第123話 今はまだ出会わないヒロインたち

「わ、私を待たせるなんていい度胸してるわね──ッ!?」


「約束30分前に着いたんですが!? 逆にナーちゃんはいつから待ってたんですか……?」


「い、いいじゃない、別に……。そんなことは……」


「そんなに楽しみだったんですか?」


「ち、違わい!!」


「違わい……? どうしたんですか、一体。いつもおかしいですけど、今日はさらに変なテンションになってません?」


「い、いつもおかしいとか、そんなこと言わないで頂戴……」


「あー……。だいぶ緊張してます?」


「し、してないわい!!」


「してますね」


「し、してないわよ……」


「そんな弱々しく言われても説得力ないですよ」


「うぅ……」


 ん~、調子が狂うな。

 ミチエーリさんやアゲハちゃんとのコラボ配信の時に誘った『ご飯』にナーちゃんと行くのだけれど、オフで会ってるからか、なんかいつもと違う……。

 ちなみに今日のはあくまで『ご飯』に行くだけである!!

 ミチエーリさんとアゲハちゃんからは、しつこいぐらいに『デート』と言われたけれど、そんなわけはないのである!!

 だってナーちゃんと『デート』なんて、そんなん逆に緊張するだろ!?

 今日は意識し過ぎないようにしないと──ッ!!


「そ、そんなに変……?」


「え」


「私。変……?」


「いや、変というか、なんというか……」


「はっきり言いなさいよ!!」


「普段オフで会わないから緊張してます!!」


「……それだけ?」


「え、いや……」


「それだけなの……?」


「それだけって……」


「何か、言うこととかないのかしら……」


 いや! いや!! そんなしょんぼりと服を摘ままないで!!気づいてたけど! 気づいてたけどさぁ!!

 そんなあからさまにオシャレしてきてくれてると、逆に照れ臭くて言いにくいんだってば!!

 ……ああもう! そんなさみしそうにしないでくれないかなぁ!?


「服」


「?」


「可愛いですね、服」


「──ッ!?」


 いや、はっず!?

 めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど!?

 何が恥ずかしいって、ナーちゃんが嬉しそうにしてるのが、何て言うか余計にむずがゆい──ッ!!


「ふふ。……可愛いのね」


「──ッ!?」


 これがギャップ効果ですか!?

 普段の配信からは考えられないような反応が、何て言うか、可愛くて困る……。

 どうすればいいのかわからないんですが!?

 今日は普通に『ご飯』を食べるだけのつもりだったんですが!?


「……うふふ」


 本当にどうしよう……。

 まさかナーちゃんが可愛いなんて……。


「? どうしたの?」


「いえ、何でもないです」


 アカン。思わずジッと顔を見てしまっていた……。

 ていうか、ナーちゃんって普通に美人なんだよな……。

 あー、ダメだ!!

 意識したら余計に緊張してきた。

 今日はご飯今日はご飯今日はご飯。

 言い聞かせろ! 今日はご飯!! 断じてデートではない!!

 ……ってことにしておかないと、マジで心がもたないです。


「ズマっちの私服も、その、……カ、カッコいいわよ」


「──っ。そう、ですか」


「ええ。すごく、……似合ってるわ」


「ナ、ナーちゃんこそ。似合ってますよ、……可愛くて」


「……そう」


「……はい」


 ──今日はご飯を食べに来ただけッッッッッ!!!!!!!!!!!!


「じゃ、じゃあ、行きましょうか」


「え、ええ。そうね」


 なんだろうな、本当に今日は。

 別に女性と出かけるのが初めてではないんだよ!?

 カレンちゃんとか、優梨愛さんとか、エナとか、VTuberになってからも色んな女性とご飯を食べに行ったりしたことはあるんだよ!?

