カシュッと、これまでの我慢を解放する音が配信にも乗ったことだろう。


『おい、ミチエーリ。お前もか』


「袈裟坊主さんは飲まないの? というか、飲まずにやってられるの?」


『いや、しかしだな。俺は企画の主催者だぞ?』


「ぴょんこさんはガンガン飲んでるよ?」


『飲まずにやってられるか~、なんだこれは~。リスナーさんたちもそう思うでしょ~?』


 そんなぴょんこの呼びかけにリスナーたちが一斉に応える。


『4缶目あけた』

『てぇてぇを越えた何かを見てる』

『この2人がどういう気持ちで配信してるのか聞きたい』

『中学生の恋愛を見てる気分』

『甘すぎ』


 ああ、やっとこの気持ちを理解してもらえた。

 これまで誰かに知って欲しくて、でも言えなかったこの気持ち。

 ひたすらに胸焼けするような甘ったるさと、悶えるようなもどかしさを1人で抱えなくてもいい解放感。

 感謝だ。ひたすらにこのラブコメ配信企画に感謝するしかない。

 ありがとう《企画屋》。ありがとうリスナーたち。そしてナキアとアズマはさっさとくっつけばいい。

 ……やっぱり飲まずにはいられない、とミチエーリは一気にチューハイ缶をあおる。


「ねえ、聞いて。信じられる? これ、裏でもずーっとこんな感じなんだよ? 演技じゃないんだよ、これ。すごくない?」


『ミチエーリ? 飲むのはいいが、ほどほどにな? あんまりやり過ぎるなよ?』


「だ~いじょうぶ! これでも口は堅いので。これまでだって、この2人のことを誰かに話したくて話したくてしょうがないかったのに、ちゃ~んと黙ってたんだから。もう任せて。私、口の堅さには自信あります!」


