第114話 ラブコメどうしよう ~君たちそんなことしてて大丈夫?~

「う~ん……? もうちょっと明るめの方がいいのかなぁ……?」


 男に絶対見せたくない姿ランキングがあればトップ5には入りそうな恰好のまま、カレンはモニターに表示された画像を見る。

 悪くはない。悪くはないと思う。ただ、もう自分では何がいいのかよくわからなくなっている。


「レオンハルト君がちょっと明るめの髪色にしてるから、アズマさんはもうちょっと暗めの方が映える……?」


 わからない。もう何もわからない。

 イメージはあった。最高にカッコイイ2人の姿は確かに脳内にあったのだ。

 だが、イラストに落とし込もうとすると、どうにもイメージと違うと感じてしまう。

 これがゲシュタルト崩壊か……、などと脳裏にぼんやりと過るも、だからなんだと思いもする。ていうか、なんで勝手に崩壊しているのだろうか? 崩壊しないで欲しい。切実に。


「もう一回2人に聞いてみる……?」


 と言ってみたものの、それはただ呟いてみたに過ぎない。

 あの第一回垢ぬけ配信の後に、改めて2人にVTuberモデルのデザインについて希望を聞いてみたが、要領を得ない答えしか返ってこなかったのだ。

 カレンとしては、もっと詳細なイメージを聞いてすり合わせがしたかったのだが、2人から返ってくるのは『なんかいい感じに』と大差ない言葉ばかりで、思わず顔が引き攣ってしまった。

 最終的にはあまりにも気まずくなってしまい、アズマから『営業時代に同じ気持ちになったから何とかしたいけど、キャラクターデザインのことはよくわからなくて……』と謝られてしまった。


「カッコ悪くはない、はず。でも……」


 何かが納得いかない。カレン自身がピンと来ていない。

 自分のモデルを作るときは、とにかく自分の好きな要素を詰め込んでカワイイと思うキャラクターを作ればよかった。

 おかげで世界一で一番カワイイVTuberモデルが出来上がった。

 でも、他人のものとなるとこれが途端に難しい。参考までに他のVTuberを見たりもしてみたけど、結局よくわからなかった。


「寝れば閃くかな。でもなぁ……」


 ぐだぐだと悩み続けても意味がないことはカレンもわかっている。

 現にもう40分は筆が動いていないのだ。

 とりあえず作り上げたモデルを見つつ、ダラダラと動画サイトを見たりSNSを巡回したりしている。完全に集中力は切れているが、それでも未練がましく悩んでいる。

 時計を見れば、午前1時30分過ぎ。

 諦めて2時には寝ようかと思い始めたその時だった。

 ディスコードに一件の通知が入る。


「え、なんでこの人から。ていうか、え、これって。え!? どういうこと!?」


   ▼


『なんかさぁ、最近のナキアを見てると、ただのバカなんだなって思うんだよね』


「なんでそんなこと言うのよ!?」


『だって意味わかんないよ。なんでVTuber事務所を立ち上げるなんて話になってるの? そんなことより先にやることあるでしょ』


「そ、そんなことって言い方はひどいわよ」


『アズマさんに告白してきて』


「な、なんでそんな話になるのよ!?」


『だってそうじゃん。いいの? 遠回りばっかりしてると誰かに先を越されちゃうよ?』


「……遠回りじゃないわよ」


『はぁ』


「溜息つかないでよ」


 いや、わかってるのだ。わかってはいるのだ。ミチエーリの言いたいことも、溜息をつきたくなる理由も、ナキアだってわかっている。ただ、わかってはいるけど、うまく出来ないだけなのだ……。


