第112話 推しは最速で距離を詰めてくる!?

「美味しかったーッ!!!! ねね、アズマさんは? どうだった?」


「めちゃくちゃ美味しかったです。こんなの初めて食べましたよ」


「レコーディングの時に知り合った社長さんに教えてもらったんだよね。料理は美味しいし、お店もオシャレだしいいよって」


「確かに。こんなお店初めてなので、なんか緊張します」


「あ、アズマさんも? 実はアタシも……。あはは」


 つあっ!? 

 今の、今の感じ非常に、何て言うか、いいですね……。

 ちょっと背伸びしたデート感というか、普段とは違うところに遊びに行ってる感というか、こういうシチュエーションボイス出してくれませんか!? ねえ、ブイクリさん!? 俺は買いますよ!!

 って、そうじゃない。いいか、落ち着け俺。普段配信で聞いてる推しの声をリアルで聞いてるからって、我を忘れるんじゃないぞ?

 ここは他に誰もいない自室じゃないんだ。今俺の目の前には、鳳仙花ムエナがいるんだからな!? それを忘れるな!?


「でも、本当にビックリしましたよ。ムエたんから連絡があった時は」


 冷静に。努めて冷静にだ。

 今ここはオシャレなイタリアンのお店だ。それに今俺たちがいるのは個室だ。一挙手一投足全てがムエたんに見られているんだからな。

 ……え、待って? 俺今そんな空間に推しと二人きりなの? は? 無理じゃない? 意識したら緊張が爆増してきました!! どうしようッ!?!?!?


「アズマさん? なんか変な顔してるよ?」


「き、緊張してるからかな。はは」


 ──あなたが目の前にいるからです!! いや無理。本当に無理。推しと二人きりの空間とか、どうすればいい!? 教えてくれ全国のオタクたち!! 無理過ぎて吐きそう!!


「さっきまでご飯食べてたのに、今更緊張してるの?」


「ご飯食べ終えたら、なんかこう、逆に落ち着かなくて」


「あははっ。何それ~」


「なんだろうね」


 むしろもう一回料理を運んできてくれませんか!?

 食べてる時は料理の感想とか言えばよかったし、何なら普通に美味しかったから緊張とかなかったんですが!?

 うっわ、無理。さっき食べた料理の味がもう思い出せない。本当に待って……。


「ステージに立つより、今の方が緊張するの?」


「それとこれとは話が別と言いますか……。シチュエーションがね、ほら。違うじゃないですか」


「……どういうこと?」


「推しと二人きりとかどうしたらいいのかわからないんです察してくださいファン心理を」


「めっちゃ早口。ていうか、そっか。アタシたち今二人きりだった。忘れてた」


 てへっって!!!! てへっって笑った!!!!

 あ、無理──ッ!!!! 頭がバグる──ッ!!!! 脳が──ッ!!!!

 わかってる。わかってるよ!? 今目の前にいるのは配信で見てるムエたんの姿じゃないってのはわかってるよ!? でもさ、ほら!! 声、一緒だし。なんならASMRよりも距離感近いし生々しいし!! 被って見えるんだよ、今目の前にいる人にムエたんの顔が!!!! 見えるんだよ、普段配信で見てる推しの顔も!!

 声が世界一カワイイから──ッ!!!! なんだよこれ! 新手の拷問か!?


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


「…………。なんでムエたんも黙ってるんですか?」


「なんか、二人きりって思ったら。……緊張しちゃって」


「そう、ですよね……」


「うん。なんか、おかしいね。一緒にライブもやったのに。あはは……」


「そうですね。一緒にやったんですけどね。あはは……」


 ど、どうすればいい!?

 こういう時ってどうすればいい!?


「あー、なんか歌いたくなってきちゃった。ねえ、アズマさん。カラオケ行こうよ」


「え」


「あ、ごめ! 嫌なら別にいいんだけど!! なんか気分的にって言うか、ちょっと歌いたいなー、みたいな? あはは、ごめん。アタシ何言ってるんだろ」


「全然!! 違うんです!! 嫌とかそういうことじゃなくて!! ただその、ムエたんの生歌を聞けてしまうって思ったら、他のファンに申し訳無いと言うか、俺だけこんな幸せでいいんでしょうかというか、なんかもう限界です……」


「わーお。ガチのファンムーブだ。反応がオタクだ。ただのカラオケだよ? もっと気楽でいいのに」


「無理ですって、それは!! 本当は今日ここに来るのだってめっちゃくちゃ緊張したんですからね!?」


「でも来てくれたじゃん」


「だってムエたんが『ライブのお礼がしたい』って連絡してきてくれたんですよ!?

