第116話 梓川優梨愛はもう手遅れなのかもしれない……?
……俺たちは一体何を見ているんだろうか。
きっと今この配信を見ている全リスナーはそう思ってるに違いない。
あの、とんでもないインパクトを残した、瑠璃宮ヒメ(ルリミヤ ヒメ)と淡アズサ(アワイ アズサ)の初配信から一晩。
リツイートがじゃんじゃか回ってくるし、切り抜きも大手ライバーかってぐらい上がってて、新人にとして破格の注目度を集めたVTuberたちの2回目の配信。
噂が噂を呼んだのか、初配信以上の人が集まり、すでに視聴者数は2万人を越えている。
しかし、その2万人が全員同じように思っているに違いない。
……俺たちは一体何を見ているんだろうか。
『えっとぉ、まさかこんなに集まってくれるなんて思ってなくてぇ、ヒメたちもビックリしちゃったよぉ~。みんな、見てくれてありがとぉ』
そう言いつつ瑠璃宮ヒメが手を振る。そう、手を振っているのだ!
というか、改めて見るとすごいな。
3Dモデルを使ってるVTuberって他にもいるけど、ここまできれいなモデルってそうそうないんじゃないか?
戸羽ニキやムエたんといったブイクリのライバーたちも、たまに3D配信してるけど、正直3Dモデルはここまできれいじゃなかった。
特に手。処理が難しいのか、折れてんじゃないかって描写になってたり、服を突き抜けてたりするけど、そういうのが全くない。マジですごい。
『昨日は緊張しちゃってぇ、あんまりみんなとお話出来なかったからぁ、今日はちゃんとお話ししたいなぁって。あ、そうだぁ。みんなのファンネームとかも決めたいなって思ってるんだよぉ。カワイイのを一緒に考えようねぇ』
そんなきれいな3Dモデルでカワイイ美少女が語り掛けてくれる。それはとてもいい。非常にいい。
なんだったら、俺の3Dモデルも作って欲しいと思うぐらいに本当にすごい。
ただ、だからこそというか、瑠璃宮ヒメがそうやって可愛く話しかけてくれるからこそ、どうしても気になってしまう。
背後で土下座しているもう1人の姿が──ッ!!!!
『えっとぉ~……』
瑠璃宮ヒメも一生懸命見ないようにしているみたいだけど、さすがに、さすがに無視できないのか、チラチラと後ろを見ている。
いや、しかし本当にこのモデルすごいな!?
振り向きの髪とか、本当に3Dモデルかってなびき方してるぞ!?
こんなの出来るんだ……。すげー。
『……アズサちゃん?』
『……』
『ア、 アズサちゃ~ん……?』
『……』
『アズサちゃんってばぁ』
瑠璃宮ヒメが何度呼びかけようとも、淡アズサは微動だにしない。
頑なに土下座の姿勢を解かずに、俺たちリスナーに頭頂部を見せ続けている。
……優梨愛さん。あなた何してるんですか?
『ひゃあ──ッ!?』
え、何?
何したんだ、今?
全然見えなかったけど。
『な、な……ッ!?』
あ、淡アズサが起き上がってる。
というか、え、何これ。耳抑えて顔真っ赤にしてるんだけど!?
は? VTuberでここまでの表情を表現してるの見たことないぞ!?
って、そうじゃなくて!! この反応ってことはまさか……?
『アズサちゃんって、耳を攻められるの弱いんだぁ』
『な、な、何をしてる!?』
『気持ちよかったぁ? 耳舐め』
『気持ちいいとか、そういう話じゃないだろう!? 何!? 何でした!?』
『だってぇ、アズサちゃんが全然かまってくれないんだもん』
『だ、だからって! だからってやっていいことと悪いことがあるだろう!? み、みんな見てるんだぞ!?』
『ふたりっきりならいいのぉ?』
『そういうことは言ってない──ッ!!』
『アズサちゃんカワイイなぁ。もっと触ってい~い?』
『ちょ、おま、やめ──ッ!!』
『逃げちゃヤ~ダ~』
わけわからない時間から一転、唐突に始まるイチャイチャ百合タイム。
コメント欄もここぞとばかりに盛り上がる!!
『うおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!』
『これを待ってた!!』
『一生続けてくれ!!』
これ、収益化したらどうなるんだろうな。
ものすごい勢いでスパチャが飛び交いそうなんだけど……。
『だから、やめ!! やめてってば!!』
『あ……』
『あ、ごめ……』
『ごめ、ごめんね? ヒメまたやり過ぎちゃった……。アズサちゃん。ヒメのこと、嫌いになった……?』
淡アズサの大声に、委縮したような反応を見せる瑠璃宮ヒメ。
その修羅場とは言えないが、ちょっとギスりそうな瞬間に、だからこそコメント欄も加速する。
なぜならここからの仲直りこそが百合の真骨頂だから。
ここで、『大丈夫。そんなことないよ』『ありがとう』などとやりとりをして仲直りしてくれれば、俺たちはより一層の百合の波動を浴びることが出来るのだ──ッ!!
この際、その一方が優梨愛さんってことは考えない!!
これはフィクションなんだ!! 現実なんて見ちゃいけない!! VTuberには夢を見てもいいんだ!!
