第115話 梓川優梨愛はどこへ行く……?
『VTuberデビューする。初配信の日も決まってるから見に来て欲しい』
なんて連絡が元上司から来た時の気持ちを、原稿用紙2枚以内で述べなさい。
もうね、二度見どころの騒ぎじゃないよね。五度見ぐらいしたよ?
だって意味わかんないって。
なんで優梨愛さんがVTuberデビューするの?
何がどうなって?
余りにも唐突過ぎる展開に理解が追い付かず、返信するのに一晩考える時間が必要だった。
『なんでいきなりVTuberデビューなんてすることになったんですか?』
結局一晩考えて返信したのは、そんな簡潔な内容だった。
だって、他に聞きようなくない?
ていうか、これですらちょっと怖かったんだからな!!
万が一にも『私もお前を見習って会社員を辞めてVTuberとして生きてくことにしたんだ』とか言われたらどうする!?
俺がうまくいったのなんて本当に偶々で、偶然なんだぞ!?
そんな大博打に優梨愛さんを引き込んでたりしてたら……、と心配もしたけど、優梨愛さんからの返信を見て安心した。
『仕事だ』
いや、それはそれでわけわかんないんだけどさ!!
仕事でVTuberってどういうこと!?
確かに企業PRのためにVTuberをやってるところがあるのは確かだけど、それでなんで優梨愛さんがVTuberに!?
わからない。何一つとしてわからない……。
そうして何一つとしてわからないままに優梨愛さんの初配信を見てるんだけど、……全然わからない。え、待って。これは何をしてるの? 俺たちは、……何を見せられてるの?
『ご、ごめんなさい……。ヒメがうまくできないから。あ、また謝っちゃった。アズサちゃんの前じゃ、もう謝らないって決めてたのに……』
『そんな悲しいことを言わないで。ヒメのせいだけじゃないよ。うまくいかないのは私も一緒。だからね、2人で頑張ろう?』
『アズサちゃん……。やっぱりヒメにはアズサちゃんだけ。アズサちゃんだけいてくれればいいの……』
『私も。私もヒメだけがいてくれれば、それでいいの……』
優梨愛さん????????????????????
え、あれ、えっと……???????
ま、え、は……????????
何? え、何なのこれは???????
『ねえ、アズサちゃん。どこにも行かないで。ここで、ずっとヒメと一緒にいて?』
『大丈夫だよ。私はずっとヒメと一緒にいるから』
『アズサちゃん……』
『ヒメ……』
元上司のVTuber初配信は濃厚な百合空間だった!!
やめてくれ!! 何の冗談だ!? そんな妄想じみたものが現実になるんじゃない!!
しかも何がひどいって、これ3Dなんだよな。
すごくない? 初配信で3Dって。普通のVTuberじゃ中々出来ないよ……。
そして、初配信なのに視聴者置いてけぼりでひたすらに百合百合してるのも、中々出来ることじゃないよ……。
優梨愛さんは、本当に何をしてるの……?
仕事し過ぎて本格的に大変なことになってる……? 病院、連れて行った方がいい……?
「うっわ、盛り上がりすご」
そうだよな。俺は優梨愛さんを知ってるから、そんな心配をするけど、リスナーからすれば今日初めて見るVTuberだもんな……。
一体どこからこんなにって感じだが、配信開始から30分ほどが経過し、すでに視聴者数が7000人を超えている。
しかも噂が噂を呼んでいるのか、まだまだ増えそうな勢いだ。
いいなぁ。初配信でこんなに人が集まるなんて……。
まあでも、それも納得かもしれない。
初配信で3Dやります! って言うのももちろんすごいが、来てみたら内容がこれだもんなぁ。そりゃ『なんか面白い奴らがいる!!』って話題にもなるというものだ。
「優梨愛さんって、そっちの気があったのか……」
配信が始まってかれこれ30分以上に渡り、胸焼けするぐらいの甘ったるい百合を見せられている。
そもそも配信開始からしてすごかった。
音声が入ったと思ったらすでに、事は始まってたんだよ?
