第117話 ナキアの恋は、進めたいけど進まない

「2人でのコラボなんて本当に久しぶりですね」


『そ、そうだったかしら!? 覚えてないわね』


「え、ナーちゃんから『久しぶりにコラボするわよ』って連絡してきたじゃないですか」


『そ、そうだったかしら!? 覚えてないわね』


「今の旬ジャンルは記憶喪失ものですか? それともループもの?」


『今は、純愛ものよ……』


「へー、珍しいですね。ナーちゃんがそんな真っ当なジャンルにハマるなんて」


『私をなんだと思ってるのよ。……色々勉強しなきゃいけないのよ』


「おー! じゃあ、いつかナーちゃんが描く純愛ものが見れるってことですか? それは楽しみですね!」


『ほ、本当……?』


「はい?」


『本当に楽しみなの……?』


「それはそうですよ。俺だって安芸ナキアのファンですから。今こうして仲良くさせてもらってるのなんて、奇跡みたいなものなんですから」


『き、奇跡なんて大げさよ。あと、……私たちって仲いいのね』


「あれ、俺はそう思ってましたが、……違いましたか?」


『ち、違くない! 違くないわよ!! あってるわ!! 私たちは仲良しよ!!』


「よかったー。さすがに仲悪いなんて言われたらショックで寝込むとこでしたよ」


『そ、そう。よかったわね、元気でいられて』


「はい」


『…………』


「…………」


『…………』


「…………」


『…………』


 ……なんか、緊張感高くない?

 久しぶりにナーちゃんとのコラボだからって思って結構楽しみにしてたんだけど、あれー? なんかいつもとテンション違うぞ?


「もしかして、違うゲームの方がよかったですか?」


『え、え。なんで!?』


「や、なんかいつもと雰囲気違うって言うか、緊張してそうというか。ナーちゃんが提案してくれたから、てっきり得意なゲームなのかと思ってましたけど」


『そ、あ、や。その……、大丈夫よ。このゲームで』


「……そうですか?」


『ええ』


 んー?

 なんだ。何かあったのか?

 もしかしてまた忙しくしてるとか? それならそれで逆にテンション高いか、愚痴がもっと出てくると思うんだけど……。

 なんか、ちょっと初対面みたいな反応で、……さみしいな。


『そこ、お願い』


「はい。こっちOKです」


『ありがとう』


「いえいえ」


 せっかくナーちゃんとゲームしてるのに淡々としてるし。

 えー、なんだろう。俺、なんかやらかしたか?

 怒られせるようなことした? いやでも、そうだったらそもそもコラボに誘ってきたりしないよな……。

 なんだ? なにがあった?


『ズマっち』


「はい」


『最近どう?』


「また随分とざっくりした質問ですね」


『や、違。その、ちょっと前までなんか忙しそうにしてたから……』


「あはは。その節はご心配おかけしました」


『うん。心配したわよ』


「……ありがとう、ございます?」


 ちょっと待って!?

 本格的におかしくない!? ナーちゃんに何があった!?

 いつもだったら『あら。ズマっちは私に心配して欲しかったの? しょうがないわね。心配してあげるから、お礼に私の性癖を満たすトークをしなさい』とか言いそうなのに!!

 なんで素直に心配してきた!?

 熱ある!? もしかして体調悪い!?


「ナーちゃんナーちゃん」


『何よ』


「体調悪いなら言ってくださいね」


『……どういことよ』


「いやだって、今日のナーちゃんいつもとなんか違いますよ! 熱でもあるんじゃないですか?」


『違、くて。これは違うのよ。そうじゃなくて!! ……熱はないわ』


「じゃあ、お腹痛いとかですか……?」


『そういうのじゃないわ。体調は、悪くないわよ。すごく元気』


「……本当に?」


『なんでそんなに疑うのよ』


「だって今日のナーちゃん、なんか素直ですよ」


『──ッ!? そ、それは。いつもは素直じゃないって言いたいのかしら?』


「ある意味では素直なんでしょうけど、何て言うかこう、しおらしいと言うか、おとなしいと言うか、……やっぱり体調悪かったりしません?」


『ちょっと待ちなさい。『ある意味では素直』ってどういう意味よ』


「ガンガンセクハラしてきたりするじゃないですか」


『う、ぐ……。何を言ってるのかしら。私がいつそんなことをしたと言うの?』


「……自覚ないんですか?」


『引かないで頂戴。……自覚あるわよ』


「よかったです。さすがにそうですよね! 抑えられない欲求に素直なのがナーちゃんの面白いところですもんね!!」


『そ、それは。いわゆる少女漫画とかで言うところの『おもしれー女』ってことかしら?』


「いえ違います」


『ぐ……っ』


「さすがにいつもの言動で少女漫画ヒロインは無理ありませんか?」


『……泣くわよ』


「すみません。調子に乗り過ぎました。謝るので泣くのは勘弁してください」


『じゃあ、ひとつだけ言うこと聞きなさい』


「……俺、今から死刑宣告されます?」


『どういう意味か聞きたいけれど、今は我慢してあげるわ。ということでズマっち。……あなたのキャラデザ、私にもやらせなさいよ』


「キャラデザって、今カレンちゃんがやってくれてるやつですか?」


『……ええ』


 どういうことだ……?

