第113話 最速最短こそ最強

「あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!!!!!! 最っ高!! ほんとにサイッコー!!!!!!! あっはっはっはっはっはっはっ!!!!!!!!!」


「俺は真面目に歌ってるつもりなんだけど、どうしてみんなそんなに笑うんだか」


「だって! だって! 芸術!! もうここまで来ると芸術だって!!!! あははははははははっ!!!!! あ、ねえ、ほら!! もう一曲!! 次のも!!」


「やだよ。ていうか、これは難しすぎて歌えないって。絶対に舌噛む」


「えー。アズ君に歌って欲しいのにー」


「絶対に嫌」


「あ、わかった!! じゃあ、一緒に歌おう!! デュエットしようよ!!」


「なんでそうなるの!?」


「だってひとりで歌うのが恥ずかしいんでしょ?」


「そもそも歌うのが嫌だって話してるよね!?」


「あ、ほらほら始まるよ! アタシのマイク取ってー!」


「ん」


「ありがと」


 って、え、いや。距離、近くない?


「ん? 何?」


「いや、なんでもない」


「なーにー? 怪しいなー」


「だから何でもないって」


「何でもないなら何で逃げてるのー。ねぇー、アズ君ってばー」


「そっちが寄ってくるからだろ!!」


「あはは。それもそうか! じゃあ、アタシから歌うね!」


 あー、もう心臓に悪い。

 カラオケに行きたいって言うから、ノリで来ちゃったけど、これ状況的にはさっきと全然変わってないよね!?

 個室で推しと二人きり!! なんならガッツリ隣に座ってる分、さっきよりもずっと心臓に悪いんだが!?


「いや、うま」


 しかも、メジャーデビューを果たした鳳仙花ムエナの生歌付き。

 なにこれ。なんなんだこれは!?

 俺は今日死ぬのか!?


「イェーイ!! ほらほら、次アズ君」


「えー……。じゃあ、まあ……。~~♪」


「あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!!!!!!」


「歌い出して即爆笑はやめてくれない!?」


「あっはっはっ!!!! ごめんごめん」


「こっから先は全部歌ってよ」


「もう。わかったってば。ちゃんと聞いててよね」


「もちろん」


「~~♪ ~~♪」


 ……最高過ぎる。

 本当に俺の前世は一体どれだけの善行をしたのか。

 こんな幸運が人生に舞い降りていいんですかね!?


「~~♪ ~……♪」


「おー」


「えへへ~。いぇーい」


 歌い終わりには自然と拍手をしてしまう。

 やっぱりそれぐらい歌が上手いし、楽しそうに歌っている姿を見るとこっちも嬉しくなってしまう。


「本当。さすがですね。上手すぎますって」


「む」


「ムエたん?」


「敬語。あと、呼び方も」


「すみません。ついファンモードになってしまって」


「ダメ! 言ったでしょ! リアルで会うときは敬語禁止だって。あと、呼び方もちゃんとして」


「ですが……」


「なーに?」


「さすがに恥ずかしいと言うか、どうしても気後れしちゃうんですよね。特にこうして歌を聞いちゃうと……」


「いい年した男が情けない」


「って、言われましても……。推しが相手ですし」


「だからその距離感やめようって話じゃん!」


「だからそれが難しいって話です」


「アタシはアズ君って呼んでるのに?」


「それも正直恥ずかしいんですよね。どう反応すればいいのかわかりません」


「そっか! じゃあ、練習しよう!」


「はい? 練習?」


「そう! 呼ぶのも呼ばれるのも恥ずかしいなら、練習すればいいんだよ。歌とかダンスと一緒! ステージに立つのだって、練習してプレッシャーを跳ね除けるんだから!」


「いやいやいや。そんな呼び方の練習なんてって──ッ!?」


「ダメ。目、逸らさないで」


「ちょ、これは──ッ!?」


 ちか、近いって!!

 顔が真ん前にある。


「だから目を逸らさないでってば」


「無理ですって!!」


「ああ、もう!」


「うわ!? いや、何してるんですか!?」


「これなら目を逸らせないでしょ?」


 それはそうだけど、そうじゃないよね!?

 こんな顔を両手で抑えられてって、近いから──ッ!!

 おかしいでしょ、この距感は!? 何してるのこの娘!?


「練習」


「いや、練習って」


「言っとくけど、アタシだって恥ずかしいんだからね」


「だったら……っ!!」


「練習で一番難しいことをやるの。そうすれば本番は絶対にうまくいくから」


「急にアーティスト的なストイックさを出してくるのやめません?」


「む」


「う」


 ヤバい。カワイイ。どうしよう……。


「とりあえず、手は離してくれませんか……?」


「一回名前を呼んでくれたら離してあげる」


「エナ」


「ダメ」


「なんで!?」


 呼んだよね!?