さすがにそれは断れないですって!!」


「あ、わかった!! 一回『ムエたん』って呼ぶのやめようよ!!」


「え、どういうことですか……?」


「アタシのことを『ムエたん』って呼んでるから、ガチガチのファンムーブになっちゃうんじゃない? リアルで会ってる時は呼び方変えようよ。身バレ対策にもなるし!!」


「それはまあ、確かにそうですけど。でも、なんて呼べば……?」


「ん~、どうしよう。アタシが鳳仙花ムエナだから~……、『エナ』とかどう?」


「エナ」


「うん、エナ。呼びやすいしいいでしょ?」


「それはまあ、確かにそうかもしれませんけど……」


「決まりね。あ、あと敬語も無しにして」


「なんでですか!?」


「なんか距離感あってヤダ」


「推しとファンの適切な距離感を保つためですよ!?」


「だからそれをやめようって話をしてるんじゃん。アズマさんだって誰に対してもそうってわけじゃないんでしょ?」


「それはまあ、そうですが……」


「じゃあほら、もっと自然体で。そうすれば緊張しなくてもよくなるから!」


「わかりましたよ……」


「む。敬語」


「わかった……」


「うん。よし! あ、今後も敬語使ったら注意してくからね」


 って、いやいやいや!?!?!? おかしくない!?!?!?!?

 え、何!? なんなのこのやりとり!!

 勢いで了承しちゃったけど、おかしくない!?

 ど、え、なにこれ!? 俺は今なにをしてるの!?!?!?


「一回。一回、水を飲ませて」


「まだ緊張してるの~?」


「そりゃあ、ね。するでしょ、普通」


 あと混乱がひどい。確実に今キャパを越えてるし、脳がバグってる。

 意味わかんなくない? なんで推しとこんな会話してるの?

 誰か、誰か俺に状況を解説してくれ!!

 納得のいく説明を求ム──ッ!!!!!!!


「あ、そうだ。ねぇねぇ、アタシも呼び方変えた方がいいよね」


「呼び方って、俺の?」


「うん。アズマさんって呼び方だと、変わらないでしょ?」


「いや、俺は全然それでいいんだけど」


「ヤダ」


「ヤダって……」


「ね、他の人からは何て呼ばれてるの? あだ名とかあるでしょ?」


「あだ名……。ナーちゃんが『ズマっち』って呼んでくるかな」


「ナーちゃんって、誰?」


「安芸ナキア先生」


「へー、ナキア先生のこと『ナーちゃん』って呼んでるんだ。ふーん」


「あと、ぴょんこさんが『ズマちゃん』って呼んでる」


「ぴょんこさんって、月々ぴょんこさん? 企画屋の?」


「そう」


「そっか。結構いろんな人と知り合いなんだね」


「仲良くしてもらってる。ありがたいことに」


「他は?」


「他?」


「あだ名」


「他は特にないかな。大体が名前か苗字の呼び捨てか、さん付けだね。珍しいとこだと苗字にちゃん付けがいるけど」


「うーん、それは大丈夫そうかな。となると、『ズマっち』『ズマちゃん』か……。そっち路線は無しで……」


 なんかブツブツ言い出したから、今のうちにまた水を飲んでおこう。

 あ、そう言えばレオンハルトが『にーちゃん』って呼んでくれてるけど、これはまあいいか


「よし! じゃあ、カラオケ行こうよ。アズ君!!」


「アズ君!?!?!?!?!?」


拝啓。


 俺の前世様。


 あなたが多くの徳を積んでくれたおかげで、推しから距離感を詰められています。

一体あなたは何を成し得たのでしょうか? そしてあなたはその功績に見合うだけの対価を得られたのでしょうか?

 もしあなたが今の俺以上の幸せを手に入れているのなら、これ以上に嬉しいことはありません。

 あなたのおかげで俺は今、とても幸せです。ありがとうございます。


 現世の俺より。


                                 敬具


「アズ君。何してるの? ほら早く」


「そんな引っ張らないでってば。ねえ、エナ!!」


 ……やば。俺今、推しとカップルみたいなやりとりしてるよ。ふひっ。

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