『それで私が、そんなことない、と言えばお前は満足するのか?』
そう思った矢先にぶち込まれる、鬼上司時代を思い出す優梨愛さんの一言に、ガチで震えあがりそうになった。
その声音は、心臓に悪いのでやめていただきたいのですが……。
『ア、 アズサちゃん……?』
『すまないが、これ以上お前に付き合うことは出来ない。私は私でやりたいことがあるからな』
おーいおいおい!!!! おいおいおいおい!!!!!
待って待って!! 優梨愛さん!? 優梨愛さん!?
それはやりすぎじゃない!? 大丈夫!?
配信で仕事モードになるのは多分違いますよ!? 間違ってますよ!?
視聴者はそういうの求めてないですよ!?
『元はと言えば、お前と一緒にやろうと言う話になったのも、仕事だからだしな』
『そんな……。ヒメは、ヒメは本気でアズサちゃんのことを──ッ!!』
『というか、あのままお前が言った通りのキャラクターを演じるのは無理だ。あれは私には向かない』
『そんな……。だって、それじゃあ約束が違うじゃない──ッ!!』
『配信中はお前の言う通りにする、というあれか? あれはひとまずの方針だ。難しいと判断すれば修正すると、お前にも言ったはずだがな』
『だからって──ッ!!』
尚も言いすがろうとする瑠璃宮ヒメを置いて、淡アズサがこちらを向く。そして、
『リスナーの皆様、申し訳ございません。初配信の内容を瑠璃宮ヒメに任せた結果、私たちが本来活動で目指していくべき姿とズレがあったことを謝罪いたします。今後は当初こちらで予定していた配信内容でお送りさせていただきますので、ひゃあ──ッ!?』
再び瑠璃宮ヒメに何かをされた淡アズサが悲鳴を上げる。
『ダメですよぉ、そんなの。許しませんよぉ? せっかくヒメがふたりきりになれる場所を作ったのに、それを壊すなんて、絶対にダメですよぉ』
『ダメなのはどっちだ。昨日ちゃんと話し合っただろ? これから色んなVTuberとのコラボもやっていくって』
『そんなこと覚えてませぇん。ヒメはぁ、アズサちゃんと一緒にいたいだけなんですぅ。他には誰もいらないんですよぉ』
あ? え?
優梨愛さんがぶち壊した配信の空気が、さらに変な感じに塗り替わってる……?
『他の人とコラボなんてさせませんしぃ、ましてや男なんて呼ばせませんよぉ? ヒメが許しません。アズサちゃんはヒメのものなんですからぁ』
勘違いじゃない──!!
瑠璃宮ヒメは、きっと“ガチ”だ──!!
危ないのは配信の空気じゃない。優梨愛さんの貞操だ──!!
『それは無理だ。私たちの活動目的は、色んなVTuberに私たちが使ってるシステムを認知してもらって、同じシステムを使ってもらうことだぞ? いわば営業だ。PRだ。いろんなVTuberとコラボしてこそ私たちの活動も報われる』
よしよし、いいぞ。
そうだ。こうなったら逆に仕事モードで逃げ切るしかない!!
『じゃあ、アズサちゃんはヒメのことはどうでもいいってことぉ……?』
『? なんでそうなる? お前がいないと活動は出来ないじゃないか』
『アズサちゃんにヒメは必要なのぉ?』
『? 当たり前だろ』
違う!! そうじゃない!!
そんなことを言ったら、瑠璃宮ヒメの心はくじけませんよ!?
『じゃあ、いっかぁ。これからゆっく~り、わからせていけばいいんだもんねぇ』
ほらぁ、立て直してきた。
優梨愛さん。もしかして、自分の側にある危機に気づいてない……?
『とりあえずそんな感じで、私たちはこれから色んなVTuberともコラボしていこうと思っているから、楽しみにしててくれ』
『あ、それは許しません』
『なぜだ!? 今、納得したんじゃないのか!?』
『その件についてはぁ、またふたりきりで話しましょうねぇ』
『おい、待て!! こういう所信表明はちゃんとだな!! ひゃあ──ッ!?』
『アズサちゃんカワイイ~。他はどこが弱いんですかぁ?』
『おま、お前ちょっとやめろ!! 何!? どこ触ってるんだ!?』
『あ、ここから先はプライベートなのでぇ、配信切りまぁす。また見てくださいねぇ』
『おい! まだ終わるなって!!』
あ、配信終わった……?
え、待って。割とノリで優梨愛さんの貞操がピンチ! みたいに思ってたけど、これ本当にピンチなのでは?
襲われてない?
これ、裏で襲われてるよね!?
また昨日みたいに配信直後に連絡があればいいけど、と思ってから3時間後、ツイッターで淡アズサがツイートをしてた。
……3時間って言うのが、また絶妙に嫌な時間の空き方だ。何あったんだろうか。
『配信でもお伝えした通り、これからは色んなVTuberさんともコラボしていきたいと思っています。引き続き応援をよろしくお願いいたします』
そして、1分もしない内に瑠璃宮ヒメからリプライが着いていた。
『もうちょっとわからせないとダメみたいですねぇ』
……マジでこの3時間で何してたの!?
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