『とてもそうは思えない口ぶりなのだが……』


「だって見てよ。これが安芸ナキアだよ? 見たことあるす? ナキアのあんな乙女な姿。むしろこれを今まで黙ってた私を褒めて貰いたいんだけど。あ、でも」


『どうしたの~?』


「このナキアがもう私だけが知ってる姿じゃないのは、ちょっとムカつくかも。配信止めない?」


『酔ってるな!? 貴様今の瞬間だけでかなり酔っぱらったな!?』


「な~に言ってるの~。そんなわけないじゃない~。あっはっはっはっはっはっはっはっはっは~。……あー、おっかしー!!」


 何やら顔が火照っている気がするが、気のせいと言うことにしておく。


『テンションの上がり方が尋常じゃないね~。ちなみにさ~、これまでナキアってどんな感じだったの~?』


「あ、聞いちゃいます? それ、聞いちゃいますか? いいよ、バッチリ話てしてあげるから。あ、ちょっと待ってて。お酒取ってくる!」


『もう飲むな!! ミチエーリ! これ以上飲むんじゃない!!』


「イヤで~す。飲まないで話すなんて無理だもん。ということで、しばしお待ちを!」


 言いつつミチエーリはミュートにすらせず、モニターの前を離れキッチンへと駆け込む。冷蔵庫を開けて新しい缶チューハイを取り出す。


【『じゃ、じゃあこういうのはどうかしら? ズマっちは好き?』】


【『好き、ですよ。いいと思います』】


【『本当!? 私たちって意外と気が合うのね。性癖以外でも』】


【『むしろ性癖が合ってると思ってたんですか!? そこが一番違うでしょう!?』】


【『私はあらゆる性癖に通じる女よ。ズマっち程度の性癖なら、全部私の性癖になってるに決まってるじゃない』】


【『史上最悪のジャイアニズムを聞きましたよ……』】


 なんだかいつも通りの会話が聞こえたような気もするが、それはそれとしてだ。

 今日の配信で、安芸ナキアは明らかにこれまでとは違う姿をリスナーに見せている。だからこそ、ミチエーリの語りも熱くなると言うものだった。


「ねえねえ、聞いて~。ナキアってすっごい可愛いんだよ!」


『お、おう。そうか。でも、酒はほどほどにな……?』


『ナキアズの配信も面白いけど~、ミチェちゃんも面白いね~』


『ぴょんこ。お前は少しは自重しろ』


『え~、いいじゃん~。だって~、ナキアたちが配信でイチャついてるんだよ~? 私たちは~、それを肴に飲んでるだけ~』


『確かにそういう趣旨の企画だが、初回からこれというのもどうなのだ……?』


「いいでしょ! だってこんなの飲まずに見てられる!?」


『無理だね~。絶対無理~。ていうかさ~、配信でこれだったら~、オフコラボとかさせたらどうなるんだろうね~』


「あー……。見たいような見たくないような。多分、今以上に甘い空気になると思うよ」


『ん~、それはそれで見たい~。やっちゃおうか~? オフコラボ~』


『待て待て待て! 何を言っている!? それは本気で炎上するぞ!?』


「だけど、リスナーさんたちは見たいみたいだよ?」


『……何?』


 ミチエーリの言葉通り、コメント欄にはオフコラボを期待する言葉が流れていく。

 さすがにここで『実は2人はもう会っている』なんてことを言い出すほど、ミチエーリも理性を失ってはいない。お酒は節度を守って楽しむのだ。

 だから、ナキアとアズマにも言いたい。ラブコメもほどほどに、と。

 あまりにも甘くカロリーが高過ぎるラブコメは、きっと犬も食わない。


『あ~、見たいな~。2人のオフコラボ配信見たいな~。やっちゃおうかな~』


「だったら、オフコラボ前日には絶対にナキアとの雑談コラボ配信するね!」


『なになに~。それってどういうこと~? すっごいワクワクする空気を感じたよ~?』


「安芸ナキアのラブコメモードが尋常じゃないのは、今見てもらってる通りなんだけど、オフコラボなんてことになったら絶対に前日連絡が来るよ。で、言うはずなの。『明日はどうすればいいかしら!? わ、私ちゃんと話せるかしら!?』って」


『か~わ~い~い~!! ナキアって~、そんなかわいいこと言うの~?』


「言うに決まってるじゃん! だって、ろくな人間関係を築かずにここまで生きてきた女だよ? そんな女の初めてのラブコメだよ? 可愛い以外ないんだよ!!」


『わかるよ~。すごいわかるよ~。だって今回の配信だって~、まさかのプロフィール帳の交換だもんね~。最初言われた時は~、『え、小学生?』って思ったもん~』


「初々しさが尋常じゃないんだよね! 普段あれだけ性癖だのなんだの暴露してるくせに、一皮むけばピュアなんだよ? どんなギャップ!?」


『うわ~、ナキアにはあれしてて欲しい~。既読がつかなくて何度もスマホを見ちゃうやつ~』


「わかる! で、返信返って来たけど、すぐに返すと恥ずかしいから10分ぐらい待つんだよね!」


『そうそう~。それで~、向こうからの返信が早いと嬉しくせに~、ちょっと余裕ぶっちゃったりね~』


「いいね!! 私はそういう可愛いナキアをもっとみんなに知って欲しい!!」


『いいな~。オフコラボいいな~。やらせたいな~』


「やろう! 絶対やろう!!」


『……あの、そろそろいいか?』


「あ、袈裟坊主さん」


『いたの~』


『う、うむ。いたぞ、ずっとな。お前たちの勢いに入っていけなかったが、いたぞ。主催だしな』


 その気まずそうな物言いに、さすがにテンション上げ過ぎたかと冷静になろうと、デスクの上の缶に手を伸ばす。

 しかしどうしたことか。さっき開けたばかりの缶はすでに空っぽになっているではないか。

 はて? 一体いつの間に、とミチエーリが思った時だ。

 なぜかアズマの音声が大きくなっていた。


『ミチエーリさん? もしもーし、聞こえてますか?』


 機材の設定がおかしくなったのだろうか?

 それとも《企画屋》の2人の方で何か設定をいじったのだろうか?


『あれ、聞こえてないですか? 袈裟坊主さん、これって』


『うむ。ミチエーリは今酔っている』


『え、飲んでたんですか!?』


『うむ。ぴょんこと共にひとしきり盛り上がっていたぞ』


『何やってるんですか、あんたたち!? え、じゃあこれ、《お助け親友キャラ》は使えないってことですよね?』


『酔っ払いの意見でよければ聞けるぞ』


『……遠慮しておきます』


 ふむ。なるほど、そういうことか、とミチエーリは納得した。

 つまりアズマはミチエーリにアドバイスして欲しいことがあったのだろう。

 ならば、ナキアを誰よりも知る者としてしっかりと応えることとしよう。


「アズマさんアズマさん」


『あ、ミチエーリさん。実は……、』


「告白すればいいよ」


『──はい?』


「告白すればすべては解決するよ。必勝法だよ」


『──OK。わかりました。酔ってるんですね?』


「酔ってない! 私はナキアを応援してるの!!」


『ええ、わかりました。ナーちゃんにはそう伝えておきます』


『東野、いいのか? これで』


『はい。俺には最強のディフェンスワードがありますから』


 今話していて思ったが、早い話がアズマが告白すればいいのだ。

 それで全てが解決するし、ナキアが嬉しそうにしている姿だって想像できるのに、一体何をしているのだ、この男は。

 そう思って配信の音声を聞いていたら、


【『え、なんだって?』】


 などと言っているのが聞こえた!

 そういうところだぞ、東野アズマ──ッ!!


『……いいから、ナキアを幸せにしてよ』


 ちなみに後日談だが、この配信でのミチエーリの言動は散々切り抜かれ、次からは酒は禁止と、ナキアとアズマの2人から言い渡されたそうだ。

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