「ほ、ほらミチェも言ってくれたことがあったじゃない! 事務所に所属しないの? って」


『あれは何となくの会話の流れだし、別に本気で思ってないよ。大体ナキアに出来るの? 事務所に所属するってことは人間関係とかちゃんとしないといけないんだよ?』


「う……」


『他のメンバーと仲良くしたり、運営とちゃんとやりとりしたり、出来るの?』


「で、出来るわよ、それぐらい……」


『じゃあ何で今は個人で活動してるの?』


「個人の方が色々便利だからよ」


『じゃあ何で事務所を立ち上げるなんて話になってるの?』


「……ズマっちと、一緒に活動したいから」


『告るのが先じゃん』


「ち、ちが!! そういう話はしてないでしょう!? なんで告るとかそんな……っ!!」


『さっきからそういう話ししかしてないよ』


「と、とにかく!! 私は事務所を立ち上げるの!!」


『やめた方がいいと思うよ』


「だったら、じゃあ、どうすればいいのよ……」


『う~ん。VTuber活動以外でアズマさんと絡んでみたら? ご飯に誘ってみるとか』


「どうやって?」


『え~……?』


「どうやってよ」


『いや、どうやってって。普通に?』


「何よ、普通って。それはどこの普通よ」


『……もうこの話やめない?』


「どうして? ミチェが始めた話じゃない」


『なんか、ナキアって本当にイラストの才能があってよかったって思ったよ』


「どういう意味よ」


『人間関係下手すぎ』


「……そんなはっきり言わなくてもいいじゃない」


『だってそうじゃん。どうやってご飯に誘えばいい? なんて聞かれるとは思わなかったよ』


「わかってるわよ、それぐらい。でも、どうすればいいかわからないのよ。だからほら! 事務所を立ち上げるって話になれば、打ち合わせとかで口実が出来るじゃない!!」


『でもそれ、アズマさんがメンバーになってくれたらって話でしょ?』


「……なってくれないの?」


『泣きそうになるのはやめて』


「だ、だって! ミチェがひどいこと言うから!!」


『あ~、はいはい。大丈夫大丈夫。アズマさんならナキアが誘えば入ってくれるって』


「そうよね! もうミチェ。変なこと言うのはやめて頂戴!!」


『変なこと言ってるのはナキアなんだけどね……』


「何か言ったかしら?」


『ううん。何も?』


「事務所名は何がいいかしらね~」


『……はぁ。ナキアがしてるのはただの妄想だって気づいて欲しいよ』


「何か言ったかしら?」


『何も~?』


 ふと時計を見れば1時30分を回っていた。

 ミチエーリには随分と付き合ってもらった気もするが、やっぱりとにもかくにも事務所を立ち上げるしかないと思う。だって、アズマが一緒なら、きっと今以上に楽しくVTuber活動が出来るに違いないのだ。これはもう、事務所立ち上げ以外には考えられない。

 留まるところを知らないナキアの妄想がいい感じに暴走し始め、配信中にアズマがフラッと部屋に入って来てしまうという、いわゆる彼フラのシチュエーションを思い描きニヤニヤしていると、ディスコードに一件の通知が来ているのを見つけた。


「ミ、ミチェ!!」


『何~? 私もう寝たいんだけど~?』


「そんな場合じゃないわ! これ! これ見て!!」


『も~、何~。って、え……。これって……』


「ふ、ふふ。上等じゃない!! この安芸ナキアにケンカを売るのがどういうこと教えてあげるわ!!」


『アズマさんにもそれぐらい強気でいきなよ~』


「む、無理ッ!!」


『え~……』


   ▼


「ゆりピ先輩ってぇ、すごいですねぇ」


「何がだ?」


「よくこんなこと思いつくなぁって。レ、ワタシだったら絶対に思いつかなかったですしぃ」


「そんなのお互い様だろう。今これが出来るのは、お前の力があってこそだ。会社的にもタイミングとしてちょうどいいからな」


「えへへぇ。ゆりピ先輩に褒められたぁ。ねぇねぇ、ゆりピ先輩? もうワタシって言わなくていいですかぁ? 今ってもうお仕事終わってますよねぇ」


「帰るならタクシーを呼ぶぞ。こんな時間まで付き合わせて悪かったな」


「レミはぁ、ゆりピ先輩のお家に泊まって行きたいんですよぉ」


「別に構わないが、私はまだもう少し仕事をするぞ」


「じゃあ、先にお風呂入りましょうよぉ。ゆりピ先輩、少し臭いますよぉ?」


「む」


「一緒に洗いっ子しましょうよぉ」


「うちの風呂、狭いぞ」


「大丈夫ですよぉ。ほらほら早くぅ」


「いや、すまない。早速返事が来た。風呂は先に入っててくれ。沸かし方わかるか?」


「……ゆりピ先輩って本当」


「なんだ?」


「なんでもないですぅ。お風呂、沸かしちゃいますねぇ」


 なぜだか不満そうにしているレミを見送り、優梨愛は今来た返信を見る。

 さすがはVTuberだ。やはり日中よりこの時間に連絡をしたのは間違っていなかった。


「二つ返事とはありがたい。まあ、あの内容ならそうだろうな」


 優梨愛が連絡を取った相手、それはアマリリス・カレンと安芸ナキアの2人だ。

 その内容はビジネス文書の体裁を整えてはいるものの、要約すれば一言だった。


『VTuberデビューの準備が整った。早速だが今度コラボをしないか?』


 つまりは宣戦布告だった。

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