「ちゃんと目を見て」


「マジか……」


 この距離で目を見てって、本気で言ってる!?


「ほら、早く」


「わかった! わかったから!!」


 ライブの時も思ったけど、一回言い出したら絶対に引かない性格は何なんだ!?

 もう少し引くことを覚えてくれ!! FPS系のゲームでこんなムーブされたら速攻で死ぬぞ!?

 今死にそうなのは俺だけど!!


「ねえ、アタシも恥ずかしいって言ったよね」


「う、わかりましたよ」


 うわ、改めてこの距離感で目を合わせるって、いや、余計なことは考えるな。

 キス出来そうとか、そういうことは考えるな、俺!!


「エナ」


「えへへっ」


「く……っ」


 な、ちょ!?

 何!? 何なの、その笑顔は!?

 あー、ヤバいな、これは。


「よし! 解放~」


 はあ、やっとか……。

 危ない。本気で死ぬかと思った。至近距離での推しって、ある意味どんな拷問よりもツラいんじゃないか……?


「なんでホッとしてるの~?」


「なんでって、そりゃ」


「ま、そうだよね。やっぱり恥ずかしいし」


「だったらもう二度としないで……」


「それはアズ君次第かな~。次ちゃんと呼ばなかったら、練習回数増やすからね?」


「勘弁してくれ」


「ヤ~ダよ!」


 あ~、クッソ。めちゃくちゃドキドキしてる。

 どうしてくれるんだよ、これ!?


「ねね、次は何歌う?」


「俺、しばらく歌うの無理だから、エナが歌いたいの歌っていいよ」


「アタシはアズ君の歌、聞きたいんだけど?」


「今はマジで無理」


「なんでー?」


「なんでも何も、わかってて言ってるでしょ?」


「へへ~。アタシも今は歌うテンションじゃないから、ちょっと休憩しようか。全く。アズ君のせいで大変だよ」


「それはこっちのセリフだけど!?」


 どう考えてもエナのせいだろ!?

 無理だから! 本当にもう意味わかんないから!!

 距離感も何かもおかしいだろ!? なんなんだ!?

 今日だけで俺の心臓が何回止まりそうになったと思ってるんだよ!!


「あれ、なんか怒ってる?」


「別にそんなことない」


「絶対怒ってるじゃん。なんで? アタシなんかした?」


「これは違うから。大丈夫」


「何それ。心配してるんじゃん」


「頼むから歌っててくれ」


「無理」


「なんで」


「だから、アズ君のせいだって。それに、ひとりで歌ってもつまんない」


「またデュエットしろと?」


「え、してくれるの!?」


「しない」


「なんだよ、それ~。ねえ~、歌おうよ~。デュエット~」


 だから距離!!

 服を引っ張るんじゃない!! あざと過ぎるぞ!?


「これ以上俺と歌ったら、エナの音感がぶっ壊れるよ?」


「ふふん。それはどうかな? むしろアズ君が歌うまになっちゃうかもよ?」


「それは願ったり叶ったりだな」


「今度教えてあげよっか。歌」


「最近、いろんな人が俺に教えたがるな」


「どういうこと?」


「この間も仲いいVTuberが『サムネダサすぎ! 作り方教えてあげる!!』って言ってきたんだよね」


「あー、確かにサムネダサいね」


「え、マジで!?」


「うん。よくこれで伸びてるなって思った」


「そんなに!?」


「うん」


 マジか……。え、マジか。

 カレンちゃんやラナさん、エイガに言われる分にはネタだろうとも思ってたけど、推しにまでそう言われるなんて……。

 ちょっと真面目に作り方教わろうかな……。


「ね、センスの磨き方教えてあげようか?」


「そんなのあるの!?」


「簡単だよ? 興味ある?」


「ある。さすがにエナにまでダサいって言われるのはショックだ」


「あはは。じゃあさ、来週もまた付き合ってよ。とびっきりのセンス磨き、教えてあげるから」


「今日じゃダメなの?」


「アタシもそうしたいんだけど、今夜はコラボの予定あるから、そろそろ帰らないとなんだよね」


「それは確かに」


「だからね、来週。また会おうね!」


「わかった」


 なんてやりとりをして、またエナが歌い出した時に気が付いた。

 あれ、また来週も会うの……? 配信でコラボするとかじゃなくて……?

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