第118話 少しずつ縮まる距離感

「はい。出来ましたよ~」


「……おお~」


「これなら彼女も喜んでくれると思いますよ」


「いやいや、そんなんじゃないですから」


「じゃあ、ちょっと呼んできますね」


「ありがとうございます」


 オシャレな雰囲気の店内に、オシャレな店員さん。そして鏡に映るのはキレイに髪をセットされた俺。

 ここは、とてもオシャレな美容院。

 ……落ち着かないな?

 普段髪を切りに行くところより、なんかこう数段はオシャレ度が高いんだけど!?

 あまりにもこういう空間になじみがなさ過ぎてソワソワしてしまうんだが!?

 大丈夫!? ねえ、俺ここにいて大丈夫!?

 浮いてるよね!? 絶対、俺、浮いてるよね!?

 なんて思っていたら、店員さんが戻って来る。その傍らにはこのオシャレ空間でも浮くことなく、楽しそうに笑みを浮かべている女性がひとりいる。

 その女性は鏡に映っている俺を見ると、ただでさえ楽しそうに笑っているのに、さらにパッと明るい笑みを咲かせる。


「えー! すっごく、いい!! さすがだねー!!」


「任せてよ。バッチリきめたから」


「天才スタイリストだー!!」


「いいよいいよ。もっと褒めて」


「本当にいいよ!! すっごくカッコよくなってるー!!」


「…………っ」


 落ち着かないなぁ!?

 そんなジロジロと覗き込まないでくれないか!?

 なんかこうムズムズすると言うか、居心地が悪いと言うか、普通に照れ臭いんですが!?


「よかったですね。彼女にも好評で」


「だからそういうんじゃないですって……」


「またまたー。照れてますか?」


「それはまあ、そうですけど……」


「大丈夫ですよ! 本当にカッコいいですから!!」


 そうじゃないんです。違うんです店員さん。カッコよくしてもらったのはそうなんですけど、違うんです。

 言いたいのはそういうことじゃないんです。

 本当に彼女とか、そういうのじゃないんです。……まあ、そう言われて悪い気はしないけど!! でも違うんです!! 本当にそんな彼氏彼女なんて関係じゃないんです!!

 だって、俺をこんなオシャレ空間に放り込んだのは、


「きまってるよ! アズ君!!」


「ありがと、……エナ」


 ──俺の推しだから!!

 なんだってこんなことになっているかと言うと、理由は非常に簡単で、例の『センス磨きを手伝ってあげるよ!』の一環だったりする。

 曰く、『もっと自分の見た目にもこだわれば、センスなんていくらでも磨かれるよ!』とのことで、今日はエナに連れまわされているんだけど──ッ!! 

 さすがにこれは聞いてなかった……。『あ、予約してるから』なんて言われた時は何のことかわからなかったけど、まさかこんなオシャレ美容院に連れてこられるとは……。

 そしてこんな羞恥プレイなのか、なんなのかわからない扱いを受けるとは……。

 エナがこれまで周りにいなかったタイプ過ぎて、どう反応すればいいのかわかんねぇよ……。

 誰か教えてくれ。俺はどうすればいい──ッ!?


「ありがとうございましたー。またよろしくお願いしますねー!」


 そんな店員さんの明るい挨拶に見送られ、エナと共に美容院を後にする。


「えへへ~」


 歩き出した途端、エナが顔を覗き込んでくる。


「な、何……?」


「ううん? なんでないよ~」


「いやいや、言ってよ。不安になるじゃん。何? なんか変?」


「わ~。今のアズ君、なんかおもしろい!」


「お、おも──ッ!? え、どういうこと!?」


「そのまんまの意味だよ。なんかすっごくソワソワしてておもしろい~」


「そりゃだって──ッ。……なんか落ち着かないし」


「大丈夫だよ。ちゃんとカッコいいから!」


「──ッ!?」


「あはは~。変な顔! どうしたの?」


 どうしたもこうしたもないって……。

 俺がソワソワしてるのも、落ち着かないのも、全部エナのせいだってわかってるんですかね!?