そこから挨拶すらなしにノンストップで、美少女2人が絡む様を3Dで延々と見せられている。
画面内を追いかけっこしてたかと思いきや、イチャイチャし始めて、そして今は完全に2人だけの世界に入っている……。
これ、リスナーいる……? って気分になるが、コメント欄ではその手のジャンルが好きな人たちがめちゃくちゃ盛り上がってる。
『百合とは見守るもの』
『推しカプを見守る壁になるという夢が叶った』
『てぇてぇの間にリスナーが挟まりたいなんて思うなよ!?』
『みんな。俺たちは空気だ』
『今ほど学校で培った気配を消すスキルが役立った時はない』
『俺たちの存在感は消えてていい』
何て言うか、すごいよね……。
配信の空気感が狂気的というか、コメント欄の熱狂っぷりがすごい。
絶対に余計なことはするなという言外の圧をめちゃくちゃ感じるせいで、滅多なことは言えないって雰囲気になってる……。
って、ちょっと待て待て待て!?!?!?!?
『アズサちゃん…。ヒメ、もう我慢できないよ……』
キ、え、キスするの!?
その流れはするよね!?
え、マジで!? 優梨愛さん!?
だって顔が!! めっちゃ近いんだけど!?
うわっ、うわうわうわっ。え、マジ!? マジでするの!?
ちょっと待って!?
大丈夫なの!? これ本当に平気なの!?
コメント欄もすっごいことになってるよ!?
例えるなら動物園。まともな人語を喋ってる人が一人もいない!!
ていうか、お前ら。さっきまでの静かに見守る的な空気感をどうしたんだよ!?
誰一人としてそんな気ないじゃん!!
『ここから先はヒメとアズサちゃんだけの秘密』
「あ」
うっわ、マジで!?
ここで配信切るの!?
この最高に盛り上がったタイミングで!?
待てって。それはないだろ!?
ほら見ろよコメント欄を!! 阿鼻叫喚状態じゃないか!!
『ああああああああああああああああああ』
『えええええええええええええええええええええええええ』
『見せてええええええええええええええ』
そんなコメントが爆速で流れていったかと思えば、配信枠すら閉じられてしまう。
おい! おい!! どうするんだよ、この興奮を!!
この盛り上がりを一体どうしろって言うんだよ!!
中の人が優梨愛さんだって知ってるからこそ、余計にドキドキした俺の気持ちを考えてくれよ!?
……ていうか、どっちが優梨愛さんだったんだろう。多分だけどアズサちゃんの方だと思うけど、これでヒメちゃんの方が優梨愛さんだったら、今後あの人とどう接すればいいのかわからないんだけど!?
「あ、あった!!」
とにかく何でもいいから情報を、とツイッターに飛べば、それぞれのアカウントがあった。
《瑠璃宮ヒメ(ルリミヤ ヒメ)》に《淡アズサ(アワイ アズサ)》。
果たしてどっちが優梨愛さんかと思いつつ見れば、瑠璃宮ヒメがちょうどツイートをしていた。
『ヒメたちの初配信、どうでしたか? ヒメとアズサちゃんのことが少しでも伝わってるといいな。次の配信はリスナーさんたちのことを教えてもらう配信にするから、また遊びに来てくれると嬉しいな』
ここまでなら当たり障りのない初配信後のツイートなのだが、
『ヒメと2人がいいのに』
と淡アズサがリプを送っているんだから、もうね!!
現にいいねの伸び方がすっごい!!
なんだったら淡アズサのリプの方が伸びてるまである。
「って、このタイミングで!? もしもし?」
『ああ、私だ』
「初配信後ですよね? いいんですか、俺に電話なんかしてて」
『構わないだろ。感想を聞きたいし』
いや、そうじゃなくて。瑠璃宮ヒメを放っておいていいのかって話なんだが。
『どうだった。初配信』
「すごい盛り上がってましたよ。インパクトありましたし、大成功ですね!」
『そうか。それならよかった。ところで、いつにする?』
「え、いつって。何がですか?」
『私とお前のコラボ』
「……はい?」
『ここ一週間ぐらいはすでにスケジュールが決まってるから、出来れば来週以降にしてもらえると助かるんだが』
「いやいや、何言ってるんですか優梨愛さん!!」
『ん?』
「コラボなんて出来るわけないじゃないですか!!」
『……は?』
「初配信の空気を見れば明らかじゃないですか!! 俺がコラボなんてしようものなら大炎上しますよ!?」
『え』
「それはそうですよ。だってあの空気感ですよ? 絶対に厄介なオタクに燃やされますって。少なくとも俺はそんなところに踏み込む勇気はありません」
『バカな』
「マジです。そっちの運営だってきっとダメだって言いますよ」
『か、確認する』
慌てた様子で電話を切った優梨愛さんから連絡が来たのは、それから2時間ほどが経ってからだった。
『初配信をやり直すにはどうすればいい?』
優梨愛さん……。俺はあなたが何をしたいのかさっぱりわかりません……。
あなたは、一体何を目指してるんですか……?
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