 って、おいコメント欄。今のやりとりのどこに『てぇてぇ』要素があったよ。全然そういうのじゃないだろ!?


「あの、せっかくですがお断りさせてもらってもいいでしょうか……?」


『な、なんで!?』


「下世話な話ですが、さすがにナーちゃんにキャラデザを依頼できるほどのお金を俺が払うのは無理かなーって思いまして……」


『お金なんて──ッ。う、く。そう。そうよね。じゃあ、ズマっちがもっと人気になったら、その時は私が改めてキャラデザを担当してあげるわ』


「ええ。いつかナーちゃんに依頼できるような人気VTuberになってみせます」


『フラグっぽいわね、今の』


「やめてくださいよ!! そういうこと言うの!! まだまだ頑張っていこうって思ってるのに!!」


『ふん。どうだか。……じゃあ、そうね。また来週コラボしましょう』


「あ、はい。それはもちろんいいですけど。そんなことでいいんですか……?」


『あら。もっと過激なお願いがお好み?』


「いえいえ。そんなことありません。ぜひコラボしましょう。いやー、来週もナーちゃんとコラボ出来るなんて楽しみだなー」


『本当!? それ、本当に言ってるのかしら!?』


「え、ええ。まあ、本当ですけど」


 なんだなんだ? 今度はいきなりテンション上げて。

 コラボなんていちいち約束しなくても、普通にやるのに……。


『──ぅんっ。ごめなさい。取り乱したわ』


「いえ、全然大丈夫ですけど……」


『それじゃあ、予定はまた後で送るわね』


「はい。楽しみですね」


『──ッ!! ええ、そうね!! 楽しみよね!!』


 ……うーん? やっぱり今日のナーちゃん。何かおかしくないか?


   ▼


 そして配信が終ってすぐ、ナキアはミチエーリに通話をかけていた。


『ミチェ。ズマっちとデートの約束をしたわよ!』


『……それ、配信で約束したコラボのことじゃないよね?』


『そうよ!!』


『いや、そうよって……。ねえ、ナキア。遠回しに言うのもよくないからストレートに言うけど、それはデートじゃないよ』


『デートよ!!』


『デートじゃない』


『デート!!』


『違う』


『なんでそんないじわる言うのよ!?』


『だって違うし。アズマさんだってデートだなんて思ってないよ』


『そ、そんなことないわよ! ズマっちも楽しみって言ってたわ!!』


『それはコラボの話でしょ』


『で、でも!!』


『むしろあれで何でデートってはしゃげるのかわからないよ』


『だ、だって。約束したもの。これから時間と待ち合わせ場所も決めるのよ!?』


『ディスコード以外のどこで待ち合わせるの?』


『ツ、ツイッター』


『……ナキア』


『う。ため息つかないでよ』


『ため息もつきたくなるよ。これがオフコラボなら、進展したかなーって思ったけど』


『でも、ふたりきりよ!?』


『よしわかった。そのコラボには私も参加するよ』


『なんで!?』


『ナキア1人には任せられないから。あと1人誘いたい人がいるから、アズマさんも入れて4人でのコラボにしよう』


『そんなのデートじゃないわよ!!』


『元々デートじゃないから大丈夫。せめてオフで会えるようになってもらわないと』


『む、無理よ!! そんなの緊張するわ!!』


『今日の配信だって緊張してたよね』


『だって、久しぶりのコラボなのよ……?』


『それだけじゃないのは、わかってるよね?』


『どういうことかしら? 説明して見て頂戴』


『なんでいきなり強気……』


『私が安芸ナキアだからよ』


『まずはその癖から直した方がいいと思うよ。すぐに『安芸ナキア』に逃げるのが、ナキアの悪い癖だよね』


『無いわよ、そんな癖』


『今日の配信でももう少し素直なれればなー。まずは、ちゃんとアズマさんのことが好きって言えるようになってもらわないと』


『ミ、ミチェ!! あなたズマっちのことが好きなの!?』


『違うよ。アズマさんのことが好きなのは、ナキアだよ』


『……違うわよ』


『違わないよ』


『違うの!! だって私は安芸ナキアよ!?』


『じゃあ、安芸ナキアじゃなくなってみる?』


『何よそれ。意味わかんないわよ』


『直接会って話せば、安芸ナキアとしてじゃないナキアで会えるでしょ?』


『そんなの、出来るわけないわ……。自信ないもの』


『大丈夫。そのために最強の助っ人を呼ぶから』


『最強の助っ人?』


『そう。恋バナ大好きなコミュ力お化けなギャル。とりあえずは、来週のコラボに来てもらうから。よろしく!!』


『あ、ミチェ!!』


 ナキアが呼びかけるも、すでに通話は切れていたし、チャットを送っても返信は来なかった。


「う~……」


 ナキアは1人、部屋で唸る。勉強用に少女漫画を買いあさったけど、全然ダメだった。どうしうて現実は漫画のようにいかないのか……。

 アズマに『おもしれー女』って言われた時は勝ちを確信したのに……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る