 ……ああ、でもそうか。ナーちゃんと二人きりで出かけるのは初めてか。


「初めてね。……二人で出かけるのって」


「俺も今ちょうどそう思ってました」


「なんだか緊張するわね」


「ええ、……はい」


「ふっ」


「ナーちゃん?」


「おかしいわね。こんなにガチガチな男が、ラブコメ主人公なんて呼ばれてるなんて」


「あれは──ッ!? って、そうですね。大丈夫ですかね、あの企画」


「ズマっちがその調子だったら、ダメかもしれないわね」


「不安になるようなこと言わないでくださいよ」


「あら、弱気じゃない」


「そりゃ、あんな大げさな企画になるとは思わなかったですし……」


 おかげでめっちゃチャンネル登録者数は増えたけど、期待とプレッシャーを感じずにはいられない。


「大丈夫よ。燃えるときは一緒に燃えてあげるから」


「縁起でもないこと言うのやめてくれませんか!?」


「この企画でVTuber引退に追い込まれるかもしれないわね」


「そんな嬉しくない未来予想図は願い下げです!!」


「そうね。せっかく今、楽しいものね」


「そうですよ。どうせならもっと楽しみたいじゃないですか」


「ふふ」


「ナーちゃん?」


「今のフラグっぽいわね」


「本当に勘弁してくださいってば……」


「冗談よ。でも……」


「でも?」


「いえ、……何でもないわ」


「なんですか、気になるじゃないですか」


「何でもないって言ってるでしょ!! いちいち気にする細かい男はモテないわよ!?」


「言いかけて察してくれって言う女もモテませんよ!?」


「……今のは察して欲しいものじゃないからいいわよ」


「じゃあ、なんなんですか?」


「しつこいわね。そんなことを気にしてる暇があるなら、私たちのチャンネルの名前でも考えてなさいよ」


「ナキアズチャンネルじゃダメですか?」


「……正気?」


「そんなに引くほどですか!?」


「あなた、仮にもVTuberよね。エンターテイナーとしての自覚が足りないんじゃないかしら」


「そこまで言います!?」


「だって、さすがにつまらな過ぎるわよ」


「わかりましたよ!! ちゃんと考えますよ!!」


「あ、でも今話し合うのはダメよ」


「わかってますよ。それは、配信でですね」


 はあ、本当にどうなるんだろうかあの配信は……。


「あのね……」


「はい?」


「ちょっと聞きたいのだけれど、いいかしら?」


「なんですか、もったいぶって。あ、これから行くお店のことですか?」


「違うわよ。それも気になるけど、そうじゃなくて、その……」


「? ナーちゃん?」


「あの、その、今日の、今日って」


「はい。今日がどうしました?」


「今日の、その、デー……──お誘いって、あの企画があったから、じゃ、ないのよね……?」


「あー、そうですね。違います」


 あんな企画だって、当日まで知らなかったしな。


「じゃ、じゃあ。その、今日のお誘いは、えっと、個人的な、プライベートなものって、ことで、いいのよね……?」


「いい、ですね……。はい」


「そ、そう。……ふふ、よかった」


 くっそー。

 せっかく配信の話になったからいつものテンションで話せてたのに、急にそういう顔するのやめてくれませんか!?

 また意識しそうになってきたじゃないか!!

 それになんだよ『お誘い』って、言い方が可愛いぞ!? ナーちゃんのくせに!!


「ま、まあ。お店は美味しいところなので、安心してください。個室だから声で身バレする心配もないですし」


「行ったことあるとこなの?」


「ええ、まあ」


「ふーん」


 あれ。なんか反応悪い……?


「誰と?」


 あ。


「誰と行ったことあるのかしら?」


 あー……。これは、迂闊だったか。

 まかり間違ってもエナに連れてきてもらったところ、なんて言えないな。

 これはそう、今日を楽しむための嘘ってことで!!