 あ~、もう。なんかめちゃくちゃフワフワしてるというか、浮足立ってるんですけど!?


「……一回どっかで落ち着きたい」


「お腹空いたの?」


「というよりは、慣れないとこに行ったせいで緊張した」


「何それ~」


「いや、するでしょ。俺以外のお客さん、みんな女性だったし」


「気にし過ぎだって。ん~、じゃあちょっと休憩しよっか。近くに行ってみたいカフェがあるんだけど、そこでいい?」


「ゆっくり出来るならどこでもいいです……」


「そんなに疲れることってある? 美容院だよ?」


「あるよ」


「慣れちゃえば大丈夫だって!」


「一生慣れる気がしないんだけど!?」


「大丈夫大丈夫。慣れるまでは一緒に行ってあげるから」


「俺は子どもか!」


「よちよち大丈夫ですよ~」


「それは赤ちゃん扱い」


「リスナーさんたちは喜んでくれるんだよね~」


「あー、確かに」


 うちのリスナーはあんまりそういう人いないけど、他の配信者のとこだと結構見るな。いや、俺がそういう対応しないだけで、リスナーからの需要はあったりするのか……?


「真剣な顔してる~」


「配信のこと考えてた」


「わかる! 『このネタ配信で言おう』とか考えちゃうよね。前にそれで友達から怒られたことあるよ」


「考えちゃうよね。雑談で話す内容とか無いか、常に探してる」


「同じ同じ。あ、着いたよ。ここ」


「めっちゃ並んでる」


「ネットで人気ってあったからね~。30分ぐらい待つかもって」


「へぇ」


「並ぶの嫌い?」


「1人だとしんどいけど、エナも一緒だし」


「お、今のはポイント高いよ~」


「何のポイント」


「女の子ポイント」


「貯めるといいことあるの?」


「機嫌がよくなる」


「めちゃくちゃ重要なポイントだった!?」


「さすが! よくわかってる!!」


「元営業なので」


「本当にそれだけ?」


「どういうこと?」


「交際経験、とか?」


「なんで疑問形」


「うるさいなー。そこは関係ないでしょー」


「なくはない。けど……」


「けど?」


「今いないってことから察して欲しい」


「女の子ポイントが貯められなかったんだー!」


「察してって言ったよね!?」


「アズ君。察しては甘えだよ。人間関係はちゃんと言葉にしないと」


「女の子ポイントとか言い出した人がそれを言う!?」


「確かに!! おかしいね~」


 ほらな、言った通りだ。

 30分なんてエナと一緒にいれば苦でも何でもない。

 こうやってちょっとお喋りしてれば、あっという間に過ぎていく。

 楽しそうにお喋するのも、ケラケラと楽しそうに笑うのも、本当にカワイイな。

 ……正直、美容院で『彼女』って言われた時、『そうなんです』って返せなかったのは悔しかったよなぁ。


「アズ君さぁ」


「うん?」


「今日って配信の予定あるの?」


「あ~、……ある」


「なんで一瞬溜めたの」


「スケジュールが合ってたか思い返してた」


 っていうのは建前で、もうちょっとでこの楽しい時間が終ってしまうのが残念だって思ったのが本音だ。


「ってことは、誰かとコラボ?」


「垢抜け配信の二回目」


「お~! ちょうどいいね。今日磨いたセンスが発揮できるよ!!」


「センスってそんな一朝一夕で身に着くものなの!?」


「え、まだ身に着いてないの?」


「そう簡単にいかないって」


「もう、しょうがないなぁ。じゃあ、また来週も修行だね」


「……え」


「あ、用事あった?」


「あ、いや。そういうわけじゃなくて」


 マジで? 来週もまた会える……?


「そういうわけじゃないなら、どういうわけ?」


「来週もエナと会えるのは嬉しいなって、……思って」


「あ、あ~。そういう。……あはは。なんか顔が熱くなってきちゃった」


 そう言いつつパタパタと顔を仰ぐエナは、やっぱり可愛かった。

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