「会社の先輩に連れて行ってもらったんですよ! 初めて契約を受注した時にお祝いだって言って」


「あの女の人かしら?」


「男の先輩です」


「本当に?」


「はい。神に誓って」


「神になんて誓わなくていいわ。私に誓いなさいよ」


「ナーちゃんに誓って」


「裏切ったら承知しないわよ」


「肝に銘じておきます。と、着きましたよ」


 そうしてやってきた先で、まさかさっきのやりとりがフラグになるとは思わなかった……。

 一通り料理を堪能してトイレに立った時のことだ──。


「あれ、アズ君?」


「エ、エナ!? なんでここに?」


「だってこの店、私のお気に入りだし。前に言ったでしょ?」


「そ、そう言えばそうだった。うん、覚えてる」


「えー、怪しいなー。ねぇねぇ、アズ君は誰と来てるの? まさか、女の人じゃないよね?」


「な、なんで女の人限定?」


「だってアズ君ってラブコメ主人公なんでしょ? 見たよ、配信」


「いや、それは……」


「ラブコメ主人公なアズ君だったら、どこでどんなフラグを立ててもおかしくないよね?」


 違う。違うよ、エナ。

 今立ってるのはヒロインとのフラグじゃない。

 修羅場のフラグだ──ッ!!


「ふぅん、なるほどね」


「な、何……?」


「いいよ。何も言わなくて。もう聞かないことにする」


「え」


 なんで……?


「別にアズ君を困らせたいわけじゃないしね。でも、貸しひとつね」


「わ、わかった」


「あ、貸しふたつか。今日ここでアズ君と会ったことも黙っておいてあげる」


「そ、そう。ありがとう」


 シーっと唇に人差し指を当ててウインクしてくるエナが女神のように思えてくる。

 なんだってそんな物分かりがいいんだ。


「じゃあ、またね。あとでチャットするから」


「う、うん」


 そう言いつつ去っていくエナを見送りつつ、思わず胸をなでおろす。

 あー、ビックリした……。

 そうか、そうだよな。エナが教えてくれた店なんだから、いたっておかしくないよな。だからってどんなタイミングだよ! って話しなんだけど……。

 それにしてもマジで焦った。

 一瞬、ナーちゃんと鉢合わせたらどうしようかと思ったよ。


「ねえねえ、ズマっち。見て頂戴! このデザート! すごく美味しそうよ」


「どれですか?」


 そうして席に戻るや否や、ナーちゃんがパッと笑顔を浮かべて迎えてくれる。


「これ。あー、でもこっちも美味しそうなのよね」


「両方頼んだらどうですか?」


「食べ切れるかしら……」


「分け合えばいいんじゃないですか?」


「わ、分け──ッ!? 何言ってるのよ!!」


「なんでそんなに慌ててるんですか?」


「だ、だってそんなことしたら間接キスになるじゃない……」


「何言ってるんですか? 食べる前に分ければいいじゃないですか」


「なんで冷静にツッコむのよ!! そういう時は『な、何言ってるんだよ』って慌てるのがラブコメ主人公の様式美でしょう!?」


「リアルでそんなテンプレを求めないでくださいよ」


「もう! そういうところで冷静にならないで頂戴」


 なんてプリプリするナーちゃんを見てると思う。

 マジで修羅場にならなくてよかった……。

 せっかくこんなに楽しそうにしてるのに、台無しになることろだったよ……。

 でも、修羅場の予感は消えたわけじゃなかった。

 ふとした瞬間で見たスマホ。そこにはエナからチャットが来ていた。


『私ともラブコメしようね』


 いやいや、何を言ってるのさ……。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

今回はアンケートありません。次回更新話ではやる予定です。

また、前回のアンケートに参加いただいた皆様、ありがとうございました。

結果は下記の通りでした。


投票数:141票

Q.登録するとしたら?

①ナキアズてぇてぇチャンネル(仮):47.5%

②カレアズてぇてぇチャンネル(仮):7.8%

③両方:44.7%


たくさんのご投票ありがとうございます!

引き続きよろしくお願いいたします。


藤宮

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